青山森人の東チモールだより 第305号(2015年7月1日)
- 2015年 7月 1日
- 評論・紹介・意見
- チモール青山森人
資源尽きて陽が沈むのか
オーストラリア、押収した資料を返す
チモール海の資源開発をめぐる東チモールとオーストラリアの裁判係争にかんして動きがありました。まず簡単におさらいをしておきます。
東チモールとオーストラリアは、2006年にチモール海のガス田「グレーターサンライズ」の開発にかんするCMATS(Treaty on Certain Maritime Arrangements in the Timor Sea、チモール海における海洋諸協定にかんする条約)を結びましたが、その後、交渉過程でオーストラリアは東チモールの閣議室を盗聴した確証を東チモールは得たことから、オーストラリアの不正行為を根拠にすでに結ばれたこの条約を無効にすることをオーストラリアに求める調停裁判を国際司法裁判所でおこす準備をしていました。盗聴器が仕掛けられたのは2004年で、これに関与したオーストラリア諜報部から内部告発者がでたことでこの件が発覚したのでした。調停裁判の開始を直前に控えた2013年12月3日オーストラリア当局は、すでにハーグ入りしていた東チモール側の弁護をつとめるオーストラリア人のコラリー弁護士のキャンベラの自宅と事務所を家宅捜査し、東チモール側が準備していた証拠を押収して、さらに裁判で証人となる予定だった内部告発者を海外に出られないように拘束してしまったのです。オーストラリアのこのあからさまな妨害行為に東チモールは怒り心頭に発し、CMATSの見直しを求める調停裁判とは別に、押収した資料を東チモール側へ返却するようオーストラリアに求める訴えを国際司法裁判所に新たに起こしました。国際司法裁判所は、2014年3月、オーストラリア当局が押収した資料は追って沙汰あるまで密封すべし、東チモールに渡さなくてもいいが何人(なんぴと)も見てはならない、オーストラリアは東チモールの伝達通信をいかなるかたちでも妨害してはならない、という内容の仮判定を出したのでした(「東チモールだより」第242号・第253号・第263号を参照)。
さてその後です。2014年9月、両国は半年のあいだ“裁判戦”を一時“停戦”し、話し合いをすることで合意しました。話し合いのための時間は今年3月で期限切れとなり、東チモールは2月に新政府が立ち上がり慌しい状態が続いていましたが、4月、オーストラリアは国際司法裁判所に資料を東チモールへ返したい旨を伝え、5月初旬、オーストラリアは資料を東チモールへ返却する決定をしたのでした。オーストラリアはどういう風の吹きまわしか……といいたいところですが、報道をよく読むと資料はあくまでも封印されたままの状態であり、これでは東チモールは資料を受け取っても物証にできないはずです。一方、内部告発者である証人は依然としてパスポートを押収されたままで海外に出ることはできないと報道されています。オーストラリアが東チモールに有利な物証を封じ込めているのでは「返却」といえないはずです。
5月12日、東チモール政府は資料返却を確認すると、オーストラリアの善意の表れと歓迎し、6月3日、押収された資料にかんする件を国際司法裁判から引き下げことを発表しました。オーストラリアの報道によると、裁判からこの件を引き下げたことにかんして仰天した東チモール支援者がいたといいます。半年の“停戦”あいだ何らかの歩み寄りが両国にあったのでしょうか……?
資料裁判引き下げの発表とともに、しかしながら、ルイ=マリア=デ=アラウジョ首相は同じ6月3日、去年9月から休止していたCMATSの見直しをせまる調停裁判の活動を再稼働させるとも発表したのでした。
東チモール政府のこの発表にたいしてオーストラリア政府は失望したとオーストラリアの報道は伝えていますが、もちろんそれはオーストラリア政府の本心ではなく、調停裁判の“再稼働”は計算に入っているはずです。オーストラリアはなんだかんだと引き延ばしに延ばしていけば、そのうち東チモールを古典的な援助戦略で丸め込むことができると踏んでいると考えるのが自然でしょう。
東チモールは石油国ではない
東チモール国内の開発事業を監視・分析する市民団体「ラオ ハムトゥック」(La’o Hamutuk、テトゥン語で「共に歩む」の意)は、東チモールが世界でも有数の石油依存国であり、早急にその体質を改めなければ、近い将来、経済は困窮に陥ると警告しています(「東チモールだより」第276号参照)。2015年4月13日、「東チモール調査ジャーナリストセンター」という機関が、「ラオ ハムトゥック」の研究員のインタビューをもとにした「キタン油田が枯れるとき、2016年、東チモールは沈む」というタイトルの記事を出し、続いて4月15日に「ラオ ハムトゥック」は『東チモールの石油とガスはすぐなくなる』という論文を出しました。
これにたいし一部の国会議員は、「ラオ ハムトゥック」は専門家ではない、政府は海外の専門家を雇って調査している、東チモールの資源は豊富であり、東チモールにはまだ発見されない石油・ガス田がある、「ラオ ハムトゥック」の宣伝を信じる必要はないと警告に耳を貸そうとしません。
「ラオ ハムトゥック」はそうした国会議員たち宛てに6月15日付けの公開書簡を送り、警告を鳴らし続けています。「石油がなくなるのは現実であり、宣伝ではない」と題したその書簡で、「ラオ ハムトゥック」の分析は東チモール政府機関から出された報告数値に基づいていると反論しています。この書簡の要点を以下、箇条書きにしてみます。
●財務省の2015年国会予算報告によれば、「バユ=ウンダン」油田の生産が2003年に始まり2012年に生産はピークを迎えてから下降し、2021年までにゼロとなる。また同報告書によれば、2018年には2006年から2013年のあいだの生産水準の半分に落ち込む。
●同報告書によれば、2011年に始まった「キタン」油田の生産は2013~2014年には85%に落ち込み、すでに埋蔵量はほとんどなく、収入をもたらすのは2016年までである。
