アメリカの原理主義(2)・(1)
- 2011年 1月 9日
- 評論・紹介・意見
- アメリカ原理主義宇井 宙
アメリカの原理主義(2)
原理主義者(ファンダメンタリスト)という言葉は福音主義者(エバンジェリカル)と同じ意味で用いられることもあるが、一般的には福音主義者よりもさらに頑迷なクリスチャン、という意味合いで使われることが多いようである。しかし、原理主義者を福音主義者から区別する信仰上のメルクマールは、「前千年王国説」という独特の終末思想を信じていることである。新約聖書の「ヨハネ黙示録」などには、この世が終末を迎える前に、キリスト教徒受難の時代があり、キリストが再臨してサタン陣営が敗北し、キリストと生き返った殉教者たちが統治する至福の千年王国が実現すると書かれているが、キリストの再臨が千年王国実現の前なのか後なのかについては明確ではない。そこで2つの考え方が生まれるのだが、人々と教会が世の中を良くする努力を行い、千年王国を実現した後にキリストが再臨するというのが「後千年王国説」で、千年王国実現の前にキリストが再臨し、キリスト自身が千年王国を実現するというのが「前千年王国説」である。漸進的な社会改革を志向する主流派やリベラル派のプロテスタントが「後千年王国説」を支持しているのに対し、原理主義者は「前千年王国説」を信じている。
この前千年王国説は、19世紀のアイルランドの牧師ジョン・ネルソン・ダービー(1800-82)が唱えた「ディスペンセーショナリズム(天啓史観、経綸主義)」という独特の聖書解釈を下敷きにしており、それによれば、世界の歴史は7つの時代(ディスペンセーション)に区分され、現在は第6の「恵み(恩恵)の時代」の終わりの時代にあたるが、近い将来のある日、キリストの再臨が突然起こり、第7の時代である「千年王国」(「キリスト統治時代」)が始まるとされる。この「ディスペンセーショナリズム」に基づく「前千年王国説」を19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカで広めたのが、ダービーの弟子で、1878年に『イエスがやって来る』を出版し、100万部以上売り上たウィリアム・ブラックストーン、1886年、シカゴにムーディ聖書研究所を設立し、アメリカ原理主義の父と呼ばれたドワイト・ムーディ、1909年、ディスペンセーショナリズムに基づく聖書解釈のマニュアル『スコフィールド注釈付聖書』を出版し、10年で200万部近くを売り上げたテキサス州ダラスの会衆派教会の牧師サイラス・スコフィールドらである。
そして、原理主義という名称は、1910年から15年にかけて各教派の保守派の共同執筆で、合計12回にわたって発行され、全米の教会や神学校に配布されたパンフレット『諸原理(Fundamentals)』によって広まることになる。このような原理主義派の牧師や教会の努力により、原理主義の信徒は1920年代まで着実に増加しつつあったが、1925年に起きたスコープス裁判(いわゆるモンキー裁判:テネシー州デイトンの教師ジョン・スコープスが授業で進化論を教えた罪で訴追され裁判にかけられた事件)によって原理主義者は無知で非科学的な田舎者というレッテルが貼られ、その後は1960年代まで、政治や社会と関わりを避ける時代が続いた。ところが、60年代の公民権運動、黒人解放運動、女性解放運動、ベトナム反戦運動、学生運動、ヒッピー等の様々なリベラルないし反体制的な政治運動の勃興を苦々しく見ていた保守派市民の間で保守回帰ムードが高まり、対抗文化に対抗するように宗教復興現象が生じ、それに伴い、原理主義者の政治的関与も強まった。60年代末から70年代にかけてカリスマ的なテレビ伝道師として人気を博したジェリー・ファルウェル師は1979年、ポール・ワイリックとともに「モラル・マジョリティ(道徳的多数派)」を結成し、家族的価値の擁護(反同性愛、反フェミニズム)、中絶反対、公立学校での宗教教育の強化を訴え、80年の大統領選挙でのレーガン大統領の当選に大きな役割を果たした。
80年代後半、モラル・マジョリティが衰退した後、同じくテレバンジェリストとして活躍したパット・ロバートソン師が1989年、クリスチャン連合(CC)を創設するとともに、CBN(クリスチャン放送ネットワーク)という宗教テレビ網を使い、「700クラブ」という人気テレビ番組で支持を拡大した。その後も、筋金入りの原理主義者であるジェームズ・ドブソン博士が創設した「家族フォーカス(FOF)」、FOFから独立した「家族研究評議会(FRC)」(トニー・パーキンス会長)、FOF初代会長だったゲリー・バウアーが結成した「アメリカの価値(アメリカン・ヴァリューズ)」、ルイス・シェルドン師が創設した「伝統的価値連合(TVC)」、「すべての政策に聖書の信念を反映させる」という目的でティム・ラヘイ師が妻ビバリー・ラヘイと共同で設立した「アメリカを憂慮する女性たち(CWA: Concerned Women for America)」など、様々な宗教右派グループが登場し、アメリカ政治に大きな影響を与えている。中絶や同性愛、といったテーマが国内政治の最大の争点になるような先進国はアメリカ以外どこにも存在しないであろう。しかし、ここでは、こうした宗教右派勢力、とりわけ原理主義勢力がアメリカの外交政策、特に対中東政策に及ぼしている巨大な影響について、考察することにする。
