経産省前脱原発テント座り込み日誌5月9日版
- 2024年 5月 13日
- 時代をみる
- 木村 雅英
経産省前テントひろば、脱原発テント設置日(2011年9月11日)から1807日目(2016年8月21日)にテント強制撤去。2024年5月9日は、座り込み4,625日目。これは、マハトマ・ガンディー「非暴力、不服従」の実践です。
◎ 一人のつもりが賑やかな座り込み、右翼が経産省に申入れ 5月3日(金)
憲法記念日にゆったりと電車に乗って虎ノ門に到着、座込みセットを経産省本館前に運ぶ。暖かい日差しを浴びながら幟旗や横断幕をセットし終わると12時過ぎ。3時間の孤独な座り込みをと考えていたが、誤算。
国内外からの通行人に「NONUKES」と声をかけたりして一人座っていると、午後1時過ぎに「北方領土…」と大書した街宣車2台が駐車、続く乗用車から背広数人も下車し、計10人程が私の前で挨拶を交わす。警察も居ないようで冷や冷や。すると、親分格が本館正門前でマイク無しで申入書の読み上げ開始。さらに、もう一人も何やら本館に向かって読上げる。「経産省は申入れ書を投函しないと受け取ってくれないのですよね?」と話しかけたかったが、自重。終了後、怯えている私(K.M)の前で「経産省」碑の撮影、私は撮影の邪魔にならない様に立って移動。しばらくして10人は3台の車に乗って発車。
怯えた胸を撫で下ろしていると、奥内さん(姉さん)が日傘をさして、こちらに歩いて来られる。天の助けと、やっと生きた心地をして、去っていく街宣車の後尾を指さして説明。続いてE村さんも到着。国会正門前の行動には、澤地久枝さんも来られ、渡辺一枝さんも話されたそう。国会正門の方からギャラリー古藤の方ら4人の女性が来られ、チラシ案内の交換。さらに橘さんも到着。
一人寂しく座込み、電話かけの計画は、実行できなかったが、休日でも経産省前座り込んで脱原発を訴えることができた。残念ながら、本館内は真っ暗で誰もいなかったが。片付けはE村さんが応援してくれる。有明の憲法集会は賑わっているだろう。 (K.M)
◎ ガザ侵攻への抗議は世界的な声 5月4日 (土)
・そこはガザ・西岸地区?
多数の逮捕者と負傷者、大学当局のコメントだけで抗議している人たちの声はなし。コロンビア大学などで起きている抗議行動の一連の新聞記事は、まるで暴動扱い。逮捕の瞬間の写真といい、負のイメージ造りに成功している。
・カラスだって歩きたい
とぼとぼ歩いていたら、目の前にカラスがいた。驚いて身構えたので、静かに後退りしたら、警戒を解いてまた歩き回り始めた。その場所にいたかったらしい。それで少し遠回りした。直前に私の前を歩いていた女性が、愉しそうに肩を上下し、笑いを堪えながら歩いてゆく。私の仕草は見ていないはず。彼女とカラスにどんなやり取りがあったのだろう。 (O・O)
◎ 連休最後の日だった 5月6日(月)
空は晴れていたが、朝から酷い春の嵐だったので、経産省前はとてもバナー等の取り付けはできないだろうと思っていたが、意外や意外、吹いてはいたが、予想とは違って3㍍位だったので、テント前的には穏やかな風の吹き方だったので、取り付けはスムーズだった。
大型連休の最終日だったこともあり、座り込みは担当者2人だけだった。いつものように反原発ソングを掛けて「福島事故は終わってない」「再稼働反対」をアピールした。
そんな中、写真専門学校の学生さんが来られて「ここで写真を撮ってもいいですか」と言われた。これまでも誰が写真を撮ろうと断ったことはないのでOKした。次には「お顔を正面から撮影してもいいですか」など言われたが、全てOKした。一昨日の?にも来られていて撮らせてもらったとのことだった。去年も写真専門学校の学生さんがしばらく動画を撮影されていた。テントひろばの座り込みも13年以上。学生さんには手軽な撮影対象なのでしょう、我々にとっても活動が拡散されるので、これからも大いに協力していきたいと思います。 (保)
◎ 憲法集会は多くの人が集まった 5月7日(火)
座り込みは6~7人、やや小雨、濡れるというほどではないが、一応、傘は必要、という感じだった。午後4時ころ、椅子、傘等をたたむころには雨もほぼ止んだ、という感じだった。5月7日といえば連休明け、それまでは連休続き、ということだったが、この「連休」期間は、5・1メーデー、5・3有明憲法集会、(さらにサンケン電気闘争)と政治的闘いは続いた。
