あゝ医学無情 序章…第1章「全ての道は医学革命に通じる」付録;アベノミクス貧困地獄年間、出版物知性不況に抗う、知的創造商品の命がけの飛躍とは何か?
- 2016年 4月 11日
- 交流の広場
- 武田明
序章 …
貧困を拗らせ多くの人が病に臥せっている。
情報弱者から認知症への21世紀資本主義病理、その社会現象である。
精神医学と言うのは資本主義社会においては権威、虚構であり、お飾りでしかないのだろう。
別に、香山リカ批判をここで展開しようとしているのではない。(全然違う)
小刻みに、認知症問題を取り上げ流れていっているが圧倒的本質的問題についての広報に辿り着いていない印象のまま放置されているのは気がついていて気づかない振りをしているのだろうか。
それとも、取るに足りない問題としているのだろうか。
総理が無類の詭弁家アベ政治であるのだから推して知るべしと言う絶望が渦巻いていると言う事なのだろうか。
キューバ医療解放革命(1959)から「世界一貧しい大統領」来日革命(2016)の紹介に至るまで、21世紀の世界精神が駆け抜けている中、玉川そもそも総研が若干遅れて申し訳程度に、取り扱っていたのであるが、
http://www.asyura2.com/16/senkyo204/msg/180.html
甘利あっせん利得罪スクープを宿敵、週刊文春に持って行かれ、
http://www.asyura2.com/16/senkyo204/msg/266.html
更に、「世界一貧しい大統領」来日革命を池上彰、フジテレビ系列に、独占されてしまっていた状態が続いていた昨今の日本の知的環境、メディア状況、少しでもマシなニュースを紹介しながら現在進行形の道なき未知の切り開きをここでも推し進めて行こう。
パナマ文書と巨大メディア(電通批判)
http://www.asyura2.com/16/senkyo204/msg/163.html
http://www.asyura2.com/16/senkyo204/msg/231.html
医療革命関連
http://www.asyura2.com/16/senkyo204/msg/213.html
奮闘努力の山本太郎=全国会議員の仕事を1人でこなす男
http://chikyuza.net/archives/61783
しかし、上部構造である「巨大メディア」側の動向は、さておいて、貧困経済学水木しげる的下部構造であるところの左派会合も公然予告されつつも密やかな面持ちを兼ね備えて履行に至った。
http://chikyuza.net/archives/61785
第1章 あゝ医学無情「全ては医学革命に通じる」
日曜日、メールを打っていたので、友人から再び電話を受けた。
その電話の内容が、「医学無情」の展開であるのだが、それと同時進行であるアジア的情報弱者、歴史知識弱者問題の克服としての流れも以下の様にあるわけである。
まずは、そちらの方から片ずけて、次第にリンクしていく方法論を採用しよう。
(ミステリー小説を読む様にお読み下さい)
1
講演内容としては、第1回として朝鮮革命戦争としての1945ー46をまず取り扱っていた。
経済学者は、大部分が貧しい。ケインズ以外は、研究に没頭して、実際には、具体的にも即物的にも「命がけの商品への飛躍」に辿り着けず実践的な経営学にも辿り着けていなかった足元の問題としてまず、提出されている別の意味での「情報弱者」不況病理に晒されていた事への立て直しから着手していかねばならない問題提起があったわけである。
広報としてのツールとして、知的財産拠点の防衛が何にも増して不可欠であるのは、情報統制アベノミクスの餌食となったニュース23、報道ステーション、クローズアップ現代のバライティ、ワイドショー化問題と符合して、アカデミズムの破壊、教育の破壊状況が顕著になって来ているからであり、その危機感からの防衛、結集が、叫ばれているのは、「野党共闘」ばかりではなく、その理論的基礎たる「アソシエーション連携」としての展開として、世代へと伝えていくべき内容とは何であるのか?
