「浜の一揆・訴訟」第1回口頭弁論意見陳述
- 2016年 1月 15日
- 時代をみる
- 澤藤統一郎
審理の冒頭に、訴状の要旨を陳述し、若干の意見と要望を申し上げます。
1 本件は、三陸沿岸の漁民らが原告となって被告岩手県知事に対して、サケ採捕の許可を求める訴えです。
決して無制限にサケを採らせろと要求しているのではなく、それぞれの小型漁船一隻について年間10トンの漁獲量を上限と設定した許可を求め、これに対する不許可処分を不服としてその処分の取り消しと許可の義務付けとを求めているものです。
2 訴状をご覧いただければお分かりのとおり、本件の請求原因はきわめてシンプルなもので、第1から第4の4節で成り立っています。
そのうちの請求原因第1は、提訴にいたる手続の経緯と、取消を求める対象の処分を特定する記載です。原告ら漁民がサケ採捕許可の申請をして申請が不許可となったこと。その不許可の理由が、「平成14年に本県が定めた固定式刺し網漁業の許可等の取扱方針」に該当しないからだというだけのことであること。そして、原告らは本件各処分に付記された不服申立方法の教示にしたがって農林水産大臣に対する審査請求をし、審査請求があった日の翌日から起算して3か月を経過して裁決がなかったこと。以上の各事実を主張し、これについて被告の争うところはありません。
3 請求原因第2は事情です。原告らの要求の正当性と切実性を知っていただくための叙述ですが、主要事実ではありません。
4 請求原因第3で、本件各処分を違法とする根拠を述べています。違法事由には、手続的違法と実体的な違法との両者があります。
手続的違法とは、付記すべき理由記載の不備です。本件各処分に付記された不許可の理由は、まったく形式的なもので、しかも単なる根拠法規の摘記に過ぎません。これでは理由を付記したことになり得ません。
いったい何のために理由の付記が求められるのか。この点について、訴状で引用した2011年6月7日最高裁判決において、田原睦夫裁判官の詳細な補足意見が参考になります。同裁判官は通説的見解を次のように整理しています。
「① 不利益処分に理由付記を要するのは,処分庁の判断の慎重,合理性を担保して,その恣意を抑制するとともに,処分の理由を相手方に知らせることにより,相手方の不服申立てに便宜を与えることにある。その理由の記載を欠く場合には,実体法上その処分の適法性が肯定されると否とにかかわらず,当該処分自体が違法となり,原則としてその取消事由となる
② 理由付記の程度は,処分の性質,理由付記を命じた法律の趣旨・目的に照らして決せられる。
③ 処分理由は,その記載自体から明らかでなければならず,単なる根拠法規の摘記は,理由記載に当たらない。
④ 理由付記は,相手方に処分の理由を示すことにとどまらず,処分の公正さを担保するものであるから,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第三者においてもその記載自体からその処分理由が明らかとなるものでなければならない。」
一見して明らかなとおり、本件各処分通知書(甲1・甲2)は、不許可の実質的理由を提示していません。要するに、「自分たちで許可しないことと決めたのだ」という形式的理由だけがあって、なぜそのように決めたのかという求められている理由については、まったく触れるところがないのです。
これでは、「処分庁の判断の慎重,合理性を担保して,その恣意を抑制する」ことにも、「処分の理由を相手方に知らせることにより,相手方の不服申立てに便宜を与えること」にも、「処分の公正さを担保する」ことにもならないではありませんか。また、「単なる根拠法規の摘記は,理由記載に当たらない。」という指摘を噛みしめなければなりません。被告答弁書の弁明にもかかわらず、理由付記不備の違法は明らかだと考えます。
5 さらに、実体的な違法があります。
ここで指摘しておきたいのは、挙証責任の問題です。原告らは、岩手県漁業調整規則にもとづく県知事の許可申請をしています。この場合知事の許可の可否に関する規定は、同規則第23条1項です。
ここには、「知事は、次の各号のいずれかに該当する場合は、漁業の許可をしない」との文言になっています。このことは、「知事は、次の各号のいずれかに該当する場合以外には、漁業の許可をしなければならない」ことを意味します。限定列挙された不許可事由のない限り、許可決定が原則なのです。もとより「許可」は行政裁量には馴染まないのです。
限定列挙された不許可事由の中で、問題となり得るのは、第1項第3号「漁業調整又は水産資源の保護培養のため必要があると認める場合」のみです。
つまりは、「漁業調整又は水産資源の保護培養のため必要がある」場合についてだけ知事は適法な不許可処分ができることになります。「漁業調整又は水産資源の保護培養のため必要がある」ことは、飽くまで被告知事の側で主張挙証の責めを負うことになります。その立証に成功しなければ、被告の敗訴は免れないところなのです。
ですから、この訴訟において被告知事は、自らが行っている水産行政の妥当性、合理性、合法性を堂々と主張しなければなりません。なぜ、原告ら漁民に固定式刺し網漁でのサケの採捕を禁じているのか。限りあるサケ資源を大規模な定置網漁の事業者だけに独占させて、零細漁民には配分しようとはしないのか。そのことについての行政としての説明責任を果たさなければなりません。答弁書を見る限り、そのような姿勢がまったくみられないことを残念というほかはありません。
6 原告に挙証責任のあることではありませんが、本件において「漁業調整の必要」が許可障害事由になるとは到底考えられないところです。
有限な水産資源利用における漁業者間の利益配分の合理的な調整とは、「漁業の民主化を図ることを目的とする」という漁業法第1条の目的規定に則って理解されなければなりません。大規模定置網事業者の利益を擁護するために零細な一般漁民のサケ漁を禁止することが、法が想定する「漁業調整」に該当するはずはないのです。
また、「水産資源の保護培養」の必要も許可障害事由とはなりえません。本件申請を許可することが、サケ資源の枯渇を生じたり、サケの保護培養に支障をきたすことはおよそ考えられないのです。原告らは自主的に自らの漁獲量の上限を設定しての許可を求めています。後継者を確保し漁業の持続性を最も切実に望んでいるのが、ほかならぬ原告らであることをお考えください。
7 そして、請求原因「第4 処分を義務づける理由」は、処分取消の請求原因として主張したことがそのまま、許可義務づけの根拠となるものです。むしろ、本件申請を許可することが積極的に漁業法ならびに岩手県漁業調整規則の理念に合致するものというべきだと確信するものです。
貴裁判所には、以上の理念と法の枠組みに留意のうえ、本件の審理を進行していただくようお願いいたします。
(2016年1月14日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2016.01.14より許可を得て転載
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