5・3有明集会の有明公園は広大な広場で、地面にゴザやビニールをひいての座り込みもあり(飲み食いもあり)で、人数を数えようもないが、主催者発表2~3万人(2万3000~3万2000人)でよく集まった、という感じだった。経産省前座り込みもテントを含めて13年、反原発を闘う諸団体、宗教団体等の柱となっている。
この運動を経産省~国家権力~原子力発電所に対して休むことなく続け、拡大してゆくことは、この座り込みを続ける我々の想像以上に大きな任務となっている。…と座り込みを続けながら、想い続けた次第である。(旭凡太郎)
◎ 「FREE GAZA」の落書きは消しきれない 5月9日(木)
Inさん、Yoさんと3人で設営。朝方、降っていた雨は上がり、心地よい五月晴れの陽気だ。私(M.U)はipadでいつもの反原発ソングを流す。13:20 経済情報秘密保護法案廃案を求める国会前行動に参加していたOkさんが到着。13:50 Hoさんが参加。続いてSuさんが参加。
14:25 川崎で活動しているKiさんたちが、「Eさんが来ていないか」と尋ねに来られた。「何か月か前ご一緒したことがあるが最近はお見かけしていない」との答えを聞いて、Kiさんたちはすぐ帰られた。私はいつものスタイルで経産省の周りを3周した。先週作業員たちが懸命に消そうとしていた「FREE GAZA」の落書きは、まだ消しきれずに残っていた。時間になり、Suさんと2人で撤収し、4625日目の抗議行動を終えた。 (M.U)
==========(投稿1)==========
憲法記念日に思う
以前からよく思ったのだが、憲法記念日をこんなところに持ってきたのは誰なのだろうかと。記念日としては人の集まりにくい日を選んだとしか思えないのである。何か悪意があって制定されたとかしか思えないのだ。これは僕の思い込み過ぎで、政府筋の憲法嫌いが僕にそんな思いを呼び込んでいるだけなのかもしれない、とも思うのだが…。憲法に則ってできたはずの政府や国家権力なのに政府が憲法を忌み嫌ってきたのは周知の事実である。
戦後の国家権力を担ってきた自民党という政党は戦後憲法がアメリカ占領軍によって押しつけられた憲法であるという理由で憲法嫌いを根拠づけてきた。戦後憲法の制定過程(憲法の改正過程)にはいろいろのことがあり、「押しつけ憲法論」は有力な考えとして存在し続けてきた。最近はあまり語られなくなってきたのではあるが。自民党はその発足当初から憲法改正を党肯としてかかげ、憲法記念日を嫌ってきた。彼らが嫌い、改正の眼目にしてきたのは憲法9条である。この憲法9条が意味する戦争の放棄である。
この戦争放棄がどのような経緯で憲法に取り上げられたのかには諸説あり、定説はない。また、自民党がこの憲法9条を改正の中心にしてきたこと、それを党肯にしてきたことは事実だが、自民党のすべてがこれに賛成だったわけではない。自民党の中で「保守本流」を名乗る面々(吉田茂の自由党の系譜にあった政治家)は「汚れたハト派」といわれたように憲法9条の擁護派だった。これが憲法改正(憲法9条)の改正を押しとどめてきた。安保改定から憲法改正を構想していた岸信介(1960年の安保改定の推進者)が国民的な反対闘争で敗退し、池田勇人(保守本流派)に替わったことは、その象徴的な出来事だった。憲法9条が存続し、国肯として戦争放棄が存続してきたことは、たしかである。国家権力の担当者である自民党が憲法を嫌い、その改正を掲げ、それに日本の国民の多くが反対するという構図は戦後の日本の国肯として続いているのであるが、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのパレスチナ侵攻が続く今、これはどうなろうとしているのか。
憲法学者の長谷部恭男は「ルソーの戦争論には憲法の書き換えが含まれていた」と語っている。戦争が国家間の対立であり、ある国家が他の国家の憲法を書き換えるという欲求が戦争の根底にあるということである。これは戦争が文化や価値観の対立という場合の中身ともいえる。憲法はその地域の住民の社会契約であるが、その社会契約の変更を他の国家が要求するということである。これは古典的な戦争観であるが、ロシアがウクライナに侵攻し、イスラエルがパレスチナに侵攻する理由としてあてはまるように思う。ロシアはウクライナの統治(憲法)を変えたいのであり、ロシア支配を容認する統治(憲法)に変えたいのであり、イスラエルがパレスチナでやりたいことである。
