ドイツ公共放送局 ”Deutschlandfunk (ドイチェランドフンク)”から: 論争の的となっている自衛隊変革 – このような不当な取り扱いにふさわしくない日本
- 2015年 7月 21日
- 時代をみる
- グローガー理恵
原文(ドイツ語)へのリンク:
2015年7月16日
論争の的となっている「自衛隊変革」
日本はこのような不当な取り扱いにふさわしくない
著者:ユルゲン・ハネフェルト(Jürgen Hanefeld)
(抄訳:グローガー理恵)
「安倍晋三首相は、自衛隊変革によって、日本に70年間にわたり平和と安寧を保障してきた、憲法の核心を拙速なやり方で破壊している」と、ユルゲン・ハネフェルトは論評する。安倍首相は、平和で和を考慮する社会を永久的に分裂させることに成功しているようである。
古い本をあらためて読むことは、時には価値があるものだ。ジョージ・オーウェル (George Orwell)の「一九八四年」は、今日においても驚くほど時局にかなったものであるということを実証している。これは世界的に、とりわけ日本について言えることである。安倍晋三が政権を握って以来、ここ日本では、欺瞞的な語法によって真実を歪曲することがはやり出した。「戦争は平和だ」と、オーウェルは簡単簡潔に述べる。日本の安倍首相は、いささか仰々しく「積極的平和主義」を語るのだが、彼もまた、正反対のことを説いているのである:中国軍事力の抑止が、この政略の近視眼的な目的なのだ。
これが、中国の軍事力増強に対抗する上での正道となるのか、この事については長時間かけて議論するべきであろう。しかし、安倍は議論なしで自衛隊変革をやる。 彼は、日本に70年間にわたり平和と安寧を保障してきた憲法の核心を拙速なやり方で破壊しているのである。
この憲法を制定したのは、かつての日本の戦争相手国、米国であった。憲法には、日本はもう二度と近隣国を攻撃することはできないとなっており、それゆえに第9条は、自衛隊に国家の自衛をすることだけを許している。この世界に類のない平和主義憲法と共に、日出する国 (日本) は栄えたばかりでなく、平和主義は日本人にとって、すっかり身についたものとなっていった。
良心のない国家主義
なぜ今の内閣総理大臣が、自国の、この尊敬すべき伝統となった平和主義 を軍刀の一撃で切断するのか、これは、現在の不穏な状況とは全く関係がないことである。安倍首相は、日本において終戦以来既に影響力のなくなった、しかし常に存在する右翼国家主義的なイデオロギーを奉じるのである。 彼は、日本の戦争責任を否定し、70年前敗戦に終わった戦争は非難に値するものではなく、むしろ運命であったと評している。さらに彼は、学校教科書を書き直させることによって過去を捏造し、歴史無視の、無責任な国家主義を訴えているのである。オーウェルを思い出したまえ!
定年退職者の集団は抗議デモを行い、議員たちは国会で公然と反抗し、歴史家たちは愕然とし、法律家たちは、全ての民主的規則に反し自分の意志を通す安倍首相の厚顔無恥さに憤慨する。彼は、国民の大多数が改憲に反対であることを承知しているため、改憲を為し遂げようと、法に適ったやり方なしで済ませているのだ。それどころか彼は平和主義条項の意義解釈を無理に拡張させているので、戦争を行うことも可能になる。「たとえ安倍の国家主義的な姿勢が最後には行き詰まったとしても、彼はこの国にとって災いなのです」と、批判者は述べる。しかし、安倍首相は、平和で和を考慮する社会を永久的に分裂させることに成功しているようである。日本は、このような不当な取り扱いにはふさわしくないのだが。
以上
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