青山森人の東チモールだより 第285号(2014年11月30日)
- 2014年 12月 3日
- 評論・紹介・意見
- チモール青山森人
東チモールを餌食にする魔物
詐欺にひっかかった東チモール
東チモール政府は、チモール海の共同開発区域で石油・ガスの開発をする諸企業にたいし適切に税金を支払っていないとして差額を支払うように法廷で争っています。法廷はシンガポールにあります。
東チモール国会は―この「東チモールだより」でお伝えしたとおり―ポルトガル人とカボベルデ人の裁判官・検察官そして反汚職委員会顧問を停職にする決議を採択し(10月24日)、閣議でかれらにたいする48時時間以内の国外退去を決議しました(11月3日)。シャナナ=グズマン首相はポルトガルの新聞にこの措置は「不可抗力」だと述べました。はて、どういう意味か? チモール海の共同開発区域で天然資源の開発をする企業に東チモールへ不足分の税金を納めることを求める裁判で負け続けることによって生じた「不可抗力」による措置だというのです。いかにも“シャナナ文学”らしい表現ですが、要するに税金追徴を求める裁判で負け続けて国家は損害を被っているのは、ポルトガル人とカボベルデ人の裁判官らのせいなのでやむを得ない処置なのだと、10月24日の国会決議を正当化しているのです。
しかし一方で追放されたポルトガル人は自分たちはその裁判にほとんど関わっていないと発言しているので、外国人を追放した理由として税金追徴の裁判をもち出すことに正当性があるのかと首をかしげてしまいます。もっとも、仮に両者に明確な関連性があったとしても国会で裁判官を罷免する決議を採るのは憲法違反ではないか?という議論は今後ずっとついてまわることでしょう。
さて、チモール海で石油開発をする企業に税金追徴を求める裁判をめぐっては、上記の出来事よりも比較にならないほどスキャンダル性にまさる詐欺事件があったのです。以下、東チモールの市民団体「ともに歩む」(Lao Hamutuk)のウェブサイトに載っている資料を参考にして大雑把にまとめてみます。
チモール海の共同開発区域で利益をあげる石油開発会社による税金の支払いが不完全だとして差額を支払うように諸企業に求めていくという発表を東チモール政府がしはじめたのは、前回の総選挙が行われた2012年7月でした。それからさかのぼること2年、2010年7月のこと、東チモール政府は石油の税金に関する顧問としてノルウェー政府をとおして、ナイジェリア出身でアメリカ市民権をもつボビー=ボーイという人物を雇いました。この人物をノルウェー政府がまず雇い、ノルウェーは東チモールとの支援プログラムの一環としてかれを東チモール財務省に紹介したのでした。東チモールのために顧問として働くかれの年棒はなんと25万ドルでした。2012年9月、アルフレド=ピレス天然資源相はすでに3億ドルの税金未払い分を取り戻し、まだ未払いの税金があると語っています。想像するに、東チモール政府は専門家の知恵を借りて(ものすごい高額な“知恵”だこと)、石油会社にはしっかりと税金未払い分を支払ってもらうぞ!とはりきっていたことでしょう。このころまでにこの外国人顧問は東チモール政府内で信頼を勝ち得たようです。
ところがこの人物はとんだ喰わせ者だったのです。詐欺師だったのです。東チモール財務省はかれ一人が運営する幽霊会社である法律事務所に顧問料350万ドルを支払い、2013年4月、かれは姿をくらましたのでした。東チモール政府はFBIに報告、2014年6月19日、ボーイ氏はニュージャージーのニュワーク(Newark)の国際空港で逮捕されました(その後、保釈金を払って保釈)。ボーイ氏はニュージャージーに4軒の豪邸をもち、ガレージにはロールスロイスなどの高級車が3台、2万ドルに相当する2つの高級腕時計を所有していたと報じられました。
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「FBIは東チモール財務省の元顧問を逮捕した」
『チモールポスト』(2014年6月25日)より。
ボーイ氏は、顧客から株を巻き上げたとしてニューヨーク証券取引場から永久追放された人物で、2006年にカルフォルニアで詐欺の罪で逮捕され禁固刑をうけています。2010年、経歴を詐称してまんまと東チモール財務省の高級(高給)顧問に就いたのです。
この事件からさまざまな疑問点や課題が浮かび上がってきます。以下、整理しましょう。なお、ボーイ氏はFBIによって告発された罪を否定しています。この件にかんしてかれが有罪と決まったわけではないことは付け加えておきます。
なぜノルウェー政府も東チモール政府も騙されたのか
ノルウェー政府が石油企業の税金にかんする法律の専門家を東チモール政府に紹介するのは両国間の援助プログラムの一環であるのでよいとして、そもそもノルウェー政府がこの人物の正体を見抜いてさえいれば、東チモールは被害に遭うことはなかったはずです。ノルウェー政府ともあろうものがどうして騙されたのかという疑問がまず浮かびます。ノルウェー政府がたるんでいたのか、ボーイ氏が巧みだったのか?ノルウェー政府はボーイ氏の経歴を十分に調査しなかったことを認めています。
東チモール政府としてはノルウェー政府が紹介する人物だから間違いないと思い込んだかもしれません。その点、東チモール政府には同情の余地があるというものです。しかしそれでも350万ドルの顧問料をアメリカにある法律事務所に支払うときに、振込先の信頼性を徹底的に調査しなかったのでしょうか。当然すべき務めを東チモール政府は怠ったのかもしれません。
