振り上げたこぶしの落とし所に困る
- 2010年 6月 30日
- 評論・紹介・意見
- 北朝鮮朝鮮半島軍事韓国
先日、韓国の哨戒艦「チョナン(天安)」が沈没した朝鮮半島西側の現場海域を見てきた。韓国最西端の島ペンニョン(白翎)島の沖、わずか2.5キロメートルの地点。当日天気は晴れていたが、海上にはこの地域独特の濃い霧がかかっており、10メートル先も見渡すことができなった。案内してくれた遊覧船の船長は、「こんなところまで北朝鮮の潜水艦が来たとは、いまだに信じられない」と嘆いていた。実際に沈没現場は、遊覧コースからわずかしか離れていない。事件後、ペンニョン島を訪れる観光客の数は半分以下に激減し、島の経済にも大きな打撃を与えているという。
沈没の原因について韓国政府は5月20日に「北朝鮮の魚雷による攻撃」と断定。北朝鮮はただちに「でっち上げだ」と反発し、独自の調査団を派遣する考えを示した。韓国側はこれを拒否した上で、事件を国連の安全保障理事会に提起。ただ沈没の原因をめぐっては、韓国内でも意見が割れている。韓国の市民団体は、回収された遺体の損傷具合などから魚雷攻撃という政府の説明には説得力がないとして、調査結果に疑問を投げかける文書を国連安保理に送った。
韓国のイ・ミョンバク(李明博)政権にとってもうひとつの誤算は、発表後の対応策についても国民の理解を十分に得られなかったことだ。イ・ミョンバク大統領は、「北が韓国の領海、領空、領土を再び侵せば、自衛権を発動する」と述べ、武力には武力で対抗する考えを明確にした。これに対して北朝鮮は「全面戦争を含む強硬措置で応える」と言動をエスカレートさせるなど、南北間の軍事的な緊張がいっきに高まった。しかし対北政策が最大の争点となった6月2日の韓国統一地方選挙では、大統領を支える与党は大敗。「北をこれ以上追い詰めてはならない」と主張する野党は、兵役義務のある20代だけでなく、「子供を戦場に送りたくない」とする親の世代の支持をとりつけて、予想外の勝利をした。
これを受けてイ・ミョンバク政権の対北強硬策も大きく後退。当初再開するとしていたスピーカーを使った非難放送や軍事境界線付近のビラまきも当面は留保している。さらに今回の事件を受け、6月中旬に行う予定だった潜水艦の侵入を想定したアメリカとの大規模な海上軍事訓練も、事実上、延期せざるを得なくなっている。
北朝鮮を追い詰めるため、残された唯一の手段は、国際的な包囲網を強化することだ。しかし、ここでも誤算が生じた。当初韓国政府は、今回の事件は、朝鮮半島だけでなく、北東アジア、ひいては世界の平和と安定を脅かすものだとして、国連の安保理で北朝鮮の核実験やミサイルの発射と同列に扱うこと望んでいた。北朝鮮に対する新たな制裁決議を目指していたのだ。
しかし北朝鮮の後ろ盾である中国やロシアから見れば、たとえ北の攻撃であったにせよ、今回の事件はあくまで南北の「内輪もめ」であり、核のように地域の安定を損なうものではない。むしろ中国にとっては、韓国とアメリカが目の前の海で合同軍事演習を行うことのほうが、よっぽど地域の安定を損なう行動だと判断しているはずだ。
46人の兵士が犠牲なった今回の事件を受け、大きくこぶしを振り上げたイ・ミョンバク大統領だが、どこに振り下ろしていいのか、落としどころを見つけられずにいる。
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