問われるべきは「賛否のバランス」ではなく、「情報の質」
- 2016年 6月 18日
- 時代をみる
- 醍醐聡
2016年6月17日
昨日、日本記者クラブで「放送メディアと放送法~何が争点か~」をテーマに、放送法遵守を求める視聴者の会」と「放送メディアの自由と自律を考える研究者有志」の公開討論会が開かれた。私は研究者有志の1人として、この討論に参加した。討論の模様は次の録画でご覧いただけるとありがたい。
討論者
視聴者の会:ケント・ギルバート、上念司、小川榮太郎
研究者有志:砂川浩慶、岩崎貞明、醍醐聰
前半録画
https://www.youtube.com/watch?v=wXRLW_TQtjU&feature=youtu.be
後半録画
https://www.youtube.com/watch?v=PVTaB8lPT7U&feature=youtu.be
討論では、「視聴者の会」が手掛けたTBSの安保法案関連の報道番組の検証方法~法案に関するコメント等を賛否の意見に振り分ける基準、報道番組を評価する基準は「賛否のバランス」なのか、国民の知る権利に応え、法案に対する判断材料を提供する「報道の質」なのか、放送法第4条は法規範なのか倫理規範なのか、倫理規範だとしたら、それを機能させる方法は何か—–「視聴者の会」が要請したような行政の介入や番組スポンサーからの圧力なのか、それとも放送事業者の自己規律、外部からの監視などなのか—–が議論になった。
また、「視聴者の会」が取り上げなかったNHKの報道の現状(報道の不作為や籾井会長の「原発報道は公的発表をベースに」という発言をどう見るかなど)についても議論が交わされた。
討論の模様は「産経ニュース」(2016.6.16 16:55、17:34)が次のように伝えている。
(引用開始)
【テレビ報道と放送法・公開討論】
「 <前文略>
◇
冒頭、小川氏は「日本のテレビ報道の現状が政治プロパガンダになっている」として、視聴者の会が特定秘密保護法や安保法案をめぐるテレビ報道の賛否バランスを独自分析した結果を紹介。法案への反対意見の紹介が賛成意見を著しく上回っているとして、「(賛否バランスが)9対1というこの数字をおかしいと感じるかどうか聞きたい」と問題提起した。
その上で、岸井成格氏や古舘伊知郎氏ら報道番組に出演していたキャスターらが「政治的圧力」を否定したことをめぐり、「いつの間にか『安倍政権になって圧力が強まった』という印象になり、それが国際社会にも宣伝されている」と述べた。
これに対し、岩崎氏は「キャスター個人が圧力を受けていることはないかもしれない」と発言。その上で、安倍晋三首相が一部メディアの個別取材に「選別的に」応じていることや、視聴者の会がTBS報道をめぐってスポンサーへの働きかけを示唆したことなどを挙げ、「歴史的には(メディアが)追い込まれている、と私は見ている」と述べた。
また、第1次安倍政権時代、総務省が放送局に行政指導を行った件数が「突出して多かった」として、「安倍政権はメディアを気にしている」とも述べた。
◇
一方、視聴者の会のまとめたテレビ報道の「賛否バランス」について、醍醐氏が言及。醍醐氏は「(視聴者の会が、報道内容の)賛否の振り分けをどのような基準で行ったのか。重要なのは報道の質ではないか」と疑問視。その上で、「法案のどこに論点があるのか、アジェンダを自律的に設定し、調査報道を手掛けることこそがメディアの最も重要な使命だ」と述べ、視聴者の会の主張を「メディアの権力監視機能を理解しない曲論」と切り捨てた。
また、岩崎氏は「安保法案への疑問や論点を多くの角度から紹介すれば、当然否定的な意見の放送が長くなる。賛成、反対で色分けをすることが知る権利につながるのか」と述べた。
こうした意見に対し、上念氏は「安保報道では、南シナ海などの緊迫した情勢、憲法との関係など、本来議論すべき安全保障の論点から外れた、反対デモが盛り上がっているということに力点を置いた報道が多かったのではないか」と主張。小川氏は賛否バランスの振り分けについて、「作為的かどうか分析してほしい」として、調査結果を公開しており、第三者からも検証可能であることを強調した。
◇
討論会では、NHKの籾井勝人会長が熊本地震に関連する内部の会議で、「原発については、住民の不安をいたずらにかき立てないよう、公式発表をベースに伝えることを続けてほしい」と述べたことも遡上に上った。
醍醐氏から見解を問われた小川氏は、その報道を知らなかったことを明かした上で、「普通に考えたら問題ではないか」と発言。ケント氏も「公共放送ではなく国営放送になってしまう」「NHKが偏向報道をしたら、それを指摘すればいい」と述べた。
テレビ報道と放送法をめぐる公開討論会の後半では、番組編集に当たっての政治的公平などを求めた放送法4条をめぐって見解が分かれた。まず、東京大名誉教授の醍醐聡氏が「政府が4条違反を判断することになると、それは違憲だと思う。メディアに監視されないといけない権力がメディアをチェックするのは矛盾だ」と問題提起した。
これに対し、米カリフォルニア州弁護士でタレントのケント・ギルバート氏は「私は違憲とはかぎらないと思う。限られた(電波)資源を独占的に利用する交換条件として適用されるものだ」と主張。文芸評論家の小川榮太郎氏は「4条は『倫理規定にすぎない』という言い方があるが、倫理規定であれば無視していいのか。国民が(放送に)関与できる状況を作るべきだ」と反論した。
◇
一方、醍醐氏は、「視聴者の会」が昨年の安保報道をめぐり、TBSにスポンサーへの働きかけを示唆したことを問題視。「スポンサーに関与させようということには、極めて賛成できない」と述べた。その上で、国民が放送に関与し、適正な放送を実現させるため、放送倫理・番組向上機構(BPO)や番組審議会などの機能強化の必要性を訴えた。
