IPPNWドイツ支部ーアレックス・ローゼン(Alex Rosen)小児科医の論評: 毎月のように甲状腺がん症例が発生 – もはや”スクリーニング効果” で理由づけることはできない
- 2015年 12月 25日
- 時代をみる
- アレックス・ローゼングローガー理恵
アレックス・ローゼン医師著の ”11月30日に公表された福島県の甲状腺検査の最新データ” に関する論評がIPPNWフクシマ・ニュスレターに掲載されているので、それを和訳してご紹介させていただく。
アレックス・ローゼン先生は論評の最後のパラグラフでこう述べている:「甲状腺がんを発病したために、すでに甲状腺の手術を受けなければならなかった115人の子どもたちの家族の運命は、看過することのできない別の問題である。福島の人々が持つべき、健康を享受し健全な環境に住めるという普遍的権利が黙殺されているのだ。」 被災者への深い共感に満ちた言葉だと思う。また、責任当局者が真摯に受け止めるべき言葉だとも思う。
原文(ドイツ語)ヘのリンク:Jeden Monat neue Schilddrüsenkrebsfälle
毎月のように甲状腺がん症例が発生
福島県立医科大学が行った甲状腺検査の結果
著者:アレックス・ローゼン (Alex Rosen)医学博士 – IPPNWドイツ支部
(和訳:グローガー理恵)
2015年11月30日、福島県立医科大学が福島県の子どもたちにおける甲状腺検査の最新データを公表した。これらの検査は、いわゆる先行検査(Baseline Screening)と本格検査(Full Scale Examination) と呼ばれる2部の検査で成り立っている。
先行検査 (Baseline Screening)
2011年10月から2014年3月までにおける、いわゆる ’’先行検査 (ベースライン・スクリーニング)” の範囲内では、小児/青少年集団における甲状腺がんの有病率、すなわち甲状腺がん症例の静的な頻度が決定されることになっていた。日本の厚生労働省によると、日本国内における小児甲状腺がんの年間発症率は【10万人当たり0.3件】であるという。この数値に従うと30万人の子どもたちから成る一つの集団においては、年間【1件】の甲状腺がん症例数が確定されることが予測されるーこれは病徴や偶発病変を通して診断される場合である。
集団スクリーニングを通して、所謂 ”スクリーニング効果 (独語:Screening-Effekt)” が生じるということは周知の事実であるーすなわち集団スクリーニングにおいて健康な受検者も検診することで、通常ならずっと後になってから初めて症候が現れたであろういうような疾病がすでに早期段階で検出され診断が確定されるという事である。したがって、3年間半にわたる先行検査 においては、単に3件から4件以上のがん発症が診断されるであろうと予測された。この (3件〜4件の)件数を超した過剰症例は(スクリーニング効果がもたらしたとされるため)非常に早期段階のものであり、したがって罹患者にとって差し迫ったリスクはないものと判定されるものと推測された。
しかし、実際の先行検査の結果は異なった状況を描いていた:超音波検査(エコー検査)で537人の子どもたちに甲状腺の異常が見つかった事が確認されたため、穿刺吸引生検が実施されなければならなかったのである。そして細胞診の結果、計114人にがん疾患の疑いがあることが明らかになった。 さらなるモニタリングで、 その圧倒的大多数が悪性度の高い進行性がんであることが判明し、その内の101人の子どもたちには転移や危険な腫瘍の増大があったため手術が行わなければならなかった。
手術後、一人は良性腫瘍と確定され、手術を受けた100人に甲状腺がん疾患の診断が下された (97人が乳頭がん、3人が低分化がん)。その結果、先行検査が完了した後すぐに、「このように予期しなかった、悪性の甲状腺腫瘍(がん)の多発の原因は何なのであろうか」との厄介な疑問が生じてきたのである。少なからず、福島第一原発でメルトダウンが起こった後に日本当局が被災者たちにヨウ素剤を配布しないと決定したことは、この甲状腺検査の結果を鑑みると非常に理解しがたいことである。
本格検査 (Full Scale Examination)
2014年4月から2巡目の甲状腺検査として、本格検査が始まっている。この検査には先行検査に含まれた子どもたち全員と、原発事故のすぐ後に生まれた子どもたち*も同様に検査対象となっている。
したがって、 この検査の対象集団は先行検査の対象集団よりも規模が大きい。現在計画されているのは、これらの検査対象者たちが、20歳 まで(21歳になる直前まで)2年ごとに、それ以降は5年ごとに検査を受けることである。2014年4月から2016年3月までの間に実施される、本格検査における検査対象者数は計379,952人となっているが、これまでに本格検査を受けたのは199,772 人である。その中で検査結果が確認されたのは、これまでのところ、182,547 人のみ (48.0%)である。今まで、そのうちの124人に超音波検査(エコー検査)で、著しい変化/異常が見つかったため穿刺吸引生検を実施することが必要となった。そして、細胞診により、新たに計39人にがん症例の疑いありとの結果が出た。そのうちの15人に転移や危険な腫瘍の増大があったため手術を受け、その全員に”甲状腺乳頭がん” の診断が確定された。
これで、甲状腺がんの診断が確定された子どもたちの総数は115人となった。彼らには転移や腫瘍の急速な成長があったため、甲状腺手術を受けなければならなかったのである。さらに37人の子どもたちに甲状腺がん疾患の強い疑いがある。彼らはまだ手術を待っている状態である。甲状腺がん症例が確認された15人に、がんが発生したのは1巡目の検査(先行検査)と2巡目の検査と(本格検査)との間の期間である。