アメリカでは90年代後半以降、『レフト・ビハインド』という聖書の終末論を下敷きにした近未来冒険小説が爆発的な売れ行きを見せた。1995年に第1巻『レフト・ビハインド』が出てから最終の12巻『王国が来た』までの合計発行部数は12年間で6500万部を超えたという。このうち7作品は、「ニューヨーク・タイムズ」紙などでベストセラー・リストの第1位を獲得したという。しかも、子供版や映画、CD、関連グッズなどもあるので、その影響力は絶大だという。この小説がこれほどの売り上げを示した背景には、下の2つの記事でも指摘したようなアメリカ社会における宗教右派、とりわけ福音主義や原理主義の終末信仰の広まりがあることは疑いないところである。
そして、厄介なことに、このような福音主義(原理主義)的終末信仰が、アメリカの対イスラエル政策に巨大な影響を及ぼしているのである。すなわち、福音主義の立場からは、パレスチナは神がユダヤ人に与えた土地であり、イスラエルの建国は聖書の奇跡の実現であると捉えられるのである。そして、彼らはその原理主義的終末観から、ユダヤ人が約束の地イスラエルに帰還するのは、キリスト再臨の前兆であるがゆえに、米国政府はイスラエルを支持し、異教徒(イスラム教徒)を聖地から追放すべきであると信じているのである。このような終末思想に基づき、世界各地のユダヤ人をイスラエルに移住させるための資金援助を行ったり、イスラエル支援に専門的に取り組む福音主義者を中心とするクリスチャンの運動をクリスチャン・シオニズムと呼ぶが、1980年代以降、クリスチャン・シオニズムの影響力が増大している。「モラル・マジョリティ」を結成したジェリー・ファルウェル師もイスラエルの存続を強調し、当時のイスラエル政府からジェット機や勲章を受けるほどの信頼関係にあった。
2001年の9.11テロは保守的キリスト教徒に、終末論的ビジョンを想起させたが、ファルウェル師は翌年、CBNのインタビュー番組で、「イスラム教の宗祖ムハンマドはテロリストである」とか、「我々には米国内に7000万の仲間たちがいる。もし米国政府がイスラエルを見捨てたり、重要な政策でイスラエルに反対するようなことがあれば、キリスト教徒民衆の怒りを鎮めることはできないだろう」などといった扇情的な発言を繰り返している。また、テキサス州サンアントニオのコーナーストーン教会の牧師であるジョン・ヘイギー師は2006年、「イスラエルのために団結するクリスチャン(CUFI)」を創設し、連邦議会に対するロビー活動によって、アメリカの外交政策をイスラエル支援に向けさせることを目指している。近年はこうしたクリスチャン・シオニズム系の諸団体が、アメリカ国内のユダヤ系アメリカ人との提携を強化する動きも盛んである。
アメリカ政府の親イスラエル政策の背後には、よく言われるように、「アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」などのユダヤ・ロビーの活動があることはもちろんだが、それ以上に福音派や原理主義者などの宗教右派の影響力があることに注意しなければならない。
最後に、ピュー・リサーチ・センターが2006年8月に行った世論調査を紹介しよう。それによれば、「イスラエルは神がユダヤ人に与えた土地だ」と信じる人は全体で42%、福音主義者に限れば69%もいる。さらに、「イスラエルはイエス再臨の預言を実現するものだ」と信じる人は、全体で35%、福音主義者の中では59%存在している。
次に、イスラエルとパレスチナのどちらに同情するかという質問に対しては、「イスラエルに同情的」と答えた人が44%いたのに対し、「パレスチナに同情的」と答えた人はわずかに9%だった(ほかに、「どちらでもない」が25%、「わからない」が22%)。そして、「イスラエルに同情的」と答えた人の中では、「イスラエルは神がユダヤ人に与えた土地だ」と答えた人は63%、「イスラエルは聖書の預言を実現するものだ」と答えた人は60%もいた。
あな、恐ろしや・・・
【主要参考文献】
上坂昇『神の国アメリカの論理』明石書店、2008
飯山雅史『アメリカの宗教右派』中公新書ラクレ、2008
小川忠『原理主義とは何か』講談社現代新書、2003
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0293:110109〕
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アメリカの原理主義(1)