大金を騙しとられた政府の能力が当然問われます。これは財務省の資金なので、財務大臣の責任が問われます。またしてもエミリア=ピレス財務大臣!この女性が登場します。この場合は騙された側の責任者として説明責任があるはずです。汚職の疑惑にかんする説明、予算執行率が低いことの説明など、ピレス財務大臣が閣僚の責任を果たしているとはとても思えません。
シャナナ首相は、税金追徴を企業に要求する裁判で負け続けていることをポルトガル人とカボベルデ人の司法関係者の責任であると発言をするまえに、国家の資金を騙し取られたことにたいする財務省の責任を問うのが筋で、そして政府は再発防止策を国民に示さなければならないはずです。
税金追徴の裁判はそもそも勝てる裁判か
チモール海の共同開発区域で利益をあげる石油開発会社による税金の支払いが不完全だとして差額を支払うように諸企業に求めていくという東チモール政府の方針が、詐欺師によって主導されていたとしたら、シンガポールの法廷における東チモール側の主張に合理性はあるのかという疑問がそもそも湧いてきます。
これまで東チモールが負けた税金追徴を求める裁判のうち数件はボーイ氏の主導した裁判であるといわれています。だとしたら裁判に負けたのはボーイ氏の設定に無理があったのではないか、かれの経歴からして東チモール政府はそう考えてもよさそうですが、シャナナ首相はなぜかポルトガル人裁判官の能力に矛先を向けました。
東チモール財務省は高給取りの外国人顧問を信頼するあまり、おんぶに抱っこ、理解不十分なまま、いいなりになって事を進めているのではないかという疑念を抱かせます。政府の未熟さがこの詐欺事件で浮上します。独立(「独立回復」)してから12年しかたっていない国であることから仕方ないかもしれませんが、詐欺師につけこまれる余地が政府にあったことを教訓として受け止め、東チモールが前進することを期待したいと思います。それにしても、財務省やピレス財務大臣の責任をシャナナ首相は本当のところどう考えているのか、たいへん気になります。
傍観をきめこんだコノコフィリプス社
この件にかんする報道が事実だとすれば、独立して間もないアジアの最貧国といわれる東チモールをカモとする詐欺師の根性に嫌悪感を覚えてしまいすが、それよりも東チモールにたいする石油メジャーの不誠実な態度と大企業としての意外なまでの度量の狭さに失望してしまいます。
この詐欺事件を報道したオーストラリアの新聞『シドニー モーニング ヘラルド』(2014年9月9日)によれば、チモール海の共同開発区域で天然資源の開発をする大企業コノコフィリプス社(ConocoPhillips)は、2010年12月の時点でボーイ氏について疑惑を感知しはじめていたのにもかかわらず、東チモール政府が税金支払い問題をめぐって裁判で争う相手であることから、そのことを東チモール政府に長い間だまっていたというのです。
同記事によれば、コノコフィリプス社は2011年6月にはボーイ氏の経歴も容易に知りえているのです。そしてこのことで最も困ったことになるのが東チモールであるとの認識ももっていたのです。さらにコノコフィリプス社は、東チモール政府に税金追徴の助言を与える業務を請け負って高額な契約を結んだニューヨークの法律事務所とはボーイ氏が秘密に所有する会社であることも2012年半ばに知りえていたのでした。そのニューヨークの会社の連絡先を調べら、ボーイ氏個人のメールアドレスにつながったというのです。コノコフィリプス社がこの情報を東チモールに伝えなかった結果、東チモール政府はボーイ氏によって350万ドルを騙し取られたのです。
コノコフィリプス社が東チモール政府にボーイ氏にかんする懸念を伝えたのは去年の11月、両者の弁護士のあいだでおこなわれた電話会談のなかの2分間でのこと、すべてを伝えたのは今年の1月になってからでした。同社がボーイ氏を詐欺師と認識してから実に約2年半、傍観をきめこんでいたのです。
もしコノコフィリプス社がこの人物にかんする情報を速やかに東チモール側に伝えていたら、東チモールの損害はこの人物に実際に騙し取られた350万ドルのうち200万ドルは守れたであろうといわれます。この『シドニー モーニング ヘラルド』の記事は、ボーイ氏について「みんが知っていた、誰も何もしなかった」という石油会社内の発言を紹介しています。
上記『シドニー モーニング ヘラルド』の記事を書いた記者はまた、東チモールで働いたオーストラリア人の税金にかんする法律顧問が、コノコフィリプス社のために東チモールに不利な証言をするために同社から12万ドルを受け取ったことを報じました(9月10日)。
「みんが知っていた、誰も何もしなかった」
東チモールが騙されていると知りながら事態を傍観する態度、「みんが知っていた、誰も何もしなかった」という空気にそまる態度、いずれも人間の恐ろしい弱点です。傍観するだけの国際社会の態度と無自覚な個人個人の無責任さがあいまって、惨劇が起こってしまう歴史をわたしたちは想起すべきです―とくに東チモールが独立宣言をした11月28日(1975年)を迎えるにこの季節にあっては。この11月28日から9日後、アメリカのお墨付きを得たインドネシア軍が東チモールを大侵攻するのです。そして国際社会は黙認という意図的な傍観の態度をとり、人口3分の1に相当するおよそ20万人の東チモール人を殺しました。意図的な傍観という態度をとった国の国民は個人個人による無自覚な無責任さでこれを支えたのです。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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