青山森人の東チモールだより 第317号(2016年1月31日)
- 2016年 1月 31日
- 評論・紹介・意見
- チモール青山森人
真のテロ対策を望む
インドネシアのウィドド大統領、東チモールを訪問
1月26日、インドネシアのジョコ=ウィドド大統領(通称、ジョコウィ)がイリアナ夫人を伴って、初めて東チモールを訪問しました。前日25日にはインドネシア“先遣隊”としてレトノ=ムルスディ外相も訪れています。ウィドド大統領は軍出身者でないエリート出身でもない50代という若い大統領で、東チモール側としても気分的に話しやすい大統領ではないでしょうか。独裁者スハルト大統領の娘婿であり東チモールで暗躍していたインドネシア軍特殊部隊を指揮していたプラボウォ=スビアント候補を抑えてジョコ=ウィドドが2014年の大統領選で勝利したとき、2012年の大統領選で勝利した東チモールのタウル=マタン=ルアク大統領は、自分もウィドド大統領も立候補番号が2番であることをあげ、「2番が強いのだ」と言ったとか言わなかったとか……、東チモール指導層の世代交代を意識するタウル=マタン=ルアク大統領は、自分より若いジョコウィ大統領に少なからず親近感を抱いているはずです。
東チモールからの報道によればウィドド大統領は朝10時にニコラウ=ロバト国際空港に到着し、午後6時45分に飛び去ったとのことです。8時間45分間の訪問・滞在でした。この間、ウィドド大統領は、東チモールの首相・大統領と会談し、東チモールの英雄墓地、インドネシアの英雄墓地を訪れるなどして親善活動をしました。そして公文書保存、青少年のスポーツ、天候、資源エネルギー、漁業の五つの分野の協力合意書に両政府は署名をしたと報じられています。またタウル=マタン=ルアク大統領はウィドド大統領に東チモール最高位の勲章を授与しました。なお、2014年、インドネシアのユドヨノ大統領(当時)がシャナナ=グズマン首相(当時)にインドネシア最高位の勲章を授与しています。
両国は懸案事項である国境未画定の問題を早急に解決しなければならないことで意見が一致したようです。インドネシアのこの姿勢は、チモール海の領海問題にかんして交渉を拒否しつづけているオーストラリアと対照的です。しかし東チモール側がインドネシアに求めている英雄ニコラウ=ロバト(フレテリンの第二代目議長、1978年12月31日に戦死)の遺骨の件について何らかの進展があったかどうかは報道だけではわかりません。
かつての侵略国と被侵略国が友好関係を深めることは誠にけっこうなことですが、24年間にわたるインドネシア軍の蛮行によっていまだに大勢の東チモール人が肉体的・精神的な後遺症で苦しんでいる現状をインドネシアはゆめゆめ忘れてはならないことはいうまでもありません。
東チモールにもISの影?
ジョコ=ウィドド大統領が東チモールを訪問する前、1月14日、ジャカルタ中心部で連続爆弾テロが発生、インドネシアの国家警察はテロ集団ISの戦闘員としてシリアに滞在しているインドネシア人がテロ攻撃の指示と資金提供を行なったと述べています(2016年1月16日、共同通信)。この爆弾テロで容疑者5人を含む7人が死亡、24人が負傷しています。タイで爆弾テロが去年起きましたが、ISが黒幕と思われるテロが東南アジアで発生したのはこれが初めてであり、ISの魔の手がこの地域で伸びていることを実感せざるをえなくなりました。
東チモールのタウル=マタン=ルアク大統領は、このテロ行為を強く非難し犠牲者への哀悼の意を表しウィドド大統領へ連帯の気持ちをおくりました。かつてインドネシア当局にとって東チモール解放軍はテロリスト集団であり、その参謀長だったタウル=マタン=ルアク司令官の首に賞金がかけられていたことを思えば、世の中変ればかわるもの……といいたいところですが、普遍的な大義は恒に東チモール解放軍にあったのであり、よい方向に変ったのはインドネシアであり、このこととテロの解釈とは無関係です。
1月19日、PNTL(東チモール国家警察)のジュリオ=オルナイ長官は、ISの支持者が西チモールに潜んでいて、東チモールに入国した疑いがあるという情報を入手したとして、パニックになることなく警戒するようにと国民に呼びかけました。その翌20日、東チモール政府はウィドド大統領が26日に東チモールを訪問するという日程が確定したと発表しました。その後、ISが入国したという疑いは噂に格下げされましたが、インドネシアの大統領がやって来る前ですから、両国の当局は警戒を強化したことでしょう。ウィドド大統領の東チモール訪問が無事に終了したことは何よりの朗報です。
