プーチンの「いんちき対話路線」に加勢? ―危ういグローバルサウスの登場
- 2024年 7月 12日
- 時代をみる
- 「リベラル21」プーチン田畑光永
はやいもので、ロシアのプーチン大統領が「特別軍事作戦」と称して、隣国のウクライナへ突如攻め込んでからそろそろ2年半である。我々はその間、キーウをはじめウクライナの各地で民家や病院が情け容赦なしにミサイルの砲弾を撃ち込まれ、おびただしい数の命が犠牲になるさまを見せられてきた。
「こんなひどいことをなぜ止められないのか!」、「命じる人間をいつまで放っておくのか!」、「ロシアの人たちはなぜ黙っているのか!」・・・憤懣はつきない。が、一方では人の感性は単純なもので、いつしか「慣れ」が「驚き」にとって代わり、現代社会の現実としてのそれを驚く感性の摩耗が着実に進んでいる。
そしてそれを見越したかのように、悲劇のすべてに100%責任を負わねばならないプーチンの口から、「交渉」だの「話し合い」だのといった言葉が出て来るようになった。「交渉」とか「話し合い」は、武器に手を延ばす前に提案すべきものであって、さんざん人を殺傷してから、いったい何を話し合おうと言うのだろうか。ウクライナに「もう勘弁してくれ」と泣き言を言わせて、東部4州をロシアの支配下に置こうという魂胆は世界中に見え透いている。したがってプーチンの「交渉」だの「話し合い」だのという言葉は、「なにを自分に都合のいいことを」と国際的には相手にされていない。中國はたしかに「停戦して会談を」と言っているが、これまでの中国の態度から国際的には「ロシアと同じことを言っているだけ」とまともに相手にされていない。
ところがこんなことが起こった。9日、ロシアの首都・モスクワにインドのモディ首相が現れ、プーチンと会談したのである。それを伝える記事の一つ・・・・
「会談冒頭を国営テレビが中継した。プーチン氏は『両国の間には長期間の友好関係があり、特別かつ特権的な戦略的なパートナーシップの性格を持っている』と述べた。 グローバルサウスと呼ばれる新興国で存在感を増すインドと安全保障や経済面の協力を拡大し、欧米への対抗軸を形成する考えだ。モディ氏はプーチン氏に対し、ウクライナの平和を確立するために『インドはあらゆる協力の用意がある』と表明した。対立の解決には『対話が必要だ』とも強調した。」(『日本経済新聞』7月10日朝刊)
天下周知のロシアの味方以外の国では初めて、ロシアの望むところを支持すると明言したのだ。もっともインドとロシアの関係はもともと親密ではあった。中國との国境紛争を抱えるインドはロシアから武器を買っている。ロシアがウクライナに攻め込んだために武器取引にも影響が出ているといわれるが、それも親密なればこその話である。
また一方ではインドはこのところロシア産の原油輸入を増やしているとも言われ、全体としてインドはあえて火中の栗を拾うようにロシアに近づいているといえるだろう。インドは日米豪の枠組み「QUAD(クワッド)」にも参加している。これもまたロシアへ近づく際の障害となるよりは、現在のロシアの置かれた立場から見れば、自らを高く売りつける材料となったであろう。
問題はこのインドの行動がグローバルサウスに属する他の国々にどう影響するか、である。これまでは「ウクライナ」はEU諸国をはじめ多くの国にとっては、損得抜きに、不正義に抵抗する正義をどこまで助けるか、という問題であったが、そこにモディ首相は「損得勘定」を持ち込んだ、と言えるだろう。
おりから欧州連合(EU)では7月から半年間の持ち回り議長国がハンガリーに回った。同国のオルバン首相はEUの内部にいながら、中國、ロシアと親密な関係にあることで有名である。同首相は早速、月初めにウクライナ、ロシアを歴訪した後、8日には中国入りした。
この日程から見ても、オルバン首相はEUの持ち回り議長でいる間にウクライナでの停戦をロシア、中国とともに実現したいという意欲に駆られていることは明らかである。これに応えて、中國側も同首相が到着した8日午前に早速、習近平主席が会談し、外交部も同日、午後3時過ぎには中国語で1000字に近い、かなり長文のニュース・リリースを発行した。
そこに書かれている習近平が語った中国のウクライナ対処方針は、まず「早期停戦、政治解決、当事者間の利害調整」である。そのためには「戦場を国外に拡大せず、戦いをエスカレートせず、飛び火を防ぐ」の3原則を遵守して、出来るだけ速く情況の温度を下げ、一方、国際社会はロシア・ウクライナ双方が直接対話を回復するための条件をつくることに助力する。すべての大国が、真面目に力を出すことによって、停戦の曙光をそれだけ早く見ることが出来る。中國は一貫して自らの方式で積極的に交渉を促し、和平解決に有利な努力を激励し、支持してきた。中國とハンガリーの基本的主張と努力の方向は一致している。中國はハンガリーおよび各方面と引き続き連携を保っていきたい。
この部分は中国の方針の全文であるが、一読して分かるのは、いつものことながら、そもそも事を起こしたのはどちらか、戦闘は公平な条件でおこなわれたのか、停戦の目的は原状回復なのか、それとも戦闘の結果を追認するものなのか、といった、交渉の基本をなす部分に言及することを避けていることである。
2年半前の開戦直後に採択された国連における何本もの決議は、ロシアの行動を非として、その責任を問うものであった。ところがここにみられる中国の考え方は、ことの理非曲直には触れずに、とにかく双方をテーブルに座らせ、停戦さえできれば、あとは何とかなるだろう、といった程度のものである。
これは戦闘によって支配地域を広げたロシアにとって圧倒的に有利な交渉である。半年間、EUの議長を務めるオルバンもこの路線ならおそらくロシアを窮地に陥れることなく、つまりプーチンの怒りを買うことなく、平和に努力しているという対面を保つことが出来るだろう。
その上、インドのモデイ首相がグローバルサウスの代表としてあらぬ方角から「道義放擲、実利優先」の立場で口を挟むことになったらウクライナ問題はどこへ漂っていくのか。なにか時のたつのが怖いような「ウクライナ、3年目の夏」である。
初出:「リベラル21」2024.07.12より許可を得て転載
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