テント日誌6月30日…梅雨時の季節に濡れながら
- 2015年 7月 3日
- 交流の広場
- 経産省前テントひろば
経産省前テントひろば1386日商業用原発停止652日
梅雨時の季節に濡れながら ある感想
俗にいう仕事を持っているわけではないので時間は自由であり、暇なはずだ。どいうわけかそうはいかない。仕事に拘束されているわけではないが、結構忙しいのである。だから、少し、気持ちが緩むとテントにもなかなか足を運べないということもある。頭の方では気にはなっていても、体が動かないということが多いのである。ははぁ、これは老いなのだろうと思っているが、老いに逆らうことは難しくなる。また、それが老いなのだろうと思いながらそんな日々を過ごしている。家での仕事は多くなるが、今は梅をいろいろと調理することを楽しみにしている。
まだ、少年のころ納屋の片隅に漬け忘れた梅酒を見つけたことがある。10年近く経ったものだった。僕の家はあまり酒を好む家ではなかったから漬けたまま何年もほりだしてあったのだろう。梅酒は美味しかった。妹とこっそり、冷たい井戸水で割りながらひと夏を楽しんだ。その妹ももういないが、時々、つきまといたがる妹を邪険にしたことが悔いとなって去来する。人の思い出なんてそんなものだといいきかせながら、梅ジュースや梅酒などを作っている。梅酒はうまくいけば、テントの人たちと飲みたい。そんな密かな楽しみもある。別に梅酒を作っているからではないが、6月19日(金)の控訴審での証言やそのあとに読んだ論文のことが気になっている。とても重要なことが提示されていて、何度も何度も考えるべきことだろう、と思えるのだ。
裁判報告集会は僕の主催している講座のために途中で退席したが、黒田さんが提起していた「喪失」についてはその出典にあたるものを後に読んだ。僕のその日の講座は「日本的なものとは何か」というテーマでもあったから、この論文はとても印象深かった。(この論文はテント日誌の6月19日号の黒田さんの話からとして載っている、「国土の喪失と否認について」というもの。関連したものとして6月25日の阿部みどりさんと森瑞枝さんの裁判の感想がある。時間のある人は読み返してもらいたい)。
この論文は冒頭にこうある。「平成23年3月に起きた東京電力福島第一原子力発電所事故の本質は、日本人が豊かな国土の一部を失ったということである。」
国土という言葉は馴染みにくいかもしれないが、これは生活環境であり、自然環境である。僕らが里山というように思い起こすものでも、季節が来ればどこのうちでも梅がなり、梅酒をつくるのが当たり前であり、自然であった環境である。
特別に意識しなくてもあった環境であり、この環境は僕らの身体の一部であり、精神であり、文化だった。この論文はこれについてこう述べている。
「私は東京で生まれ育った人間である。そして平成24年から福島県南相馬市に暮らしている。もちろん、震災の影響の大きさに圧倒されるような出来事が多かったが、少しずつ他のことにも気が付いた。つまり、震災によって失われた生活を嘆く人びとの言葉から浮かび上がってくる、以前の豊かな地域の生活である。
自然の恵みはどうしようもないくらい豊かだった。米も野菜も果物も。野山のキノコも山菜も、牛肉のように飼育されたものも猪のように野生するものも、さまざまな魚介類も、当たり前のようにあった。釣りや野山の散策を趣味にして楽しんでいた人が多く、放射線へのおそれからその機会を失った人が多い。福島県の浜通り地方は、気候も温暖で雪も少なく、大変に暮らしやすい気候である。」