「イスラム原理主義」という言葉は、とりわけ「9.11」以後、アメリカを中心とする西側権力およびそれと結託したマスコミによって「テロリスト」のイメージを負荷された政治的偏見にまみれた言葉であり、イスラム専門家は一般に「イスラム主義」という言葉を用いている。それは元来、国家が提供することに失敗した社会福祉機能を補完し、社会的弱者に対する教育・医療・福祉などのサービスを提供しつつ、イスラム教に基づく政治権力の掌握を目指す動きを指していた。
一方、イスラム教やキリスト教に限らず、ユダヤ教、ヒンドゥー教、儒教など世界の主だった宗教について、比較宗教学的に「原理主義」的思想・信仰の特徴を浮き彫りにしようとする研究も存在する。小川忠はそのような代表的研究のひとつ、米国の宗教学の権威であるマーティン・マーティ教授らを中心とする原理主義研究プロジェクトの中で、アーモンド、シヴァン、アップルバイの3人の研究者が明らかにした原理主義のイデオロギー的特徴を以下のように紹介している(小川『原理主義とは何か』講談社)。
<原理主義のイデオロギー的特徴>
・ 近代化による宗教危機に対する反応
・ 選択的な教義の構築
・ 善悪二元論的世界観
・ 聖典の無謬性
・ 終末論的世界観と救世思想
以上5つの特徴のうち、第1点は原理主義登場の歴史的・社会的背景であり、第2点は原理主義的教団による方法論であるため、一般信徒の信仰上の特徴としては、あとの3点が重要であろう。この意味において、アメリカは、先進諸国の中では突出して原理主義的傾向が強い国である。例えば、ハリス社の2007年世論調査によると、アメリカの成人のうち、神を信じる人は82%、天国を信じる人75%、悪魔を信じる人62%で、進化論を信じる人は42%にすぎない。これを福音主義者(エバンジェリカル)についてみれば、それぞれ、97%、97%、92%、16%となる。
また、『世界60カ国価値観データブック』(2000年調査)で、米英仏日の4カ国について比較してみると、以下のような結果が出た。
宗教が生活にとって重要であると答えた人の割合は、 アメリカ83%、イギリス36%、フランス36%、日本20%
神は存在すると思うと答えた人は アメリカ94.4%、イギリス60.5%、フランス55.9%、日本35.0%
天国は存在すると思う人は アメリカ84.8%、イギリス46.0%、フランス28.1%、日本21.9%
アメリカ社会のこうした宗教的傾向は同国の政治や外交にも大きな影響を及ぼしている。選挙においては、候補者の宗教的信念が厳しく問われるし、大統領に強い信仰心を求める人は約7割もいる。聖書の正しさを神事、それを生活の基本にしている信仰心の厚い福音主義者では9割にも上る。そして、福音主義の立場からは、国内政治においても国際政治においても、事態は善と悪の戦いという善悪二元論的視座で捉えられることになる。
それでは、アメリカにおいて、原理主義的信仰を持つ福音主義者はどのくらいいるのだろうか。一説には5000万人とも9000万人とも言われるが、正確な統計はない。というのも、福音派(福音主義者=エバンジェリカル)というのは、バプチストやメソジストや長老派、聖公会といった教派(denomination)の名称ではなく、あくまでも通称にすぎず、正確な定義がないからだ。アメリカのメディアにおいても、保守的なクリスチャンを原理主義者(ファンダメンタリスト)とか福音主義者とか「ボーンアゲイン」などと、あまり細かい区別をせずに用いているのが現状らしい。ここで「ボーンアゲイン」というのは、「生まれ変わったクリスチャン」という意味で、「成人してからの衝撃的な体験で信仰に目覚めたクリスチャン」のことで、福音主義者の条件であるとも言われる。そこで、「あなたはボーンアゲイン、もしくは福音派のキリスト教徒ですか」という質問に「はい」と答えた人をすべて福音派とすると、福音派の人口はアメリカの成人人口の44%(2008年)にも上るという。しかし、南部バプチスト連盟など、伝統的に福音派とされる教派をリストアップし、そこに所属する信徒を「福音派」と定義するなら、福音派は人口の24.6%(2004年)になるという(飯山雅史『アメリカの宗教右派』中公新書ラクレ)。
一方、ピュー・リサーチ・センターが2003年に行った世論調査では、福音派は2003年には全体の30%に達しており、1988年の24%から6ポイント増大した。その半面で、主流派教会は88年の35%から03年の26%へと9ポイントも減少しており、福音派の増加傾向が読み取れる(上坂昇『神の国アメリカの論理』明石書店)。
このように、統計によって、約25%から44%までかなりの幅があるが、福音主義者の最大の特徴は「聖書の教えはすべて正しい」という聖書無謬説を信じていることであるから、厳密な定義をせず、大雑把に信仰面だけで見ると、最初に掲げたような各種世論調査を見る限り、もっと多いような気もする。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion290:110108〕
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