カナダ・オンタリオ州で南京大虐殺を記憶する日を設ける動きに対する、日系人団体の反対を批判する日系人の声明に賛同が集まっています。Japanese Canadians oppose Japanese Canadian groups’ opposition against Ontario’s Bill 79 – An Act to proclaim the Nanjing Massacre Commemorative Day
- 2017年 2月 21日
- 評論・紹介・意見
- 「ピースフィロソフィー」
カナダ・オンタリオ州の州議会で昨年12月5日、毎年12月13日を「南京大虐殺を記念する日」として制定する法案が州議会議員スー・ウォング氏によって提出されました。「南京大虐殺記念日を宣言する法案」(Bill 79)である。この法案はオンタリオ州HPにあります。
この法案は、アジア側の第二次世界大戦については広島・長崎の原爆投下は特によく知られているのに比べ、南京大虐殺をはじめとするアジアにおける残虐行為の数々についてはオンタリオ州において十分に知られていないので、このような歴史を学び教訓を得る重要性を強調しています。オンタリオ州はカナダの最大都市トロントや首都オタワのある州、人口はカナダ最大(約1400万人ーカナダ全体では約3600万人)、アジア系住民も一番多い州(約260万人)です。オンタリオ州住民の中には、南京大虐殺に直接影響を受けた人々もいるとも指摘します。日本の占領下で20万人以上の中国の民間人と兵士が無差別に殺された事件の被害者に思いを馳せ記憶するために、12月13日を「南京大虐殺を記念する日」として制定する、とする法案なのです。
世界各地での、日本軍「慰安婦」を記憶するための碑や像には産経新聞、ナデシコアクションといった歴史を否定する勢力や日本政府自身が反対したり反対を促進したりしてきているが、今回も、こういった勢力は日本からたくさんの苦情を送ろうといった運動を起こしているようです。「南京大虐殺はなかった」とか、慰安婦に「強制がなかった」とか、日本でしか言われていないようなガラパゴス的歴史否定の論を海外にばらまく恥ずべき集団の数々です。
このような日本からの動きはさておいて、今回紹介するのは、これに対して、オンタリオの日系移民や日系カナダ人の中で反対する動きと、その反対を批判する動きが出ていることです。
NAJC(全カナダ日系人協会)は昨年12月7日に会長デイビッド・R・ミツイ氏の名前でBill 79に対する反対声明を出しました。反対理由(要約)は、1)外国政府同士の問題でありオンタリオ州とは関係ない;2)誰をも歓迎する開放的なオンタリオ州において、この法案は日系カナダ人社会への憎悪を促進する;3)この法案を通したら、国外で起きた事件について記憶するような同様の主張が堰を切ったように起こるであろう;4)この国の多様な構成員により成し遂げたことを祝うべきである;5)私たちは平和教育についてよく考え、全ての暴力と戦争を拒絶するべきである、とのことです。
NAJCは「カナダにおける17の構成団体を代表する唯一の団体(うちオンタリオは4団体)」と主張し、これが日系カナダ人団体のコンセンサスであるかのような言い方をしていますが、このNAJCの青年グループのメンバー、伊藤レン氏らから異議が上がり、このNAJCによる反対を取り下げることを求めるカウンター声明が出されました。これには、作家のジョイ・コガワ氏、広島の被爆者であるサーロー節子氏も賛同しています。私も賛同しました。
このカウンター声明の要旨を言うと、
★外国政府のことだから関係ないというが、NAJCは戦前からの日系人と戦後移住者双方を代表し、外務省を含む日本の機関と緊密に連携してきたのだからこの問題を「外国のもの」とはすることは矛盾している。
★この法案が「不寛容を促進する」とNAJCが主張するのは、ひとつの少数派の主張はもう一つの少数派を犠牲にすることを伴う、といった、どちらかを取るようなゼロサムゲームと見ることである。これは非常に問題のある見方だ。
★「達成を祝うべきだ」(注:過ちを非難するのではなく)とか、「全ての暴力と戦争を拒絶する」(注:特定のものではなく)とか言うのは私たち日系カナダ人が戦時強制収容への補償と謝罪を要求していたときにまさしく受けた、歪んだ非難である。