あたり前のようにあったというところが重要であるが、それは物的なものとしてだけではなく、精神的、文化的なものでもあり、無意識化したものでもあった。僕は農村で農業を生業としたうちに育った。その感性的な存在的な基盤、つまりは精神の身体としてあるものは、上京し、都市での生活をはじめて気が付いたことだった。だからといって僕は農本的な世界に戻ろうとも、戻れるともおもわなかった。僕が都市にきたもの、そこでの生活から離れられないものはまたたるわけで、それはなぜか、何かと考え続けてきた。都市という存在、その必然を成熟や成長とよぶなら、それに伴う喪失はあるわけで、農村的なものは喪失し続けてきたのである。この論文でいわれる国土とはこの農本的なものであり、人間と自然の交流が、人間が自然の一部であることが、自然とともに濃厚に残るものだった。自然は精神や文化、つまりは人間化された自然をも含むものである。僕はこのことに気がつき、成熟と喪失を対立的なものではなく、成熟の中で喪失は恢復あるいは再生されるのかを考えていた。それが僕の思想的なテーマであり、人間の究極の課題と考えてきた。「成熟と喪失」は矛盾であるが、成熟の発展だけで、また喪失の恢復だけでは解決しえないものである。かつては近代の工業化と成熟が農本的なものの喪失を必然化することへの反逆として日本的なものがあらわれ、反近代・反西欧のナショナリズムとして出てきた歴史的経験も知っている。戦争を支えて日本的な精神であり、ナショナリズムだった。柳田国男の世界に感銘をうけながら、この方法は「成熟と喪失」の矛盾を解決するのかをという問いかけをしてきた。
ここで語れている「国土の喪失」は日本の近代が歩み続けてきた事態であると言えなくはない。もっともこうした延長上に原発のもたらした喪失は論じられ面がある。同質のものとして論じられない側面はある。近代的な技術やその社会化が自然の破壊に結びつくことはあり得るし、そのことで生活を破壊してきた事柄はある。しかし、その場合でも多くは自然そのものの破壊にはいたらず、再生が可能であった。あるいは破壊は局部的なところにとどまった。しかし、原発事故は違う。事故だって度合いがあるにしても、原発は自然の循環そのものを破壊し、再生を不可能にしてしまう。自然の破壊を通して、人間と自然の関係を変える、その所業は究極的なものであり、科学技術のもたらすリスク一般には解消しえないものだ。
生活の構成の中にある自然なもの、また、それを通して存在してきた精神的、文化的なものは僕らの想像を超えたものだ。人間は自然の一部であり、自然との交流の中に生きて来たということの意味は大きい。これは地域住民にとって自然は物的なものとしてだけではなく精神的、文化的なものとしてあり、自然との交流は精神的・文化的なものを育み育ててきたのだ。この育てられてきたものは伝統とも呼ばれるだろうが、無意識的なものも含めて僕らの精神的身体になってきたのである。感性的な存在になってきたのだ。原発はこれまでの喪失と質をことにするものを含みながらまたそれらと重なってもあるのだが、その喪失に直面したら人はどうなるのか。論文の引用を続ける。少し長いのであるが。大事なところなので引用をさせていただく。
「<除染>には、表土を剥ぎ、草木の枝を切り落とす作業が含まれている。これは、場所によっては、何十年もかけて豊かにしてきた田や畑の土を捨てることであり、家族で楽しんだ庭の果物の枝をあきらめることでもある。そうして出現した「放射性廃棄物」は、黒い袋に入れられて、迷惑物質のようにどこかに運ばれる。地元の人が直接このような作業に従事した場合には、こころの負担が生じる。
それでも地域の農業を再生したいと願い、必死に努力している人たちがいる。地道な努力が積み重ねられ、測定される放射線の量が少ないもののみが市場に出る体制を作り上げている。しかし、その過程で諦められたものも少なくはない。
地域でうつ状態となった人から、よく聞く嘆きは「草刈りができない」である。自分の土地で草刈りがちゃんとできずに、周りの人から後ろ指を指されることは、地元の人にとって大変につらいことだ。(中略)ある南相馬市民の言葉を紹介したい。「『身土不二』という言葉がそれを端的に表しています。大地を奪われたという喪失感は多くの人に鬱をもたらしていると私は思っています。少なくとも、地震にも津波にも直接的被害を受けなかった私が絶望を感じるのは、自分を包んでくれていた目の前の風景が隔てられてしまったという気持ちからです。東京の人には自然とのつながりはなかなかわかってもらえないかもしれませんね。私自身さわれなくなった自然を体験して初めて身土不二を実感したのですから。肉身を亡くしたような、なんとも言えない喪失感として」。