●2014年の石油・ガスからの収入は2013年と比較して40%低下した。これは2013~2014年の石油・ガスの生産が24%落ち込んだからであり、世界市場における原油価格の落ち込みによる。資源収入はすでに劇的に落ち込んでいる。
●2016年以降、「バユ=ウンダン」油田のみが収入をもたらしてくれることだろう。しかしそれは2012年の水準ではない。「グレーターサンライズ」ガス田がすぐに開発されないならば、2020年以降、石油・ガスからの収入は見込めない。
●東チモールが独立を回復した2002年以降、共同開発区域と排他的区域における石油会社の採掘調査の結果、残念ながら「キタン」油田だけが商業的に成り立つ発見であった。
●今日、チモール海における新しい油田・ガス田を2~3の石油会社が探し、「クダタシ=ジャハル」田に石油があることがわかったが、開発投資に見合うに十分な埋蔵量がないと石油会社は考えている。
●ANP(東チモール国営石油局)の月例報告によれば、共同開発区域における石油の一日平均生産量は、2012年は202,000バレル、2013年に179,000バレルであったのにたいし、2014年は136,000バレルであった。
●東チモールの石油部門の指導者たちは新たな石油・ガスが発見されるだろうとしばしば口にするが、1997年以降、商業的に成り立つ油田として発見されたのは「キタン」油田だけであり、2006年に共同開発区域と排他的区域での新規開発事業のための入札会を東チモール政府が実施した結果、参加した会社がないし、2010年以降も東チモール政府は入札会を開こうとしてきたが、興味を示す会社はなく、入札会はことごとく延期を繰り返している。
●東チモールは石油が豊富な国ではない。
この書簡は最後に、事実に基づいた明確な情報を得る権利は誰もが有しており、この原則のもと「ラオ ハムトゥック」は東チモールの人びとに情報を提供してく――と結んでいます。
2025年に「石油基金」は底をつく
「ラオ ハムトゥック」から国会議員への書簡は4月15日付けの『東チモールの石油とガスはすぐなくなる』という論文のいわば要約版です。その論文はグラフを用いて詳しく視覚的に石油・ガスからの収入の落ち込みを示しています。「エラン=カカトゥア」という1999年に生産が始まった油田は少しの収入を東チモールにもたらしたが2006年に枯れてしまったと同論文は述べています。「キタン」油田が収入をもたらしてくれるのは2016年まで、つまるところ「バユ=ウンダン」油田だけが比較的長く収入をもたらしてくれる油田ですが、それも2021年までのことなのです(希望的な誤差が生じてもせいぜい2~3年)。
すると財政の頼みの綱である「石油基金」はどうなるか。「石油基金」の運用で得られる利益など諸々の要素を計算にいれても、もしこのままの国家予算の使い方を継続するならば、2017年に「石油基金」は約170億ドルに達したあと下落の一途をたどり、2025年までに底をついてしまう、そうなれば東チモールの窮乏生活が始まってしまう、「学校・病院・警察の維持はどうするのか、恩給と公務員の交通費や給料をどう支払うのか、いずれにしてもわれわれの富はなくなるのである」と「ラオ ハムトゥック」は論じています。
新しい油田・ガス田として現実的に期待できるのはいまのところ「グレーターサンライズ」だけです。論文『東チモールの石油とガスはすぐなくなる』によれば、もしオーストラリアとの合意が成立して開発が始まったとして、どれだけの収入になるかわからないが、収入が得られるのはそれから5年後のことです。「グレーターサンライズ」から収入が得られるとしても、あるいはその他の新田が発見されてそこから収入が得られるとしても、「少なくとも10年はかかる」と同論文は述べています。つまりこのままだと東チモールは「石油基金」が底をつく2025年を迎えてしまうことになるのです。
現実を見据えよ
そこで先に述べたオーストラリアの戦術が垣間見えてきます。つまり、「グレーターサンライズ」の開発を先延ばしに延ばしていき、「石油基金」が底をつくことが誰の目にも、わからず屋の政治家たちの目にもが明らかになったとき、背に腹は代えられないとして東チモールはオーストラリアの条件を呑まざるをえなくなる、そのときをオーストラリアは待てばよいのです。
そんなに時間は要しません。あと4~5年、東チモールとオーストラリアの膠着状態が続けば、「石油基金」の老い先短い状況が切迫してくることでしょうから、オーストラリアは動く必要はないのです。東チモールの指導者がものわかりのよくなるのを待てばよい。ものわかりのよくなった東チモールは、おなじみのIMF・国際通貨基金が差し出す構造調整政策やら経済復興計画やらの一括案も丸呑みせざるをえなくなり、かくして東チモールは国際社会にとって“普通の貧しい良い子”になっていくことでしょう。
そうならないために、東チモールの現政権は前政権を引き継ぎ修正はあるが変化はなしなどと悠長なことを言うのは止めて、いますぐ舵を切って、現実に沿った政策を立案し効果的に実践していかなくてはならないのです。「石油基金」の170億ドルという金額に惑わされてはなりません。
『チモールポスト』(2015年6月8日)より。「アルフレド=ピレス、バユ=ウンダンは枯れる」。2015年6月6日、首都デリで開かれた「東チモール開発パートナー会合」でのピレス石油資源相の発言。「アルフレド=ピレス石油資源相は、現在チモール海で開発されているバユ=ウンダンなどの油田は枯れるので、省庁一丸となって経済の多様性を他部門につくることが重要であると認識している」。もし本当にそう認識しているならば、政府は進行中の大中規模の開発計画を見直すべきである。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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