トランプと難民
- 2017年 2月 28日
- 評論・紹介・意見
- 岩田昌征
「ちきゅう座」でスペイン・バルセロナ在住の童子丸開氏による論稿「『難民引き受け』ばかり叫ぶ者は恥を知れ!トランプ:中東に“安全地帯”を作って湾岸諸国に支払わせろ!」(2月21日)を読んだ。
平成23年・2011年3月11日の大震災・原発爆発から数日たって、我が妻に大使館から避難勧告文書がとどいた。「出来るだけ早く、日本国外へ出るように。それが出来ないならば、関西方面、それより西へ避難するように。大使館もまた大阪の領事館へ移動する。」と言う趣旨だった。日本のマスメディアの情報よりも数倍切迫性の強い文面であった。急に言われても、航空券を5人分すぐに買えないし、関西方面に親族もいないし、とやや動揺した覚えがある。たしかに、関係当局の放射能情報を入手でき、諸外国公館と付き合いのあった日本人教授が家族連れで関西空港から東南アジアへ急遽飛び立ったと言う事例もあった。また、ドイツ等のヨーロッパ諸国のビジネスマンは社命かつ社費で日本から逃げ去った。中国人も同じく。
私は、反原発情報啓蒙活動家集団の「たんぽぽ舎」が原発事故直後に自分達のオフィス面積を二倍に拡張すると言う情報を得て、安心した。危険な大事件に違いないが、東京住民の安全がただちに脅かされる訳ではない、と原発に反対する専門家集団が自分達の身体行動で示してくれたからだ。もっとも何年かたって、「たんぽぽ舎」を訪れてこの件をきいてみると、「たんぽぽ舎」関係者の5パーセント位は東京から逃げ出したらしい。想像すれば、日本国政府が出さない東京都民への避難勧告を、一個の市民団体が、諸外国大使館が在住自国民に出したように出して、自身避難を実行するか、それとも東京にとどまって必要度のたかまった反原発活動をレベルアップするか、の大決断があったのであろう。
そんな頃、ベオグラードの友人に電話した。私が頼みもしないのに、「東京は非常に危ない。早くこちらへ来い。我家に来い。」と言ってくれた。その瞬間、私は運の良い難民になった気分だった。
私=岩田は、4年半後、「ちきゅう座」に「シリア人等難民問題――生命から生活へ」(平成27年9月25日)と「『土と汗』か『お金』か――シリア難民に思う」(9月9日)を書いた。
あの原発大事故の被害範囲があの規模にとどまったのは、全くの僥倖であって、場合によっては関東全域住民が避難せざるを得なかったかも知れない。そうなれば、日本国内のみでは対応できず、近隣諸国に日本人難民が流れ込んだかも知れない。そう考えると、日本国は外国人難民受け容れにもっとオープンになってよいだろう。このようにそこで記しておいた。それは、古典的なことわざで言えば、「なさけはひとのためならず。」であるからだ。「難民引き受け」ばかり叫ぶ者ではない。
トランプ大統領が中東に難民のための安全地帯を作ってその費用を湾岸諸国に支払わせろと叫んでいると言う。アメリカ合衆国に難民を近寄せないためだ。上記の拙文に書いたことを、現状をふまえて再論しよう。
サウジアラビアを始めとする湾岸諸国は、トルコ、レバノン、ヨルダン、イラク、エジプトに設置されている「安全地帯」=難民収容テント村の設営・維持コストをすでに9億から30億ドル支払っていた。トランプ提案はすでに実現されていた。それは、湾岸諸国が難民を引き受けない為にだ。
ここ数年目撃されるヨーロッパ志向難民は、戦火から生命からがら逃げて来た直接避難者ではない。トランプの言う「安全地帯」、あるいはその周辺に何年も暮し、そこに生活の将来展望が見い出せないと悟ったエネルギーある青年男女が主だ。何故に湾岸諸国は、彼等を受け容れない?! 湾岸諸国は、世界でも第一級の富裕国だ。東南アジアから多くの出稼ぎを受け容れている。
それなのに同じアラブ人で宗教も言語も習慣も同根の人々を引き受けないのか。私見によれば、湾岸諸国の国体が王制、君主制、首長制であるからだ。それに対して、シリアやイラクは王制を打倒した国々、民主的ではないにせよ、世俗共和制の社会だ。そのような社会で教育を受け、長く生活した同じアラブ人青年男女が湾岸諸国に大量に流入すると、王制、君主制、首長制の国体が脅かされる恐れがある。
トランプ大統領の登場以前のアメリカ指導層は、共和党か民主党かを問わず、湾岸諸国の政治秩序の安定性を保証していた。ヨーロッパ諸列強の指導層も同様だ。いわゆるアラブの春はすべて共和制諸国で起こっていた。そして政治経済秩序を解体し、難民の出現を必然化していた。しかもその難民の流れは、ヨーロッパへ誘導され、湾岸諸国へのルートは閉鎖されている。不思議だ。そして童子丸によれば、かかる難民引き受けをアッピールする数十万人の市民大集会がバルセロナで開催されたと言う。
さて、トランプ大統領はかかるヨーロッパ・リベラルとアラブ王制の不思議な共棲複合体をどう見ているのだろうか。
平成28年2月26日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion6540:170228〕
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