昭和を語り、そして、平成地獄年間を乗り越える「知性化革命」の伝授、商品と対抗資本の方法論を明らかにしておかねばならないはずであるのだ。
ヘーゲル観念論、理想主義の呪縛を振りほどき、より具体的に、出版物不況、知的財産権のコマーシャリズム資本主義支配への対抗資本としての対策を明らかにしていかねばならない、ここから足元の資本論を開始しなくてはならないと言うわけである。
ただブント廣松渉革命継承、知的広報基盤としての『情況』の名を残したいとヘーゲル理想主義を語るのは容易いとしても、それ以上に、大衆の心に響く商品としての『情況』を取り戻すには、どの様な結集と連携を必要としているのかと言う事である。
かつてとあるミュージシャンのファンクラブに所属していた僕としては、知的「囲い込み」の方法論としてはこの在り方が有効である様に思われる。
それは、淡い形では、既に、昨年の「ちきゅう座」総会でも語られていた様に、その維持費として出費されているまだまだ有志の幅も狭く、内向きであり、その幅に読者も狭まっている様に感じているが原初は、ここにあり、
問題は、「ちきゅう座」と知的情報革命拠点としての『情況』をどの様にリンクさせて行く事が可能であるのか?
この目的と手段は、如何にして合致する事が出来るのか?
この問いの様に思われる。
もちろん、ちきゅう座も「情況」も具体的に現実に、現在あるからわかりやすい様に、思考実験を進めているわけであるからちきゅう座側が、新たな読者獲得のために、独立して出版物広報にこぎ着ける「ちきゅう座読本」でも、「情況」が、商品広報のために、独自に、広報掲示板を展開するのでも良いのだが、それでは、コンビニや小商店が増えるだけであり、大企業、巨大メディアに対抗出来ない、オレガー資本主義の術策に既に、ゲバ落ちてきた離反であり、「野党共闘」にも「アソシエーション連携」にも反するのであるから共同体経済的に、双方を生かす道を模索するしかないと言う事の模索である。
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次に来る問題点は、少年ジャンプ読者ハガキや視聴率万能主義に習うわけではないが「人民の声」「民主主義の声」としての商品として鍛える事は如何にして可能であるのか、その説明責任である様に思う。
ここが、最も重要な部分であり、〔読者参加型の知的拠点〕としての雑誌に出来るのか?
この問いに他ならない。
瀬戸内寂聴『源氏物語』の時に言われていた様に、「本は、読まれなくては意味がない」のであり、「後で読もう」積読本であるのなら意味がないし、読者参加型ではなかった過去が反省されねばならない様にも思える。
「読者参加型」であって、「最速で読みたい」「読まざるをえない」本が、テキスト、教科書であり、それ故、学校利権の中で、渦巻いてきている資本主義的癒着の構造でもあったわけである。
本来、必要不可欠な「知的刻印」としてのテキストとしての連携としては、学習会ともタイアップしていく事であり、
会場費500円、そして、一ヶ月、二ヶ月の首都圏学習会告知とテキストとしての雑誌的展開であるなら講師料も原稿料として捻出出来ながら、また、その場に来られない地方、日本列島の隅々にまで、まとまった雑誌、広報、知的参加ページと紹介として、前回出た質問と回答、典型として加算したり、ハガキや手紙によって寄せられたものも紹介しつつ、「相互通行する展開であるなら、循環する様に僕は、考える。
今は、一方通行である独善であってはならないはずである。
今回の「朝鮮」問題、そして、他の学習会、日中友好問題、更に、たんぽぽ舎、原発問題のイロハからサブカルチャー論に至るまで、更に、廣松渉から「現代史研究会」の歴史について、宇野弘蔵原理論から岩田弘「世界資本主義」の概観に至るまで、テキスト化して広報する入門から前衛としての最新議論までをどの様に、広報、そして、知的刻印として印刷物、出版物の連続性として維持出来るのか?
その経済基盤と共に、内容を確保していかねばならない。
昨年のちきゅう座総会にて、リベラル21代表が、小冊子として展開したかったがインターネットの時代それを断念してリベラル21を継続中と挨拶なされていた。
活字の時代は本当に終わったのだろうか?
そうは思わない。
「本には、とてつもない力がある」(池上彰)
ただで配るレジメ、そして、終わったらゴミ箱、なんら加算されない
「タダより高いものはない」断層的で無計画性、思いつきで行き当たりばったりの形式の学習会をやめていくべきだ。
計画的で、「知的刻印」としての加算が出来る『情況』テキスト化再生と学習会のタイアップ、アソシエーション連携を日本全国に広げる出版物革命の構想を持つべきであると言うのが僕の主張したいところである。
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情況内容批判〜時事的問題意識から理論武装体系へ
巻頭
時事的な特集、アベノミクス批判と夏の参議院選挙
B・カミングス著『朝鮮戦争の起源』(明石書店)
朝鮮論、孫は頑張っているのか?