ここで指摘されているのは自然と隔てられてしまったというところである。それはある意味で僕らが都市の中で実感していることであり、自然は対象的な存在として強く意識されるにせよ、へだてられたものであり、一体感のある存在ではなくなったということだ。感性的な存在ではなくなったのである。意識的に対象にしなければならないものだ。工業化社会が完成し、人間が自然を加工する段階が成熟したとき、人間の自然の意識も変わらざるをえないし、それは自然との隔てられた意識としてでてくるものだ。これを原発事故は社会の自然な進行でのうちにではなく、突然のごとくもたらすのである。心土フ不二とは自然と一体感であり、それが身体してある状態である。これを外部から暴力的にもたらすのだ。論文の引用を続ける。
「そして、本当に重要な喪失が起きた時には、何らかの否認が最初に働く。この点について、日本人全体の大きなこころの流れで見た時に、喪失を喪失として見ない、表面的な復興についての気分を作ることで物事を終わらせたいという否認の心性が、強く働いているように思える。なぜ否認が生じるのかというと、自分の中に引き起こされる怒りや罪悪感・恨みや妬み(羨望)、悲しみと無力感などの感情に直面する準備ができていないことがほとんどだ。もし、職業的な「こころのケア」の専門家が求められるとするならば、それを受け止められる安全な空間を作り出すことである。理想的な場合には、それを超えて悲しみや抑うつを体験し、ゆったりと時間のなかでそこから回復し、現実との新しい関係の再建が果たされる。」
ここで重要な指摘は、最初は何らかの否認が働くということだ。失恋という喪失感は対象の喪失感であるが、それを現実として認めることではなく、否認したいという気持ちが先だつ。対象の喪失、この場合は自然と一体感の喪失だが、これを直視するのではなく、それをないものの如く否認する心性が働くというのは興味深い。対象を失ったときの衝撃で人は、対象や関係を見ることを回避する心理を生む。どんな過酷であっても現実を直視することからしか出発はないのだとしても。ひとは意識を自己抑制して現実をみることを回避しようとする。ここから、人はタブーをすら生むのであるが、喪失の大きさはその原因をも避けるようにでてくる。そこで除染活動への幻想がでてくる。この指摘は鋭い。
原発は「成熟と喪失」という枠組みを超えた。つまりその枠組みの中で矛盾を自覚しつつ解決して行くということを超えている。そこでは一端、喪失したものは恢復も再生も考えられないものであり、そのためには想像を超えた働きや力を必要とする。原発は自然という循環を破壊するからであり、破壊されればその再生は困難であるからだ。原発の存続にあたっては原発を科学技術として見て、「成熟と喪失」という枠組みで考えることを拒否することを明瞭にする。
現実の起こり,進行している原発事故に対して、それが失しめたものを恢復、再生する道はないのか。これがどんなに困難であってもやらなければならないことである。原発事故といえどもその喪失が恢復や再生を含んだものであって欲しいという願いを根底にして、現実そのものを直視して出発するしかない。その場合に恢復や再生のビジョンが必要であるが、「自然との一体感」という存在ということがイメージされることは重要である。この論文に刺激されるものは多かった。(三上治)
7月6日(月)にはテントにて「七夕祭り」あり(詳細は後に)
7月7日(火)大間原発反対スタンディングデモ
7月10日(金)「裁判学習会」(内藤光博先生を囲む裁判学習会)(裁判検討・討論会)午後3時から5時まで、会場は日比谷図書・文化センタ(図書館4階)のセミナールーム。これは予約制です。前日までにメール
に申し込みを。e-ooga@7jcom.home.ne.jp
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