2巡目のスクリーニング(本格検査)で受検者の58.9%に結節もしくは嚢胞が見つかった。1巡目の検査(先行検査)におけるその割合は、まだ48.5%であった。ということは、1巡目の検査では甲状腺の異常がまったく検出 されていなかった32,227人の子どもたちに、新たに、嚢胞や結節が確認されたということである ー そのうちの308人に見つかった嚢胞/結節のサイズが非常に大きかったため、さらなる解明が緊急に必要とされた。さらに最初のスクリーニング ( 先行検査)で小さな嚢胞もしくは結節が見つかっていた656人の子どもたちに、再検査 ( 本格検査)では、非常に急速な(嚢胞/結節の)増大が確認されたため、さらなる診断検査が実施されなければならなかった。
残念ながら、 新たに甲状腺がんの診断が下された新規症例に関するデータは、当局によって差し控えられているため、最初のスクリーニングが正確に、いつ実施されたのか明らかではない。先行検査と本格検査の間の期間が、予定されたように2年間であると仮定するのなら、現時点における小児甲状腺がん発生率は年間で【100,000人当たり3.8件】になるものと推定される。
フクシマ・メルトダウンの以前の日本における小児甲状腺がん発生率は、年間で【100,000人当たり0.3件】であった。このような10倍以上にもなる小児甲状腺がん発症率の増加を、いわゆる ”スクリーニング効果” で理由づけることは、もはやできない。
単なる氷山の一角?
これまでに、まだ検査を受けていない子どもたちの数が、あることを暗示している:それは、今後、甲状腺がん症例が、この年間発症率を超えて、さらに増加することが予測されるということである。福島県において放射線被曝をした67,000人以上の子どもたち**が、まず先行検査にまったく入っていなかったし、180,000人以上の子どもたちがまだ2巡目の検査(本格検査)を待っている状態である。そうであるから、今後何年かの間に、甲状腺がん症例数がさらに上昇するかもしれないと憂慮すべき正当理由が存在するのである。
さらに憂慮すべきことは、ー放射性ヨウ素を含んだフォールアウトが東京都の北部までにも及び、原子力災害が始まった何日/何週間後に、さらに何十万人という子どもたちが高い放射線量を被曝したという事が分かっているのにもかかわらずー福島県外に住む子どもたちがまったく検査を受けていないという事実である。集団スクリーニングなしでは、これらのフォールアウトの影響を受けた人々の間で発生するものと予測される、がんの過剰症例と危険な放射線との因果関係を確立させることはできない。
福島県は、安倍晋三の率いる日本政権と同様に、原子力産業 と深く深く癒着しており、日本では、いわゆる”原子力ムラ” の影響力が相変わらず甚大であるということを重ねて述べねばなければならない。”原子力ムラ ’’とは、原子力企業、原子力フレンドリーな政治家たち、買収されたメディア、腐敗した原子力規制当局から成る集団を称するものである。彼らは共同で国の原子力産業の存続を推進している。
2012年には、国際原子力ロビー・IAEA (International Atomic Energy Agency-国際原子力機関)が、甲状腺検査を行っている福島県立医科大学への資金援助を通して影響力行使している可能性がある事が分かった***。
このような状況のもとで、福島県立医科大学による甲状腺検査が、放射線誘発甲状腺がん症例に関する真面目で信頼できる調査になるとは期待できないし、調査の公式結果も、もうすでに既定された結論と一致することになるだろう:すなわち、甲状腺がん発症の著しい増加とフクシマ超大規模原子力事故との因果関係は見つからないとの結論が出されることになるのだ。
しかし、甲状腺がんを発病したために、すでに甲状腺の手術を受けなければならなかった115人の子どもたちの家族の運命は、看過することのできない別の問題である。福島の人々が持つべき、健康を享受し健全な環境に住めるという普遍的権利が黙殺されているのだ。今、この時点において必要なのは: – 原子力災害によって及ぼされた健康ヘの影響結果を提供し、被災者の憂慮、苦悩を真摯に受け止め、経済的利害関係に非依存である独立した、科学的根拠に基づいた – 隠蔽性のない公平な分析調査の体制を確立させることができる、責任のある信頼できるガバナンスである。
以上
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【訳注】
* 原発事故のすぐ後に生まれた子どもたち: 事故後から2012年4月1日までに生まれた福島県民
** 福島県において放射線被曝をした67,000人以上の子どもたち: 先行検査の受診対象者数は 367,685人だったが、実際の受診者数は300,476 人 (367,685人 – 300,476人≒ 67,000人)
*** 2012年には、国際原子力ロビー・IAEA (International Atomic Energy Agency-国際原子力機関)が、甲状腺検査を行っている福島県立医科大学への資金援助を通して影響力行使している可能性がある事が明かになった: 参照:外務省リンクに掲載された資料 – ”人の健康の分野における協力に関する福島県立医科大学と国際原子力機関との間の実施取決め”
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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