理論武装面と左派連携トライアングルアジア論
アジア共同体(中国・日本・北朝鮮)について
南北統一朝鮮論
中国問題はこちらに注目。 (第5回)日中社会主義フォーラム(テーマ:中国社会主義の多様性)
http://chikyuza.net/archives/60191
植草一秀の実践文学論シンポジウム〜〜近経と左派、オールジャパン連携対話の模索へ
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/430-7330.html
ちばてつやイラスト的募集
サブカルチャー論
ガロの経営学と問題点
白土三平の復興とは。
多重化する前衛を盛り込む。
学習会との連携テキスト化、読者参加型について。
こんな感じで、オールジャパンとの対話、植草一秀先生に、寄稿をお願いし、講演をお願い出来て、対話、連携が出来るなら逆転出来る。
更に、友愛読本との対話的連携
http://chikyuza.net/archives/61565
やれる事は沢山あり、一打逆転のチャンスはあちらこちらに転がっている。
その日の夜は、専修大の学生たちとも同じ席で話が展開し、ドストエフスキー論、そして、廣松渉を今、読んでいると言う学生にも話を聴いたり楽しい飲み会となった。
かつては、廣松渉氏は、まだ19歳、未成年のコーヒー通の我らに合わせて、ブルマンの様な贅沢ではないブレンドコーヒーで更に、議論を継続してくれていた。
一杯のコーヒーの恩義を忘れてはならない。
その日も飲めないからと言って一人帰られたのだが、まずは、夕方も浅い時間なのだから喫茶にて一次会、更に、飲みたい人が、二次会で居酒屋で良いのではいなだろうか。
僕もアルコールよりコーヒー党なので飲み会は、年に数度しか参加していない。
缶酎ハイ78円やウーロン茶だって1リットル85円だってあるのだが結局、資本主義的な場所におじさんたちは閉じ込められてしまうのだ。
充分、政治についても廣松渉についても高校生でも未成年でも決して理解に遠くないのだからその目線を保持しながら脱「おじさん収容所」たる居酒屋ではないホール、パーティ型広場で、100人で集まりながら朝まででも議論できる社会主義施設が必要であるのだが早く帰らせよう飲んだら高いぞ学生は入り込めないぞ未成年は近づくな会合収容所にて少数派にされている陰謀を感じる。
あらゆる意味で永遠の『未成年』の目線に立たねばならないと言うのが廣松渉氏の最初の分かり易さだったのではないかと僕は振り返る。
何もかもこれが当たり前と思ってはいけない。
「解釈するのではなく変えていく事が重要なのだ」
革命のため、アジアの目覚めのため、人間解放のための
「世界一貧しい大統領」来日革命に恥じない
毎回のこの節約があるなら『情況』を立て直すのも簡単な様に思えるのだが、こんなに高いと学生も労働者も立ち入れない学習会になりかねないのではないかと言う事で、一応の会計報告も入れておこう。
チャージ料 13個 4913円(誤り12個、一個ー378円ぼったくられた)
生ビール 20個 8600円(本当に20個頼んだの?)
ウーロン茶 4個 1420円、頼んでない1個無理矢理置いていった1個355円
p黒霧島 7個 3178円
p知心剣 1個 476円
本芋白木屋 1個 390円
焼おにぎり 7個 1071円(1個多かった)
串焼盛合(塩) 3個 2139円(食べ物は確かにこの内容のようだった)
漬け〆鯖炙り 1個 711円
和風大根サラダ 3個 1422円
pホッピー&焼酎 1個 474円
角ハイボール 2個 968円
オムソバ 3個 1422円
野菜サツマ揚げ 3個 1422円
泡盛大神SH 2個 778円
コカコーラ 1個 355円
生茶 1個 355円
合計 30095円(消費税2229円込み)
7人 先に帰った組 1200円×7=8400円
最終5人 (1200円+3000円 )×5=21000円
695円会計係持ち。
『情況』の名を残し、継承して行くに一票、この続きは、23日の飲み会にて継続審議と言う事でお願いします。
とにかく、一人一人で悩まず公然と「共同体経済学」を明記して行くなら全く問題ないのだ。
朝鮮統一!二つの民主主義、自由、そして、人間解放!
「全ては、医学革命に通じている
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