続・習一強体制の苦境 ― 前・元国防相の「除名」報道の奇妙
- 2024年 7月 3日
- 評論・紹介・意見
- 「リベラル21」中国田畑光永
私は今年1月5日から14日までの間、2022年秋の第20回中国共産党大会以後の中国の政治状況について、「習一強体制の苦境」と題する文章を本欄に4回にわたって掲載して、新発足から1年強が経過した段階での習一強政治のちぐはぐぶりを指摘した。
そこで取り上げた事象の一つは昨年、外相と国防相という中国政府の外向きの顔をになう2人の閣僚が相次いでふいと姿を消し、一言の説明もないまま何か月も経ってから後任が発表されて、失脚が確認されるという出来事であった。
それ以来、この閣僚解任事件についてはなんの公式発表もないまま、時日が経過して、最早、人々の記憶から遠ざかったここへきて、6月27日の共産党中央政治局会議で、解任された李尚福氏とその前任者である魏鳳和元国防相の2人の中国共産党員としての党籍がはく奪されたというニュースが登場して世界を驚かせた。
確かに政府の閣僚としての身分と中国共産党員としての身分は形式的には別ものだから、処分は同時でなければならないというわけではない。とすれば、党の処分が半年遅れでも取り立てて異とするほどのことではないかもしれない。
ただ、おかしな点があるのだ。私はこのニュースをまず6月28日の『日本経済新聞』朝刊の記事で読んだ。同紙北京特派員の記事はニュース源を「中国国営中央テレビ(CCTV)が伝えた」としているので、詳しいことを知ろうと、ネットで新華社や人民日報などの記事を探したが、どちらもこの件を報道していない。
奇妙だなと日本のほかの新聞にあたってみると、『毎日』と『産経』は「新華社が伝えた」として、『朝日』は「中国国営中央テレビが伝えた」として、2人の党籍はく奪を伝えている。ニュース・ソースが違うようにも受け取れるが、中国の放送が新華社のニュースを扱う場合は通常、「新華社消息」(日本流にいえば「新華社によりますと」)と、冒頭にクレジットをつけるから、『毎日』、『産経』2紙はそれを聞いて、「新華社が伝えた」と書いた可能性はある。
いずれにしても私の見た新華社にはこの記事はなかったから、奇妙は奇妙である。そこであるいはと、中国の検索サイト『百度』で問題の前・元2人の国防相の名前を入れて検索してみた。
すると、あっさり2人についてのニュース原稿が出て来た。ところが2人が処分を受けたことを一本の原稿にまとめて書いた原稿ではなくて、ほとんど同一の原稿を別々に、魏鳳和の原稿を27日18時、李尚福の原稿を同18時3分に掲載している。
罪状については、「高級幹部でありながら忠誠心を失い、党中央の信任に背き、部隊の政治状況を甚だしく汚染し、国防、軍隊建設、高級幹部の姿に大きな損害を与えた。規則を無視して本人及び他人の人事的利益を謀り、巨額の金銭を取得した。・・・」と手厳しく、糾弾する言葉が並んでいる。
ただ興味深いのは、李尚福原稿は『新華網』(新華社ネット)のクレジットであるのに対して、魏鳳和原稿は『央視新聞』(CCTVニュース)のクレジットで、末尾に「2024中央広播電視台版権所有。無許可転載しないこと」との注意書きがついている。
これらの事実が具体的にいかなる状況を反映しているのかを正確に判断する材料はない。しかし、すくなくとも中国共産党の中央政治局会議といえば、約1億人の党員を擁する同党の組織の、最上位の中央政治局常務委員会の7人に次ぐ、20数人のメンバーによる決定である。
それが即日、大ニユースとして活字にならなかったことは事実である。そしてこれは軍の腐敗を天下に曝すものである。その扱いについてのちぐはぐさは党の最高指導部と軍との関係の何を暗示しているのか。軍だけではない。李尚福以前に姿を消し、解任された秦剛前外相についてはまるで音沙汰はない。なにがこの「うやむや」を発生させているのか。
李氏が国防相を解任されたのは昨年10月下旬である。秦剛前外相はそれより前に解任されたにもかかわらず、いまだに処分についてはなにも発表されていない。軍の場合も、外交部も腐敗幹部の処分となると、これほどの時間がかかるとなると、「一強体制」の内部の複雑さは到底外部からは想像できない熾烈なものがあるのであろう。通信社がニュースとして配信しながら、「許可なく転載禁止」という奇天烈な注意書きをつけるというのはいかなる状況を示しているのか。
中国共産党は本来、昨秋に開くべき今期の第3回中央委員会総会(3中全会)をようやく今月15~18日に開催すると発表した。外の人間が見てもはっきりさせて欲しいことが山のようにあるのだから、中國の国民にとっては「政権の内実」への関心はどれほどか。あと10日ほどの「3中全会」の開会が待たれる。
初出:「リベラル21」2024.07.03より許可を得て転載
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