軍事的な支配と統治をウクライナやパレスチナにもたらそうとしているのであるが、そこにはロシアやイスラエルはウクライナやパレスチナの統治(憲法)を変えようとしていることがある。現在では他国の憲法を書き換える欲求として戦争をすることは国際法において禁じられているが、ロシアやイスラエルはその意味では古典的な戦争をやっているのである。かつてはある国家が他の国家の統治形態(憲法)を変えようとすることは容認されていたし、国家の権利として当然のこととされていた。これが侵略戦争として禁じられようとしてきたのは第一次大戦後のパリ条約においてだった。戦後の日本は敗戦によってアメリカの憲法書き換えという欲求と国民の社会契約の書き換え欲求という二つの欲求を受け入れることで憲法の改正をしたのである。同時に、他国の憲法を書き換えるという戦争を否定(放棄)もしたのである。自民党などの保守派はアメリカの要求の受けいれが、日本の主権の放棄でありとしてこれを批判するが、僕は国民の社会契約の書き換えという契機をそれ以上に重要視するから、国民の戦争の反省が憲法の書き換えに至ったところを評価してきた。明瞭なことはこの戦争の放棄が国家主権の権利としての戦争の放棄であり、これが国民の戦争に対する意思であることだった。この憲法(戦争放棄が)が存続してきた背景には国際政治において主権国家間の戦争が遠くなっていたことがあった。戦後の日本は敗戦によってアメリカの憲法書き換えという欲求と国民の社会契約の書き換え欲求という二つの欲求を受け入れることで憲法の改正をしたのである。同時に、他国の憲法を書き換えるという戦争を否定(放棄)もしたのである。自民党などの保守派はアメリカの要求の受けいれが、日本の主権の放棄でありとしてこれを批判するが、僕は国民の社会契約の書き換えという契機をそれ以上に重要視するから、国民の戦争の反省が憲法の書き換えに至ったところを評価してきた。明瞭なことはこの戦争の放棄が国家主権の権利としての戦争の放棄であり、これが国民の戦争に対する意思であることだった。この憲法(戦争放棄が)が存続してきた背景には国際政治において主権国家間の戦争が遠くなっていたことがあった。
今、ロシアやイスラエルの古典的な侵略戦争が前面化する中で、戦争放棄という憲法を持つ僕らはどう対応するのかが問われて来ている。ウクライナもパレスチナもロシアやイスラエルの軍事支配や侵略に対した抵抗をしている。この抵抗は統治(憲法)の変更に対する対抗であり、そこには自由が掲げられている。ウクライナやパレスチナの憲法を守るという欲求は自由の擁護であり、それを支援するアメリカの反戦学生たちも自由の擁護が基本にある。反戦は自由と深く結びついているのである。これはロシアやイスラエルがどのようなイデオロギーを掲げようが自由を欠如させた統治原理(憲法)を持つ国であり、その統治の押し付に抵抗しているのである。これは中国の台湾支配(統合)に抵抗する台湾の人々の動きにも重なる。台湾の住民は一つの中国を名目にして権威主義的な統治の押しつけに抵抗しようとしているのである。中国の香港支配を見ればいいのであろう。
ここで僕らが考えなければならないのは自由による抵抗、自由な統治を要求する抵抗は普遍的あるということであり、そこには未来に向けた連帯があるということだ。この場合に自衛というのはどうだろうか。抵抗と自衛ということの関係を含めてここは今検討のいることではないか。自衛の論理は戦争放棄をなし崩し的に放棄させる事態を生みだしている。専守防衛論の空洞化と戦争放棄の放棄を呼び込んでいるのは自衛の概念の曖昧さがある。抵抗の原理と自衛の原理の関係を検討することは、戦争放棄の放棄に至る形の動きに抵抗していくうえで大事なことではないのか。憲法の戦争放棄がなし崩し的に放棄される事態が進行するなか、これにどう対応できるのか。憲法記念日の軽からぬ思いであった。(三上治)
==========(投稿2)==========
能登半島地震が教える「活断層評価を見直せ!」
~「想定外」を繰り返すな、変動地形学を尊重せよ~
原子力規制委員会は原発再稼働推進委員会・被曝強要委員会! その263
5月10日 (木村雅英)