予備軍という懸念
東チモール国会内に設置されている作業部会で治安を担当するB委員会(分野ごとにA・B・C…委員会と名づけられている)のデビッド=シメネス委員長は、21日、東チモールにISの支持者が入ったというのは治安の不安定化を狙う何者かのデマであるとし、東チモールはISとは何の関係もない、東チモールはISに反対すらしていない、東チモールがISの標的になることない、と発言しました(電子版『ディアリオ』、2016年1月22日)。東チモールはISと何の関係もないというのは確かにそうでしょうが、タウル=マタン=ルアク大統領がジャカルタでの爆弾テロを非難しているし、東チモールはウィドド大統領の訪問を受け入れる国であるのだし、狙われる理由は皆無とはいえません。
テロ集団の戦闘員になる若者にかんして、貧富の格差や差別など社会にたいする不満が鬱積する若者たちがテロ集団の訴えに共鳴しテロ戦闘員またはその予備軍となってしまうという問題がよく話題になります。その意味で東チモール社会の現状をみれば、東チモールはテロ集団の予備軍にたいする用心深さはほしいような気がします。
東チモール政府は子どもや若者たちにたいする投資よりも大規模事業への投資を重要視する政策をとっています。子どもや若者たちが貧困に苦しみ身体をもてあましてやることがないとき、もしテロ集団の甘美な誘いがあったらどうなるか……と想像すると、そしてインドネシア領の西チモールと陸続きなっている地理的条件を考慮すれば、東チモールとて広い意味でのテロ対策は必要です。
とくに東チモールの経済について考えなくてなりません。外的要素としてオーストラリアです。オーストラリアの『ジ エイジ』の記事(電子版The Age、2016年1月25日)は、オーストラリアのマルコム=ターンブル首相が中国の南シナ海における領域拡大の野心にたいして国際法に基づいて秩序を保つべきだとアメリカで発言し牽制する一方、チモール海の領域については国際法にのっとって海域を画定すべきであるという東チモールの呼びかけに応じようとしないオーストラリア政府の偽善性と二重基準を指摘しています。オーストラリアのためにもオーストラリア政府は東チモールと領海線引きの交渉に臨むべきだと主張する興味深い記事です。その記事はこう締めくくっています。
「今年、オーストラリアは北の隣国に注意深い視線を移すべきである。ターンブル首相はオーストラリア外交の二重基準を終わりにさせ、東チモール政府と領海をめぐる意味ある交渉を始める機会をもっているのだ。これはわれわれの国民の利益にもなる。法に基づく世界秩序の擁護者としてのオーストラリアの信用は危なくなっている。東チモールの将来もまた危なくなっている。東チモールにとって石油とガスが採れる油田が一つだけとなり、3年以内に枯渇するであろう。東チモールの国家財産である基金は10年以内になくなるであろう。オーストラリアが行動をとらなければ、オーストラリアは敵意ある破綻国家を隣国にもつことになるのである」。
東チモールの「石油基金」は国家予算が現状維持のままで組まれれば10年以内で底をついてしまうことはかねてから指摘されています(「東チモールだより 第276号」参照)。東チモール政府による政策が内的要素です。2016年度の国家予算も、タウル=マタン=ルアク大統領が拒否権を行使したのにもかかわらず、現状が維持されました。いや、原油価格の低下によって現状は悪化し「石油基金」の寿命は短くなったかもしれません。タウル=マタン=ルアク大統領は「原油価格の落ち込みによって石油に頼っている東チモールに危機と不安定化が起こるかもしれない」と28日に警告を鳴らしています(電子版『ディアリオ』、2016年1月29日)。
東チモールの内政と隣国オーストラリアの外交によって東チモールの経済が破綻してしまったとき、テロ集団の予備軍になってしまう若者が東チモールから生まれないと誰が断言できましょう。国境の越えた貧困にたいする闘いこそ真のテロ対策です。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5879:160131〕
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