また、立教大教授でメディア総合研究所所長の砂川浩慶氏は「放送法は憲法21条の表現の自由の下にあり、放送法を順守することは表現の自由を拡大する方向に向くはずだ。なぜ、視聴者の会は特定の放送局に制約をかけるような動きをするのか」と疑問を呈した。
ケント氏は「(スポンサーへの呼びかけも)国民の権利の一つで、最終手段かもしれないが、あってもいい」と主張。小川氏は「土俵を作ろうという話をしているだけで、制約をかけようとしているのではない」とした上で、「安保報道では『戦争法案』『赤紙』という言葉まで飛んだ。こういうプロパガンダと報道を切り分ける成熟や自制心が必要だ。マイクを独占している(放送界の)人の表現の自由と視聴者では権力の度合いが全く違う」と反論した。
また、今後の放送制度のあり方について、経済評論家の上念司氏は「電波オークションを導入して、もっと放送局を増やすべきだ」と主張。ケント氏は「新聞とテレビを分離すべきだ。メディア財閥みたいになっている」と付け加えた。
◇
討論会後の質疑応答で、岩崎氏は「『メディアが一つの権力ではないか』という点は拭えないところがあり、(メディアの)資本系列の問題は私も疑問を持っている。ただ、もう少し議論を深める面も期待したが、前提の部分で意見の相違が出た」と振り返った。醍醐氏は「考え方の違う人たちが議論するこういう機会が、日本でもっとあった方がいいと思う」と総括した。」(引用終り)
私は1回目の発言用の原稿を用意して討論に臨んだ。「視聴者の会」の小川氏の冒頭の発言が予想したとおりの内容だったので、用意した原稿をそのまま使って最初の発言をした。その内容は昨日の討論会に臨む私の基本的な見解をまとめたものなので、以下、その全文を掲載しておきたい。
1回目の発言用原稿
「視聴者の会」の皆さんとかみ合った討論をするため、「視聴者の会」が手掛けられたTBSの安保法案関連報道に関する検証について発言します。お手元に発言用原稿をお配りしています。
「視聴者の会」の番組検証の要旨
「視聴者の会」は、安保関連法案を扱ったTBSの報道番組を何らかの意味で法案に「賛成」「反対」の色がついたもの、「どちらでもない」ものの3つに分け、それぞれの意見を放送した時間を集計しています。
その結果、「どちらでもない」を除くと、賛成報道の時間が15%であったのに対して、反対報道の時間は85%にも上ったとし、「TBSは報道の名のもとに、法案反対の立場からの政治的プロパガンダを繰り広げた」と結論付けておられます。
重要なことは賛否の「色」ではなく、情報の「質」
このような番組検証について私が感じたもっとも大きな疑問は、賛否の振り分けをどのような基準で行ったのか、そのような色分けをして賛否報道のバランスを強調することが、「視聴者の会」も重視される「国民の知る権利」に応える上で、どれほど有意義なのかということです。
たとえば、「視聴者の会」は、「法案への理解が進んでいない」というコメントは、「どちらでもない」に含めてはいますが、会の見方としては「法案反対の意図が明白なコメント」だとされています。
しかし、安倍首相も国会答弁で「国民の理解が進んでいない」ことを認めています。とすれば、「法案への理解が進んでいない」というコメントは「意見の表明」というよりも、「事実の紹介」といった方がようにも思えます。ただ、そうは言っても、どのような意見を紹介するかは、それ自体、一つの価値判断とも考えられます。
となれば、ここで重要なことは、あるコメントについて「賛否の色を嗅ぎ分けること」ではなく、取り上げられた情報が法案の可否を判断するのにどれほど有用なものかどうかという「報道の質」ではないでしょうか?
賛否の意見をバランスよく伝えることが第一義的使命なのか?
そもそも論から言えば、国民に有用な判断材料を提供するというメディアの役割に照らして最も重要な課題は賛否の意見をバランスよく伝えることだとは思えません。
NHKはニュース番組の中で、しばしば街角インタビューを挿入し、決まり文句を添えた賛成、反対、どちらともいえない、という街の声をバランスよく伝えます。こうした報道が、視聴者に何ほどの判断材料を提供したのか、はなはだ疑問です。
国民に有用な判断材料を提供するという観点から見て、最も注視すべきだったのは、各種の世論調査で、「議論が尽くされたとは思えない」、「政府は法案の内容を十分に説明したとは思えない」という意見が7,8割を占めたこと、そうした中で採決がされようとしていたという事実です。
的確なアジェンダ設定と充実した調査報道がカナメ
そのような状況の下では、法案のどこに、どのような未解明の論点があるのか、国会や国民がそれらの論点を判断するのにどのような材料が不足しているのかというアジェンダを自律的に設定して調査報道を手がける———これこそがメディアに求められた最も重要な使命だったと私は考えています。
「集団的自衛権を発動するかどうかは政府が総合的に判断する」という物言いで、政府があいまいな説明を繰り返す論点について、調査報道を手掛け、法案の疑問点や不明点を考える材料を提供するのが熟議を促すメディアの使命です。そうした報道が、安保関連法案に関する政府の説明に懐疑的な見方や批判的な見方を広げたとしても、取り立てて問題ではありません。
そうした報道を指して、「法案反対の立場からの政治的プロパガンダ」と非難するのはメディアの権力監視機能を理解しない曲論だと私は考えますが、「視聴者の会」はどのようにお考えでしょうか?
初出:醍醐聡のブログから許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3494:160618〕
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