マルクス経済学はいま―宇野派理論家による現状分析―
- 2013年 5月 11日
- 評論・紹介・意見
- 『日本経済はなぜ衰退したのか―再生への道を探る』半澤健市書評
書評 伊藤誠著『日本経済はなぜ衰退したのか―再生への道を探る』(平凡社新書)
《リーマンショックとは何だつたのか》
本書は、世間で絶滅危惧種とされるマルクス経済学者による世界経済と日本経済の現状分析である。説得力のある現代資本主義論と読んだ。
リーマンショックを経験して私は資本主義経済は破綻したと思った。「一巻の終わり」と感じたのである。それはお前だけだといえる人は少ないと思う。グリーンスパンだって100年に一度の経済津波といったのである。しかし早計であった。確かに、2009年の世界経済はマイナス0.6%を記録したが翌10年には5.1%のプラスに転じている。株価は日米ともにリーマン恐慌前の高値を超えた。ニューヨーク株式は史上最高値を更新している。日本でも「アベノミクス効果」で、半年で株価が50%近くも値上がりした。1929年恐慌に比べれば「かすり傷」である。あの騒ぎは何だったのか。
早計とは言ったものの、資本主義が容易ならぬ局面にあることも事実である。今の学生は「マル経」、「近経」という言葉を知らないが、1950年代の日本は「マルクス経済学」の全盛時代であった。「近代経済学」は屡々「ブルジョア経済学」として軽蔑されていたのである。その後の「マル経」の学説史に私は疎いが、宇野弘蔵の理論構成をめぐる論争が今も一つの流れであるらしい。
《蓄積過程の足かせと新自由主義の登場》
余談と前置きが長くなった。
世界経済の現状を、金融恐慌の発現とみる著者伊藤の立脚点は、「宇野恐慌論を考察基準として、労働力の商品化の無理にもとづく、資本蓄積の現代的発現形態と、その変転を重視する分析」である(同書63頁)。
1980年前後に「新自由主義」が始まり、その後の30年は「グローバリゼーション」なる「新自由主義」が世界を席捲した歴史である。それは言説でもあり実態でもあった。
著者は、第二次大戦後の世界経済の成長をブレトンウッズ体制を基盤とした「黄金時代」とみる。この高度成長が、賃金と原材料の高騰をもたらし資本蓄積過程の「足かせ」になった。ケインズ政策的・社会民主主義的な「大きな政府」が資本家の儲けを制約するようになった。そこで「新自由主義」が登場したのである。市場原理の重視、「小さな政府」、民間活力の利用、国営企業の民営化、労働組合の弱体化。つまり利潤圧迫要因を徹底的に排除する政策である。一方でIT革命が進み、管理労働はコンピュータにとって代わられた。中間層の崩壊である。企業の海外進出で途上国の低賃金が先進国の賃金を押し下げる。
国内は、この格差拡大で消費需要が回復しない。企業の遊休資金は、投機マネーに変身する。資産バブルの成立と崩壊、市場原理に矛盾する公的資金による企業救済。これがメリーゴーラウンドのように世界を巡っている。「サブプライム危機」から「ソブリン(国家財政)危機」へと危機がたらい回しされる。この深刻な閉塞状況の存在が現在の世界経済だ。
《日本経済における新自由主義の現実》
日本経済の危機も、世界モデルの先取りと後追いの混在として起こっていると著者はみる。とりわけ、過度な輸出依存型モデルの採用が危機を増幅したという。
公的債務の増大は深刻だが著者は赤字財政の増大という「反・新自由主義」的政策の発動が、劇的な恐慌の発生を阻止したともみている。また中国などの新興国・途上国の成長力が先進国への打撃を緩和したこと―いわゆる「デカップリング論」―に肯定的である。
ならば解決策はあるのか。
著者は新自由主義の破綻は明白であるという。
著者のオルタナティブ(代替選択肢)はケインズ主義・社会民主主義・社会保障的政策の復活である。目新しいことはなにもない。そう思われるかも知れぬ。しかし著者の論考は社会主義・共産主義理論の批判的検討、ソ連型共産主義の失敗という歴史的現実を踏まえていて柔軟である。エネルギー問題、所得保障、地域通貨。この三点に関して具体的、実践的な提言が示れているが詳細は本書にゆずる。
今どきの経済分析には、トレイダーまがいの学者や金融機関のエコノミストばかりが出てくる。そのなかでマルクス経済学の、長いスパンのなかでダイナミックな論理による世界経済分析には傾聴に値するところが多い。決して絶滅危惧種ではない。
《理論と現実の感覚ギャップ》
同時に「理屈は分かるが実感は別だ」という気持が湧き上がる。
これだけの閉塞状況である。反体制勢力はほぼいなくなった。「グローバリゼーション」のイデオロギーが「大衆社会」を制圧している。日本では、極右「大政翼賛体制」が再現している。理論的帰結としての「新自由主義の破綻」と、「憲法改悪と狭隘なナショナリズム」という袋小路の関連がうまく腑に落ちない。感覚的な落差が大きいのである。いや、これぞ破綻の実相ということになるのか。ワイマールの再現となるのか。本書は経済分析に集中している。「憲法改悪」の第一歩が7月に迫っている今、もっと「政治経済学」的分析が欲しいといったら欲が深すぎるだろうか。
◆伊藤誠著『日本経済はなぜ衰退したのか―再生への道を探る』、平凡社新書、平凡社
2013年4月刊、780円+税
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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