経団連会長会社の看板商品に批判強まる -明らかになった「新世代農薬」の人体への深刻な影響-
- 2012年 11月 30日
- 評論・紹介・意見
- ネオニコ系農薬住友化学岡田幹治
農薬のトップメーカーで、米倉弘昌経団連会長が会長を務める住友化学が、看板商品の一つとして販売している「新世代殺虫剤」に対し、批判が強くなっている。
この殺虫剤は、1990年代以降に開発され、世界で急速に普及している「ネオニコチノイド系(以下ネオニコ系)」農薬の一つである「クロチアニジン」。国内ではダントツ(農業用)やフルスウイング(芝用)などの商品名で販売し、欧米ではバイエルクロップサイエンス社と共同で事業を展開している(商品名はポンチョなど)。
ネオニコ系農薬はニコチンと類似の化学構造をもつ神経毒性物質で、クロチアニジンのほかバイエル社のイミダクロプリド(商品名はアドマイヤーほか)や日本曹達のアセタミプリド(同モスピランほか)など合計7種類が120以上の国で販売されている。これまで主力だった「有機リン系農薬」に代わって急速に普及しており、2008年の世界の総売上高は約15億ユーロ(約1500億円)に達した。農業以外の使用分も含めればその約2倍になる。
◆「浸透性」の農薬
ネオニコ系農薬は幅広い害虫に効果がある一方、哺乳類や鳥類、水生生物には毒性が低いとメーカーは説明し、家庭園芸用からシロアリ駆除剤、ペットのノミ取り、コバエなどの害虫駆除剤まで、身の回りでも広く使われている。
その最大の特徴は、殺虫成分が根などから作物に浸透し、作物全体に移行する「浸透性」にある。昆虫は葉や実を食べても、樹液や蜜を吸っても毒が回り、神経をやられて死んでしまう。
また効果が長続きする「残効性」にも優れており、致死量未満の量でも継続的に使用すると昆虫には致命的になる。
このように使う側にはまことに都合がよい半面、標的以外の昆虫にはきわめて有害で、多くの国でミツバチ大量死の原因になっている。このためイミダクロプリドやクロチアニジンはフランス、ドイツ、イタリアなどで厳しい使用制限が課されている。
日本でも各地でミツバチが大量死しており、05年には岩手県南部で、ダントツが散布された直後にミツバチが700群(1群が約2万匹として合計約1400万匹)も死滅した。このときは養蜂家たちが損害賠償を求め、JA全農いわてと県農薬卸商業協同組合が総額500万円の見舞金を払って和解している。
このような大量死も一因になって〇九年には、イチゴやメロンに授粉するミツバチが全国で不足し、園芸農家が困り果てる騒ぎになった。しかし、農林水産省が抜本的な対策をとっていないため、いまでも各地で大量死は発生している。
◆発達障害の原因の可能性
最近、懸念が強くなっているのが人の健康への影響だ。
青山美子医師(前橋市の開業医)と平久美子医師(東京女子医科大学)によれば、ネオニコ系農薬は人に摂取されると中枢神経系、自律神経系、骨格系に関連する多彩な症状を引き起こす。脈の異常、指の震え、発熱、腹痛、頭痛、胸痛、短期の記憶障害も起きる。
04年と05年に群馬県で、松くい虫防除にアセタミプリド(商品名マツグリーン)を送風散布装置でまいた直後、多数の患者が受診したが、症状の出方が動物実験の結果とよく似ていた。
また、国産の果物と茶飲料を連続摂取した患者が同様の症状を訴えて受診している。日本では、果物や茶葉、野菜へのネオニコ系農薬の残留基準が欧米にくらべて桁違いに緩やかに設定されていることが背景にある。
これらの結果から平医師らは、ネオニコ系農薬は(欧米では多くが使用禁止になっている)有機リン系農薬より安全とはいえず、散布者だけでなく、一般市民にも健康影響を及ぼすと結論づけている。
