周回遅れの読書報告(その31)資本主義と民主主義の両立は可能か
- 2017年 10月 28日
- 評論・紹介・意見
- 脇野町善造
新聞を読んでいたら、鷲田清一氏がホセ・ムヒカ(前ウルグアイ大統領)の発言を紹介していた。これを読んでいて、ムヒカ氏の古いインタビュー記事を思い出した。
2016年4月1日の朝日新聞にそれは載っていた。ムヒカ氏は「世界で一番貧しい大統領」と言われた人物である。この人の言葉は実に分かりやすい。格差が広がった理由は何かと聞かれて、ムヒカ氏はこう答えている。
「次々と規制を撤廃した新自由主義のせいだ。市場経済は放っておくと富をますます集中させる。格差など社会に生まれた問題を解決するには、政治が介入する。公正な社会を目指す。これが政治の役割というものだ。国家には社会の強者から富を受け取り、弱者に再分配する義務がある」
考えてみれば、彼の発言は当たり前の話である。なぜ、こんな当たり前の話(格差是正のために市場に政治が介入すること)が実現できないのか。なぜ公正な社会を目指すことができないのか。それと反対のことが当然のように行われているのは何故か。ムヒカはマルクス主義者だとばかり思っていたが、そうでもないらしい。彼はインタビューのなかで次のようにも言っている。
[自分を政治的にどう定義するかという問いに対して]「できる限り平等な社会を求めてきたから左派だろう。ただ、心の底ではアナキスト(無政府主義者)でもある。実は私は、国家をあまり信用していないんだ」「…国民は、国家というパパに何でも指示されていてはいけない。自治の力をつけていかないと」
国家をあまり信用してはいけないということも、本当は「当たり前の話」である。どうしてこんな当たり前の話が分からないのかと首を捻っていて、ヴォルフガング・シュトレーク『時間かせぎの資本主義』の中の主張に思い至った。シュトレークは次のように言う(97頁)。
もし民主主義とは市場で行われる経済的財の分配に市民の名において公権力が介入していく体制のことだと理解するならば、新自由主義は民主主義的国家とは相容れない。
そういえばポランニーは、「ファシズムは民主主義と資本主義の両立不可能性から生じる」と言っていた(『市場社会と人間の自由』、105頁)。同じようなことがスペイン市民戦争の初期にフランコ派からも主張されていた。フランコ派の主張はこうである(フェリックス・モロウ『スペインの革命と反革命』、25頁)。
資本の真の支配者であり、ブルジョア社会の真のスポークスマンであるわれわれ(「フランコ派」のこと:引用者)は、資本主義が存続するとすれば民主主義は終熄せねばならないことを諸君に告げる。アサーニャ(スペイン市民戦争当時の共和国大統領:引用者)は民主主義か資本主義のいずれかを選択せよ。
ファシスト(フランコ)派が「資本の真の支配者であり、ブルジョア社会の真のスポークスマン」であるとは、よくも(「正直に」)言ったものだ。ともかく、民主主義と資本主義の両立不可能性はもう80年も前から言われていたということだ。もともと資本主義は民主主義になじまないのだ。それが「ファシズムは民主主義と資本主義の両立不可能性から生じる」(ポランニー)ということになる。
国家を信用しないから投票に行かないのだと主張があるようだが、低投票率の原因がそこにあるとも思えない。シュトレークの『時間かせぎの資本主義』には次のようなことも書いてある(前掲書96頁)。
…資本主義的民主主義国家における投票率の低下[は]選挙民の満足ではなく、諦念の表明であることを物語っている。特に新自由主義的転換の敗北者たちは、政権与党の交替から何を期待したらいいのか、もはや分からなくなっている。「グローバル化」のTINA政策(There Is No Alternative「他に選択肢はない」)はもうずっと前から社会の底辺に到達し、特に、政治の変化に一縷の望みをかけるほかないはずの人々の目に、選挙が何の変化ももたらさないものと映っている。
安倍首相はかつて「この道しかない」という文句で選挙を勝利したが、人々に選挙への幻想を捨てさせ、投票率を低落させる実に見事なスローガンだということになる。
新自由主義的政策を進める政党が、今回もまた、低投票率下で大勝したのをみて、『時間かせぎの資本主義』をもう一度読んでみたくなった。
W・シュトレーク『時間かせぎの資本主義』(みすず書房、2016年)
カール・ポランニー『市場社会と人間の自由』(大月書店、2012年)
フェリックス・モロウ『スペインの革命と反革命』(現代思潮社、1966年)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion7065:171028〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。