★日系カナダ人が勝ち取った「リドレス」(戦時収容への謝罪と補償)を思い起こせば、私たちは他者の正義への闘いに連帯する責任があるのだ。日系カナダ人の闘いのときに支持してくれた団体のひとつ、コリアン系カナダ人文化協会(KCCA)はこのBill79を支持している(「慰安婦」の歴史への気持ちを反映しているといえる)。NAJCがKCCAのような、私たちの闘いの時代の仲間を支持できないのであれば、NAJCは正義を求める勢力としての道義的正当性を失うであろう。
★このように、他者の痛みやトラウマと関連する複雑な問題は、まず関係者同士の対話を築かないといけない。しかしNAJCが、対話する相手に対して完全に不当な対立をしている限りはそのような対話を始めることすらできない。
このNAJCへのカウンター声明には、これらの理由から、NAJCのBill 79への反対を取り下げ、「難しくとも必要とされる和解の道にコミットするよう」促しています。
これに対してカナダの日本人、日系人、日系社会で活発に活動してきた人たちから賛同を募っています。このフォームで賛同できます。
これについて、トロント在住の日系移民であり、カナダ全国の日系人むけの月刊誌 Nikkei Voice (1987年創刊)の元日本語編集長の田中裕介氏のコメントを以下紹介します。
問題は、B79に対して日系社会の中から、反対する運動が出てきたことで発生した。法案反対の署名運動を展開しているのは、全カナダ日系人協会(NAJC)と、もう一つ団体、トロントの日系文化会館(JCCC)です。
日系文化会館は、今回初めて慈善団体の資格を失う恐れも辞せずに関与し出しました。両団体ともに、日系人の第二次大戦時の強制収容体験を引き合いに出しており、NAJCは、B79は、外国の問題である、不寛容を助長する、他国の多くの問題を持ち込ませる結果となる、カナダが多様な民族の集合体であることを祝福すべきだ、暴力や戦争を拒否し平和教育を考えるべきだ、等。
後者JCCCは、これに加えて、B79は80年も前の問題であり、これまでの日本とオンタリオ州の文化、経済分野での貢献に否定的な影響を与える、かつて18000人の日系人が迫害された。これは外国の記念日を法制化するもので、これによりまた日系人を嘲笑(derision)の標的とするものだ、等。
これに対して、NAJCが育ててきたユースグループが、会長を名指しで、それは全く間違っていると、いうならば飼い主に噛み付いた。NAJC会長に宛てた伊藤レンの手紙がそれだ。手紙の内容は、NAJCのB79への反対理由は、正義を求める戦いをしてきた人々を黙らせ、疎外するレトリックだ。迫害された過去の不正義を正す戦いであり、日系人は彼らと一緒になって正義を求める責任があるのだ。この問題が複雑であることは間違いない、まず最初にすべきことは、反対運動に立ち上がることではなく、彼らの代表と対話を持つことではないのか、それゆえ、この反対署名運動は撤回すべきである、等。
1988年、日系社会はカナダ政府の謝罪と補償を勝ち取るという、これまでの世界の人権、公民権運動にない、初の金字塔を打ち立てました。私が日系新聞の編集者として雇われたのは、その1年後のことでした。
当時、日系社会はカナダの人権運動の牽引車だと称えられて燃えていました。日系ボイスの編集方針は明快で、人権運動の推進、コミュニティの再興、他のエスニック団体の戦いに協力するというものです。
第一に取り組んだのが、先住民との共同での大地と霊の祭りの開催。1991年、ハーバーフロントに三日間で10万人の人を集めました。続いて、中国系、コリア系、フィリピン系、カナダの香港P0W南京虐殺事件、従軍慰安婦問題の解決のための支援でした。
こういった集会には、必ずNAJCの代表が挨拶に立っていました。
ここで、皆さんにみてもらいたいのは、NAJCはかつては他者の問題に対して、自分たちの体験を踏まえた共鳴感compassionを示し、共闘してきたということです。つまり、人権運動の牽引車として姿勢を示していたということです。この姿勢は、1990年代を通じて続きました。
リドレスから来年で30周年を迎えます。さて、もう一度、B79に対するNAJCの主張を吟味してください。