近年、米国や日本で子どもたちの脳の発達障害が激増している。具体的には、その場の状況や人の気持ちが読めず、意思疎通が苦手な「自閉症」や、じっとしていられず、衝動的に行動してしまう「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」、読み・書き・計算などの特定分野がどうしてもできない「学習障害」などとして現れる。02年度の文部科学省の調査では、全国の学童の6・3%が軽度の発達障害だった。
脳神経科学者の黒田洋一郎・元東京都神経科学総合研究所参事研究員によれば、日本よりずっと早くから発達障害が大問題になった米国では、多数の研究が行われているが、発達障害の原因として「神経毒性をもつ殺虫剤」を疑う研究者が増えている。そして、殺虫剤が原因とする疫学調査の結果が出始めている。
まず一昨年、より多く有機リン系農薬に曝露された(摂取した)子どもにADHDになる率が高いことが示された。続いて昨年は、有機リン系農薬の曝露で子どもの記憶や知能指数(IQ)に悪影響が出ることを示した研究が三つも有力な科学・医学雑誌に発表されている。
これまでの研究は有機リン系農薬が多いが、ネオニコ系農薬は有機リン系農薬と同じように、人の重要な神経伝達物質の一つである「アセチルコリン」の働きを攪乱する毒性をもっている。したがって、ネオニコ系農薬も発達障害の原因になる可能性が大きい。
ニコチンについてはこれまた膨大な研究が行われ、妊婦が喫煙すると早産、低体重出産、ADHD児の出産などの悪影響が出ることが明らかになっている。ニコチンと似た構造をもつネオニコ系農薬に同じ毒性があっても不思議ではない。
しかし、現在の農薬の安全性評価では以上のような危険性は全く考慮されていない。このため研究者や市民団体からは「疑わしきは使用せず」という予防原則に基づき、有機リン系農薬やネオニコ系農薬の使用を禁止または規制すべきという主張が出ている。
◆自然保護機関が立ち上がった
ネオニコ系農薬への逆風をさらに強めようとしているのが、世界最大の自然保護機関・国際自然保護連合(IUCN、本部・スイス)だ。研究者らが09年にフランスに集まり、昆虫類や鳥類が1990年代以降、壊滅的な減少を示していること、その主要な原因の一つがネオニコ系農薬であることで一致した。これを受けてIUCNに「浸透性農薬タスクフォース」が設置され、昨年から活動している。
IUCNは今年9月に韓国・済州島で開いた第5回世界自然保護会議で、浸透性農薬の地球規模の脅威に取り組む決議を採択した。それに先立って東京でフォーラムを開き、内外の研究者がネオニコ系農薬の生態系と人の健康への影響をめぐって報告と討論を行った。
タスクフォースは今後、科学的証拠の検証や人体への影響の調査を進め、確証が得られ次第、世界で広報活動を展開し、政界と経済界に「浸透性農薬」(ネオニコ系農薬とフィプロニル=商品名はプリンスやフロントラインなど)の禁止や規制を働きかけていく。
かつて、強力な殺虫効果をもつDDTは「奇跡の農薬」といわれ、大量に使われた。しかし分解されにくく、環境中に放出されると食物連鎖を通じて生物の体内に蓄積し、鳥たちを死に追いやる。その事実を米国の作家レイチェル・カーソンが『沈黙の春』で告発。それがきっかけになって使用が禁止されるようになった。
「沈黙の春を繰り返すな!」を合言葉にしたIUCNの活動が、ネオニコ系農薬を「第二のDDT」とする日はそう遠くないかもしれない。
『沈黙の春』の時代から農薬の規制は常に不十分で、多くの野生生物を殺し、人にも被害を及ぼしてきた。しかし、生態系の保全や人のいのちを最優先しようという21世紀になって、同じ過ちを繰り返してはならない。
国内では厚生労働省と環境省が規制強化を検討すべきだ。同時に経団連会長会社である住友化学の倫理観や経営姿勢も問われる。生態系を乱し、人体に悪影響を及ぼすような農薬を、儲かるからといって販売し続けていいのだろうか。
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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