ロヒンギャ危機に潮目の変化か、イラワジ紙が社説 - 政府の責任で、安全な帰還と市民権を保障せよ -
- 2017年 11月 9日
- 評論・紹介・意見
- ミャンマーロヒンギャ野上俊明
国連安全保障理事会は6日、ロヒンギャ難民問題について、ミャンマー政府に同州で行き過ぎた軍事力使用を抑制することを求める議長声明をまとめました。安保理は情勢を注視し続け、事務総長が30日後に現状報告するとしています。中国とロシアの反対があるなか安保理決議は断念して、どうにか議長声明までこぎつけました。依然スーチー政権にとっては厳しい国際社会からの縛りであり、アナン勧告にしたがった実行力の試されるこれからが政権の正念場です。※
※11/7付 朝日新聞によれば、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、バングラデシュの難民支援当局とともに同国のロヒンギャ難民キャンプをまわり、12万284世帯、51万7643人の調査を終えたことを明らかにしたとのこと。ロヒンギャ問題では久々に国連諸機関の活躍が輝いて見えます。
さて、本題です。嬉しいニュースですが、ミャンマー国内でイラワジ紙がリベラルな本来の立ち位置に復帰、ロヒンギャ危機に対する明確な態度を表明しました。9,10月の段階ではスーチー政権支持を打ち出し、国際社会と対決する構えさえ見せていました。軍政期から今日まで一貫してリベラリズムの立場を貫いてきた同紙の創業者兄弟(アウンゾー、チョーゾワモー)までもが仏教排外主義に屈服したかと、内外の人権派やリベラル派を大いに落胆させました。しかしここへ来てロヒンギャという名称を堂々と使っての180度態度転換です。勇気ある自己修正能力を称えたいと思いますが、女性が半数を占める若いスタッフの力が社内世論を変えたのでしょうか。
以下、労をいとわず内容紹介いたします。(イラワジ紙 社説 11/6)
最初に「協力(協調)がラカイン危機解決の鍵」として、関係者である国軍、ミャンマー政府、アラカン政府、ロヒンギャ、国連(国際社会)などによる協力を求めています。五者会談のような政治的枠組みができればベストでしょうが、いずれにせよロヒンギャを代表するのは誰かという問題が出てくるでしょう。それにしても調停者としてアセアンの名前が出てこないのは残念です。内政不干渉の原則に逃げ込んで、地域共同体としての政治的脆弱さが露呈した形になっています。
イラワジ紙は婉曲的にですが、スーチー氏の国軍への対応の甘さについて触れています。9月19日の演説でスーチー氏は国軍についてこう述べています。
「治安部隊は治安出動を行う際、厳格に行動規範を遵守し、最大限正当な自制を働かせ、付随的な被害や無実の民間人の害を避けるための完全措置を講じるよう指令されているのです。 人権侵害や、安定と調和を損ね法の支配を損なうその他すべての行為は、司法(正義)の厳格な規準に従って対処されます」
現地の実態とあまりにかけ離れた言説に、国際社会は唖然としました。おそらくスーチー氏は建前論、「あるべき」論を述べることによって、国軍が政府の窮地を察してくれて行動を自制してくれることを期待したのでしょう。しかし演説以降も国軍の迫害行動は止まず、ロヒンギャの脱出は続きます。国連はじめとする国際社会が国軍の掃討作戦は「民族浄化」という第一級の犯罪行為に当たるとしているときに、スーチー氏の国軍へのかばい立てとも取れる弱々しいメッセージは国際世論を大いに失望させ、彼女の名声は回復不可能なほど失墜しました(ノーベル賞委員会には賞を剥奪せよとの怒りの訴えが殺到し、委員会はそれは不可能なことと応じたそうです)。
国軍がどういう性質の軍隊か、過去半世紀の苛政に果たした役割からスーチー氏は十分認識しているはずではないかと、イラワジ紙は言いたいのでしょう。その通りです。2012年のロヒンギャ危機の際も国軍が反ロヒンギャ暴徒に加担したことは明白なのにその重大性を認識せず、どっちもどっち論を沈黙と無作為の言い訳として述べたのです。今回の危機でも、現地情報をフェイク呼ばわりしたりして事実を糊塗する姿勢を示し、国連調査団の現地入りを拒否し(今なお拒否しています)、真相が究明されるのを恐れ妨害したのです。これはいかなる理由があれ、国軍の犯罪に対する加担行為だと非難されても仕方ないのです。
