就業者数が100万人増えたというけれど ~安倍首相の自画自賛を検証する (その2)~
- 2014年 12月 23日
- 時代をみる
- 醍醐聡
2014年12月22日
この記事では、安倍首相がアベノミクスの成果として挙げる就業者数の増加が安倍政権の経済政策の成果というに値するのかどうかを検証したい。
自民党が12月の衆院総選挙にあたって発表した「重点政策集2014 景気回復、この道しかない」の中に「アベノミクスで、ここまできています」というページがある。そこではアベノミクスの成果の一つとして、就業者数が現安倍政権発足時(2012年12月)の6,257万人から今年の9月時点の6,366万人へ約100万人増加したことが挙げられている。
このような雇用統計値の評価の仕方が妥当かどうかをデータに基づいて確かめるのがこの記事の目的である。
雇用者総数は確かに増えたが
自民党の重要政策集や安倍首相は「就業者数」が増えたと言っているが、「就業者数」と「雇用者数」の違いを確かめておく必要がある。
「就業者数」とは「自営業主・家族従業者数」と「雇用者数」を合わせた数値である。近年、わが国では「自営業主・家族従業者数」の減少と「雇用者数」の増加が並行して進行してきたが(内閣府『平成23年度年次経済財政報告』の210~215ページで、その背景と要因が検討されている)、雇用者数が就業者数の87%前後を占める点に大きな変化はない。ただし、就業者関連の統計データには、その性格上、正規・非正規と言った雇用形態別のデータがないのに対して、雇用者関連の統計データにはそれが詳しく示されている。
そこで、まず、総務省統計局「労働力調査(基本集計)」に収録されている長期時系列データに基づいて、安倍政権発足を挟んだ過去7年間の就業者数および雇用形態別の雇用者数の推移に確かめてみた。なお、雇用動向が季節的要因の影響を受けることを勘案して、ここでは直近に公表された四半期データ(7~9月期の月平均)と季節を揃えるため、ひとまず、2008~2014年の7~9月期の月平均の推移を調べた。結果は次のとおりである。
「就業者数と雇用形態別の雇用者数の推移」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/shugyoshasu_koyokeitaibetu_koyoshasu_suii.pdf
これを見ると、現安倍政権発足直前の2012月7月~9月期から今年の7月~9月期にかけて就業者は71万人増加したことになる。自民党や安倍氏が約100万人の増加というのと約30万人のずれがある。これは自民党・安倍氏が就業者増減の基準値として安倍政権が発足した2012年12月単月の数値を用いたのに対し、ここでは現時点と季節的に、より比較可能性が高く、平滑化した7月~9月の四半期の月平均で比較したためである。
ちなみに、安倍政権発足前の就業者数を2012年10月~12月の月平均(6,282万人)とし、それと今年の10月時点の就業者数(6,390万人)と比較すると108万人の増加となる。また、上の表から、安倍政権発足時から現在までの間に就業者の大半を占める雇用者も101万人増加(5,156万人→5,257万人)したことがわかる。
では、安倍首相が自画自賛するとおり、「雇用者約100万人増加」は額面通りに評価できるのだろうか?