能登半島地震が私たちに教える地震の怖さに原子力規制委員会は目をつむっている。これでは私たちの命と健康と環境を守れるはずがない。そのことを、小野有五さん(地理学、北海道大学名誉教授)と鈴木康弘さん(日本活断層学会会長、名古屋大学減災連携研究センター教授)が警告している。ところが、原子力規制委員会は技術情報検討会を経てからと、原発を止めようとも地震審査を見直そうともしない。「天を恐れよ」の警告を無視している。
◎ 沿岸の活断層が地震性隆起を起こす・変動地形学を尊重せよ
小野有五さんが、能登半島地震が「沿岸の活断層が地震性隆起を起こすことが実証された」、「海底活断層の認定について、従来の音波探査だけでは不十分で、変動地形学的手法によらなければわからないことが明らかになった」と語った。
(「ZOOMで語ろう脱原発」、4月29日、再稼働阻止全国ネットワーク)
◎ 繰り返される「想定外」
以下は雑誌「世界3月号」の「能登半島地震と活断層」(鈴木康弘)から。
能登半島地震は「想定外」ではない。政府の地震調査研究推進本部の地震調査委員会において、海域の活断層の地震発生予測が遅れ、津波の原因としては考慮されながら10年以上も放置されていた。
沿岸活断層が見過ごされた科学的理由は、活断層が5km以内に近接する場合には一連で活動すると予測されているのに審査では必ずしもこの考えが採用されなかった、沿岸海域の調査の主流が音波探査であった、沿岸部では最近数十万年間の新しい地層が削られ薄くなっていて判断が難しい、沿岸海域の詳細な地形学的調査がされているのは3%に過ぎない。
沿岸活断層が見過ごされた社会的理由は、地震対策費が高額になることを恐れて海底活断層のデータは沖合いには長い断層が数多く認定されているのに沿岸の活断層はいずれも短い、大津波の危険性をできるだけ考慮しなくてすむようにしようという関連業界・学会の動き、従来の調査手法や判断のあり方に問題。
長大活断層の活動頻度が過少に見積もられていた、大規模な地震が起きると、ひとつの断層だけが活動するのではなく、遠く離れた活断層も同時にずれる。
・これからどうすべきか?
(1)沿岸海域の活断層が盲点。沿岸活断層をこれまでとは異なる手法で調査して、陸上と同様に国土地理院の活断層図を示すべき。
(2)海岸地形を見直し、海成段丘が標高の高い場所にあるのにその原因が明らかになっていない地域をリストアップし、沿岸に海底活断層がある可能性を見極め、調査戦略を熟慮する必要がある。
(3)活断層評価をまとめる地震本部の体制を見直し、組織そのものの位置づけと体制を見直すことが必要かもしれない。
このように、能登半島地震が、変動地形学の重要性を明らかにし、沿岸活断層が見過ごされてきたことを専門家が指摘している。にも拘らず、原子力規制委員会は原発を止める気も、耐震再評価をする意欲も全くない。まさに再稼働推進委員会だ。
=====添付資料=====
・原発週報2024. 5.1-5.7 編集:漆原牧久
・テントニュース288号
=========デモ、集会==========
◆5月8日(水)12時~13時 原子力規制委員会毎水曜昼休み抗議行動
◆5月16日(木)祈祷会
◎100回目となる5月の祈祷会。
百回を記念して「午後2時から開始」 ですので、皆さまご参集ください!
5月16日(木) 午後2時30分より 会場:経産省前テントひろば
◆5月17日(金) 経産省前抗議集会(毎週)17時~18時 経産省前ひろば
◆5月17日(金) 「原発いらない金曜行動」 18時30分~ 首相官邸前
◆5月19日(日)総がかり行動(国会議員会館前) 14時~15時
◆5月22日(水)【5.22原子力規制委員会抗議全国一斉行動】
天を恐れよ、地震は止められない、原発は止められる、甘い耐震、実効性無き避難計画、危険な使用済み核燃料、東電を許すな
概要:原子力規制委員会、内閣府、地元自治体に対する全国一斉行動
(東京行動) 5月22日(水) 12時~13時 原子力規制委員会抗議申入れ行動
14時~15時 内閣府申入れ・首相官邸前抗議行動 ◆5月13日(月)~ 5月31日(金)(原発現地行動) 規制事務所申入れ行動など、地元自治体申入れ行動など
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye5247:240512〕
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