ファシズムは死語になったのか(3) ― 『 ヒトラー万歳と叫んだ民衆の誤算 』 を読む ―
- 2016年 11月 12日
- カルチャー
- ヒトラーファシズム半澤健市書評
20世紀で最も民主的・文化的といわれた「ワイマール共和国」は、1919年に始まり、1933年のナチス政権成立で終わった。14年間の短命な体制であった。6000万人から8000万人の死傷者を出したとされる第二次世界大戦の発火点となり、ユダヤ人などの大量虐殺を記録して滅亡したナチス政権は、なぜ生まれたのか。
本書の著者である船越一幸(ふなこし・かずゆき、1932年~)は、北海道放送で活動してから研究者(北海商科大教授)に転じた人。
内容は、ナチス政権の成立の一叙述である。
著者は、ヒトラーを主語にしてナチス政権の生成過程を描く方法をとらない。逆に、ヒトラー周辺の知識人と大衆を描きながら、政権の掌握、強化、変質、崩壊の全過程を描いていく。この「遠回り」のやり方を自身こう述べている(■から■まで)。
■ナチスとは何かを捉えるために随分と異分野をめぐり歩き遠回りしました。/しかし遠回りしたことで、さまざまな角度から事象を切り取る複眼的思考が身についたように思います。それらを通奏低音として、ヒトラー自身を直接描かず、芸術家・哲学者・科学者・映画人・民衆の側からあぶり出してみました。主軸は「人間の営み」「人間性」です。■
本書は、本文170頁ほどの小冊である。
前半では、ヒトラーの言論統制、メディアの囲い込み、が語られる。作家、音楽家、哲学者、科学者を彼がどう扱い、彼らがどう対処したか。たとえば、フルトベングラーとカラヤン、カール・シュミットとハイデガー、原爆開発に関係した科学者が出てくる。芸術家の抵抗、屈服、自発的隷従、が次々に語られる。著者の視線は冷静である。多くの場合、知識人は、状況に適応して自己正当化を図ったと分析している。メディア抑圧は、統制の強化と資金供給の制御によって、行われた。
庶民大衆をナチス政権はどう統御したのか。後半部分の主題である。私はこの部分を特に興味深く読んだ。
ナチス政権は、ドイツの大衆に対して、徹底して「パンとサーカス」を提供した。マイホーム、国民車(フォルクスワーゲン)、耐久消費財、公共インフラ(アウトバーン=高速道路)、芸術鑑賞や国内外旅行機会の提供、軍需生産の拡大、これらが一体となって雇用が創出された。29年恐慌から脱出した。経済政策としては見事な成功である。
日本の総力戦体制が、コストのかからない国体イデオロギーの注入と生活水準の低下―「欲しがりません勝つまでは」、「贅沢は敵だ!」―を正当化したのと対照的である。
この政策基盤にあった理念に、国民の「同質化」Gleichschhaltungがある。著者は、「同質化」を人間関係の社会主義と捉えている。それは労働者階級の閉塞感や格差への不満を解消した。同時にそれは、「排除の論理」から「抹殺の論理」を生んでゆく。対象は、ユダヤ人や差別される人々、心身の障害者であった。
著者は、「ナチス政権はなぜ生まれたのか」を追跡するために、様々な学問的方法で接近を試みるうちに辿りついたのが、心理学と生物学であった。
詳述される「人間の『服従の心理』実験」(別名「アイヒマン実験」)や「模擬監獄実験」は、ある意味で本書のハイライトをなしている。この実験は、普通の人間が一定の状況下では如何に残酷で非人間的になれるか、を明らかにした。それはオオカミなどに備わった本能的な「同類虐殺抑止力」を超えるものであり、現にアウシュビッツとヒロシマ・ナガサキで示現されているのである。
著者が、ヒトラーを舞台裏に忍ばせる方法での、ナチズム描写は成功したか。検証不能で不毛な観念論によるナチズム批判に比べれば実証的で客観的であ。成功といえる。
しかし、ナチズムを総括する著者の結論、あるいは著者の人間観、は明るいものではない。
私は本書を読んで、日本人が「3/11」以降に感じている不安、虚無、刹那感と、ナチズムの論理と心理とが、通底していると感じた。言葉としての「ファシズム」は消滅しても、実態としての「ファシズム」は生き残っている。それどころか、人々の心の闇のなかで肥大化している、と感じた。私の印象が「妄想」という人には、本書を是非読んで欲しいと思う。(2016/11/03・「日本国憲法」公布70年の日)
■船越一幸著『ヒトラー万歳と叫んだ民衆の誤算』、共同文化社、2016年10月刊、1500円+税
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