増えたのは非正規雇用、正規雇用は減っている
ここで注視したいのは、雇用者数の増加を雇用形態別に示したデータである。上の表でいうと、2012年7月~9月期から今年の7月~9月期にかけて雇用者が総計で101万人増加したといっても、雇用形態別の内訳でいうと増えたのは非正規雇用(123万人)で、正規雇用は22万人減少しているのである。正規・非正規の割合で言うと、この間に正規雇用者数の割合は64.5%から62.9%へ下がっている。
また、比較の2時点を自民党・安倍首相のやり方に近づけて2012年10月~12月(表の②)と最新の2014年10月(表の④)を比べると、次の通り、雇用者数は総計で106万人増加したことになるが、内訳では正規は32万人の減少、非正規は137万人の増加となり、大勢は変わらない。
安倍政権発足時 2014年10月現在 増 減
雇用者数総計 5,173万人 5,279万人 106万人
正規雇用者 3,330万人 3,298万人 ▲32万人
非正規雇用者 1,843万人 1,980万人 137万人
つまり、総計で約100万人の増加といっても、そのすべてが非正規雇用の増加であり、正規雇用はむしろ減っているのである。
こうした内実を顧慮せず、全数ベースの増減だけを取り上げて、雇用者数あるいは就業者数が増加したことを成果と言ってよいのか、大いに疑問である。
というのも、非正規雇用の増加がわが国の賃金水準を押し下げ、雇用の不安定性、長時間労働の温床になっていることはしばしば指摘されてきた。ここでは、非正規雇用の増加がわが国の賃金水準を押し下げる主な要因になっていることを厚労省「平成25年賃金構造基本調査(全国)」にもとづいて示しておきたい。
以下は上の厚労省資料で示された正規・非正規雇用間の賃金格差(正規社員・職員=100とした時の非正規の社員・職員の賃金の指数)を年齢階級別(男女計)に見たものである(単位:千円)。
年齢階級別の正規・非正規の雇用者の賃金格差
年齢階級 正規雇用者 非正規雇用者 格差指数
20~24 200.9 168.2 84
25~29 235.1 188.0 80
30~34 270.4 197.8 73
35~39 306.0 198.6 65
40~44 342.1 195.8 57
45~49 378.3 192.4 51
50~54 394.7 193.8 49
55~59 380.3 191.5 50
60~64 300.8 215.6 72
65~69 296.4 195.3 66
年代計 314.7 195.3 62
これを見ると、年齢が上がるにつれ、格差は拡大し、45~59歳の年代では非正規雇用者の賃金は正規雇用者のほぼ半分となっている。
非正規雇用を増やして人件費を削減することで企業業績を底上げできたとしても家計への所得分配は細り、GDPの約6割を占める個人消費を低迷させる要因となる。その結果、行き場のない企業利益が250兆円に達する内部留保として溜め込まれるとともに、手持ちの現金預金が70兆円にもなったのである(いずれも2014年6月末現在。資本金1億円以上の企業合計)。これを「好循環」と呼ぶのは無理な話である。
就職件数は増加ではなく減少している
以上の数値はすべて累計値である。では、フロー(新規)ベースの雇用動向はどうなっているのだろうか?
次の表は厚労省職業安定局雇用政策課が発表している「一般職業紹介状況」で示された月ごとの雇用形態別の就職件数を四半期単位で集計し、それを月平均に換算したものである。
「雇用形態別の就職件数の推移」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/shushokukensu_suii_koyokeitaibetu.pdf
ハイライトの箇所を抽出すると次のとおりである。
雇用者数の増減
安倍政権発足時 現 在
(2012年10~12月) (2014年8月~10月) 増 減
月平均 月平均
全 数 170,037 164,230 ▲6,507
正社員 72,175 72,643 468
パート 63,850 60,701 ▲3,149
つまり、フローベースの就職件数で見ると、安倍政権発足時から現在までの間に正社員は微増となっているが、パートの就職件数が減少したため、雇用者総計では月平均で6千人強の減少となっている。
このような結果は、非正規の雇用者が景気低迷時の調節弁として雇い止めされるケースが増えたことを意味するという解釈もあり得る。しかし、同じ期間にパートの有効求人数(月平均)は760,498人から877,859人へと117,361人増加している。この点から言うと、企業の側でパートの採用の手控えとか雇い止めが増えたことが非正規の雇用が減少した主な理由とは考えにくい。
むしろ、注目すべきなのは、この間、有効求職者数(月平均)が637,809人から632,158人へ5,651人減っていることである。これはパート就労を希望しながらも、条件に適う求人がなかなか見つからない、面接以前に年齢基準で就職がかなわないたなどのため、求職活動を行わない非労働力人口が増加していることを意味するのではないかと考えられる。
こうした推論はさらに詳しく検討される必要があるが、足元の就職件数が絶対数で減少しているという事実は非正規雇用の問題と並んで、見えにくい雇用問題として早急に実態の解明と対策が求められる。時の政権担当者たるものは雇用統計の表層をつまみ食いして自画自賛している状況でないことは確かだ。
初出:醍醐聰のブログより許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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