自宅軟禁時代スーチー氏を熱烈に支持・支援した国際世論が不可解としたのは、スーチー氏にとっていちばん頼りなるはずの国民大衆や国際社会の支持を活用せず、国軍への配慮で自縄自縛の状態に自らを追い込んだことです。(これは先の拙稿で指摘したように、真の民衆運動育ちでない二世指導者としての限界と国軍協調路線の失敗が露呈したものです)
イラワジ紙は、スーチー氏に国民との関係を改めるようアドバイスします。――これからは有能なスポークスマンを配置し、国民に向かって折に触れ語りかけ、十分な情報を提供し、政策を説明してみなに協力を訴えるべきなのだと。そのうえで、同紙はロヒンギャ問題について以下のような提言を行ないます。
政府は、約束どおり、帰還手続を加速すること。 すべての帰還民とその世帯の安全を確保しなければならない。同様に重要なのは、10月にラカインの紛争の一部で再開された国家認証カードのプロセスでは、政府がロヒンギャに市民権を正当に付与する必要性があるとしました。おそらく正面切って、ミャンマーのジャーナリズムが市民権付与を打ち出したのはこれがはじめてでしょう。リベラル派の真骨頂ここにありと称えたいと思います。
そしてすべての関係者に訴えます。
「アラカン族の人々は、ここに生まれて生活しているロヒンギャの人々との共存を否定することはできません。一方、ロヒンギャは、市民権とその基本的権利を超えて多くのアラカン人が懸念するように、分離主義的計略を持つべきではありません。欧米の国々、国際連合、国際機関は、ラカインの問題は彼らの多くが知っているよりずっと複雑で敏感であると理解しなければなりません。 こうした不安定さは、ミャンマーの民主化の脆弱な状態への潜在的な脅威となることを認識しなければなりません」
「軍事指導部がラカイン紛争が国の『安定』を危険にさらしていると感じるならば、軍事政権への復帰(=クーデタ N)がありうることを排除することはできません。さらに、1960年以来初めて選挙で選ばれた政府をいまにも弱体化させようとする、政治的機会主義者や超国家主義団体がいるのです。政府が何十年もの軍事的支配のもとで生まれた問題に対処する初期段階にあることを理解することもまた重要です。 政府は、各省や総務局などの主要な機構の中にいる多くの元軍高官を退けることはできないでいます。 アナリストらは、これらの高官たちが政府の努力を妨げる可能性があると見ています」
「最後に重要なこととして、国際社会は、政府とミャンマーで最も強力で確立された機関である軍の関係が安定していないことを知る必要があります。 スーチー氏は、ラジオフリーアジアとのインタビューで、『正常』と述べましたが、他の兆候は関係が良くないことを示唆しています。同様の危機に直面している他の国々でもそうでしょうが、政府と軍が最も重要なアクターであり、協力しなければならないのです。危機は国際的な援助を必要としています。したがって国際社会、とりわけ西側諸国にはこれら二つの重要なアクターにアプローチして、すべての利害関係者が協力できるようにするために、賢明な外交と、国の歴史の深い理解と、より大きな見取り図vision of the bigger pictureが必要なのです」
近年このように深い見識と広い視野に充ちたことばにミャンマー関係で出会ったことはありませんでした。民主化勢力の立て直しのために関与者全体が努力すべきだとの自覚を促す文章です。88年以降の30年間を無駄にしないためにも、いまみなの心をひとつにすべきときなのです。
2017年11月9日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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