ハンガリーの国民投票結果をどう見るか
- 2016年 10月 7日
- 時代をみる
- ハンガリー盛田常夫難民
総 評
10月2日に行われた「難民の強制割当」に反対するハンガリーの国民投票は、投票率が50%に満たず、不成立となった。オルバン政権は国民投票が成立し、かつ圧倒的な多数でEUの「強制割当」にたいする反対が示されれば、大きな対EU交渉力を得ると考えていたが、その目論見は外れてしまった。政権政党が全力を上げて臨んだ国民投票が成立しなかったことは、対外的にオルバン政権の「失敗」を印象づけることになった。
他方、国民投票が成立しなかったとはいえ、「難民の強制割当」への反対が有権者(絶対数)の4割(39.68%、反対票率98.33%)を占めた事実はそれなりに重い。賛成数は有権者のわずか0.006%(賛成票率1.67%)である。つまり、対内的に見ると、現政権は有権者の絶対数で4割近い支持率をもっている。もちろん、今回の国民投票に賛意を投じた人すべてが政権政党の支持者ではないが、その8~9割が支持者と考えて間違いない。これは現政権の支持基盤が盤石で、いつ総選挙を行っても、現行の小選挙区制の下では、3分の2の議席を獲得できる状況にあることを示している。したがって、国民投票不成立が、オルバン政権崩壊の始まりと見る見方は正しくない。
いずれにせよ、対EU政策において、オルバン政権は頑なな拒否政策を貫くことが難しくなったことは事実で、今後、一定の政策変更や戦術変更が迫られる。
投票率が低かった原因
今時の国民投票はおよそ半年前に決定され、政府は周到な準備を行い、多額の費用をかけて、キャンペーンを展開してきた。にもかかわらず、政権政党支持者を越えて、国民の関心が広がることがなかった。その理由はいろいろ考えられる。
(1) ハンガリーが昨年9月に国境管理を厳しくして以降、ハンガリーへの難民・移民の流入者が激減し、社会的な危機意識が薄れ、難民問題への関心もまた薄れたことが挙げられる。
(2) 国民投票が決められたのは半年前で、この間、EUの難民政策自体が変わり、政策判断を理解することが難しくなった。当初は昨年9月にEUの司法・内務理事会が決めた12万人を対象にした難民の割当政策にたいする反対が対象だったが、今年5月に欧州委員会は恒久的な難民受入れの方針を打ち出した。ともに、強制割当という性格は変わらないが、前者は一時的な割当政策であり、後者は恒久的な割当政策である。
国民投票の対象となる政策自体が、一般国民にとって分かりにくいものだった。いったい、具体的に何に反対するのかについて、一般国民は十分な知識を有していなかった。それは国際メディアについても同じで、日本のメディアの報道においても、ハンガリー政府が反対しているEUの難民政策について十分に理解した上で報道しているとは思われなかった。
(3) 国民投票の国内キャンペーンの時間が長すぎて間延びしたこと、さらに政権政党を支持する有権者以外の国民には、現政権の政治家の腐敗への失望から政治的なアパシーが広がっていることが上げられる。社会党政権の腐敗に懲りた有権者は現政権に期待したが、政権政党の政治家や家族、周辺の企業家が国家補助金を優先的に受領し、手厚い保護を受けていることが日々暴露され、社会党もFIDESZ(現政権党)も、権力を握った政党は「同じ穴の狢」という政治そのものへの不信感が蔓延している。
(4) 政権政党はもちろん、たんに対EU政策として国民投票を実施したのではない。純粋にEU政策への対応を問うことのみを目標にすれば、もっと有権者を動員できただろうが、政府が国内宣伝を強めれば強めるほど、政権政党の国内キャンペーンとしか受け取られなくなった。その結果、EUの難民政策に反対でも、国民投票に参加し、政権政党をアシストすることを由(よし)としない有権者が多数いたと考えられる。その結果、投票行為を行ったのは、ほとんどが政権政党の支持者だけということになった。
EUの難民政策の問題
この5月に欧州委員会が提案した恒久的な難民強制割当政策は問題が多い。この政策は昨年9月に決定した強制割当が機能していないことから、新たな強制力をもつ政策として考案されたものだが、GDPと人口をベースに自動的に難民を割り当てるという機械的なメカニズムを提案したものだ。これはEU官僚の作文で、ここには何故昨年9月の割当政策が機能しないのかの分析がない。EU委員会も、難民政策を包括的に検討する実質的な議論を避けている。
EU委員会に提案された新たな難民政策の最大の問題は、「難民」と「移民」の区別を事実上、放棄していることだ。「難民」は国際法上、適切な保護の対象になるが、「移民」は当該国の法規制に従って、その受入れが決められる対象である。しかし、EU委員会提案では「難民」と「移民」を区別することなく、EU域内に流入した人々を「難民」と一括している。それは入国管理が機能せず、区別が不可能だからである。しかし、身元不詳の人々を無条件に引き受けるシステムが機能するはずがない。昨年9月に決定された割当政策が機能しない理由はここにある。しかし、EU委員会への提案はこういう問題をスルーして、とにかくEU域内に流入した人々を域内で自動的に分け合うシステムを作ることだけを目的としている。
EU官僚が「難民」と「移民」を区別しないのは、たんにそれが難しいというだけが理由ではない。EU官僚やEUの大国の政治家多数は、ジョージ・ソロスの政策提言に同調して、EUへの労働力として「難民・移民」を積極的に受け入れるべきだという主張を展開している。労働力であれば、「難民」も「移民」も大差ない。それを区別することに意味はなく、一括して受け入れればよいというのがソロスの提案であり、EU官僚と大国政治家の基本姿勢なのである。
しかし、すでに百年以上の歴史の中で、旧植民地から移民を受け入れてきた国々やゲストワーカーを多数受け入れているドイツと、それ以外の中・東欧諸国では、移民への考え方が基本的に異なっている。にもかかわらずEU委員会が上から強制的に、大量の異民族の移民を受け入れた歴史のない国々に、受け入れるべきだと強制することは間違っている。
この点ではハンガリー政府もまた、「難民」と「移民」を区別せずに、議論を展開している。「難民」受入れは国際的な義務として、それを果たすことを明確にした上で、「難民」認定と「難民」の取り扱いを厳格化すべきである。「難民」か「移民」かの区別が付かない者は「難民受入れ」対象にならないこと、それと同時に、「移民」の認定はハンガリーの国内法にもとづいて行うことを明言すれば良い。
EUの「難民」自動割当制度が決定されると、事実上の「移民」の流入が加速化する恐れがある。無制限に、来る者は拒まずというわけにはいかない。すでにその政策はドイツで審判が下されている。だから、割当制度を議論する前に、EU国境管理の管理や「難民」認定の厳格化を明確にしないと、この問題は今後、さらに尾を引く問題になり、やがてEUの存立危機をもたらすリスクを抱えている。
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