その文面には、他者の立場に対する共鳴、同情という多民族共生社会には必要欠くべからざる想像力が全くないことに気づいてください。
オンタリオ議会は、1998年にホロコースト記念日を制定しました。これは、ユダヤ系に対する根深い人種差別に対して政府は断固たる態度を取るぞという決意表明でもあります。
これに対して、ユダヤ系を差別する側から「不寛容を煽るな」という反対運動が起きたでしょうか。
また、Mayor for Peaceを自称するトロント市長は、核兵器に反対し、世界平和に貢献すべく1983年に市庁舎前に平和庭園を造成し、広島の灯、長崎の水を注いで今に至っています。
私たち、トロント広島長崎原爆記念日連合は、毎年、この平和庭園の前で8月6日に灯篭を各自が作り、池に浮かべて、戦争で犠牲になったあらゆる人への思いを馳せて、平和な世界の樹立を願う集いを続けています。
これに対して、いやあの原爆投下は正しかった、平和集会を止めろと反対運動があったでしょうか。
米国人からの妨害などありませんでした。しかしながら、ここへきて、日本人コミュニティから信じられない挑戦状を突きつけられたのです。
それは、昨年夏のイベントで、平和への思いを込めた言葉を書いた灯篭の中に、「南京虐殺は捏造だ!」、「憲法9条はいらない!」と日英語で書かれたものがあったのです。(下に写真)
2016年8月6日、トロントで広島長崎を記憶する 灯篭流しでこのようなメッセージを書いた人がいた。 Abolish Article 9! (憲法9条を破棄せよ!) Nanjing Massacre was fake.(南京大虐殺は嘘だ) とある。「平和」の催しで信じがたい。 |
イベント終了後の掃除中にこれが発見され、あまりのことの重大さに、対応を検討すべく、広げて写真におさめたものです。
問題は、参加者の中もいた、戦後移住者のリーダー格の人が得意げにこれを書いていたということです。
不寛容を煽っているのは、一体どういう人たちなのでしょうか。しかも、戦争犠牲者の慰霊の場であることも全く念頭にない。
憲法9条を、1946年、当時の日本人たちがどんな思いで制定したのか、80年前の南京市の女学生たちが、農民たちが、殺される直前に経験した恐怖は一体どんな光景だったのか。
あらためて、記憶にとどめ不戦の誓いを他のカナダ人と一緒に、日系人が先頭になって行うことに、何の羞恥の念もためらいも必要ありません。
そして、多民族社会であり、とりわけアジア系が他都市よりも多いオンタリオで、欧州の歴史とアジアの歴史を学び、次世代が平和な未来を築く材料としてほしいと思います。
以上、30年前からトロントで人権運動に関わってきた一人の日本人移民の意見です。
( たなか・ゆうすけ 元日系ボイス・マネージングエディター 。
現在は日系メディア等に寄稿している。トロント憲法九条の会、広島長崎記念日連合委員、トロント・コリアン映画祭理事。1994年以来トロントで「語りの会」を主宰し、海外にも出張し英語で日本の昔話、アイヌ民話や創作話などをギターの弾き語りをまじえて演じている。1951年札幌市出身。早大卒。当ブログでの田中氏の過去記事はこちらを。)
以上、田中裕介氏のコメントでした。私も深く共感できます。いろいろな意見があるでしょうが、日本軍が行った「慰安婦」や「南京大虐殺」といった残虐行為を記憶し歴史の教訓を次世代に生かそうとする行為に対し、日系人や日本移民が率先して組織的に反対するのは本当に恥ずべきことと思います。
オンタリオ州議会の「南京大虐殺を記念する日」制定への法案、Bill 79への日系人団体の反対を取り下げるよう呼びかける伊藤レン氏のレターへの賛同はこちらのフォームからしてください。(カナダの日系人、日本人、日系社会に関与している人たちに呼びかけています)。
初出:「ピースフィロソフィー」2017.02.20より許可を得て転載
http://peacephilosophy.blogspot.jp/2017/02/japanese-canadians-oppose-japanese.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion6522:170221〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。