米中貿易戦争とは何なのだ・・・本当の対立軸はどこに? - 3、トランプは習近平の救いの神 -
- 2018年 8月 25日
- 時代をみる
- トランプ田畑光永米中貿易習近平
新・中国管見(42)
米中間の貿易インバランスをめぐる貿易戦争はいよいよ23日から双方が新たに相手からの輸入品160億ドル分に25%の追加関税(すでに追加関税の対象となっている340億ドル分と合わせると各500億ドル分)をかけ合うことになって新しい段階に入った。
一方、政府間交渉は22、23の両日、ワシントンで第5ラウンドが開かれた。これまでの交渉を振り返ると、第1ラウンドが2月27日~3月3日にワシントン。第2ラウンドが5月3日、4日に北京。第3ラウンドが5月15日~19日にワシントン。第4ラウンドが6月2日~4日に北京で行われた。
第1に気の付くことは、中国側が米に出向いた交渉は各5日間行われたのに対して、米側が中国に出向いた交渉は2日ないし3日で終わったことだ。これはおそらく中国側が米に赴いた際には、米政府の複数の関係者と話し合いを重ねたのに対して、米側が訪中した時には代表団同士の話し合いだけだったためと推測される。
代表団の顔ぶれをみると、中国側は第1回から第4回まで劉鶴副首相が首席代表を務めたが、米側が訪中したは第2回の首席代表がムニューシン財務長官、同じく第4回がロス商務長官と一定していなかった。しかも、この両氏のほかに米側にはライトハイザーUSTR代表という強硬派がいるが、この人物は北京には行っていない。
これだけの材料からあまり多くを推測するのは危険だが、第1回のワシントン交渉から第2回北京交渉までの空白が60日間と長く、第4回と今度の第5回の間も78日とさらに長いところからは、両国政府が事態を緊急に収拾しなければならない重大事案とは考えていないことがうかがえるのではないか。
それに78日も空白が続いた後の第5回にはこれまでの主席代表は出席せず、次席級以下の交渉になった。膠着状態の打開を目指すというより、時間つなぎといった感がある。そしてさまざまな兆候から伝わってくるのは、トランプ大統領は11月の中間選挙に向けて中国を相手にはげしく闘っていると有権者に見せれば、それで当面の目的は達成されたと考えているらしいことだ。EUと話し、カナダと話し、日本とも話をしたその一環としての中国に過ぎない。
それにしてもいかんせん、米中貿易は総額で6300億ドル、そのうち米からの輸出は1300億ドルで、中国の輸出が5000億ドル、表面的には大変なインバランスであるから、トランプ大統領にしても大声で突撃命令を出さないわけにはいかない。けれども、大きなインバランスは「中国がサプライチェーンの末端にあるため」(黄益平・北京大学教授『日経』9018・08・20)であって、たとえば「ⅰphoneの中国における付加価値は5%に過ぎない」(同)という中国側の主張のほうが説得力があるから、インバランスが大きくとも、それを高率の制裁関税で解消しようというのはどだい無理な話なのである。
それが分かっているから、交渉には緊迫感がないのであろうし、どうやら米中間選挙後に予定されるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議やG20(20か国・地域首脳会議)などの場でトランプ・習近平会談を設定して、そこで何らかの手打ちが行われることになるらしい。
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さて、その首脳会談で貿易「戦争」は一件落着か、問題先延ばしの合意かが実現するとして、それで米中関係は落ち着きを取り戻すのだろうか。事態は逆で、むしろ、トランプ大統領が「貿易」戦争をもちだしたために、より深刻な緊張の種がここ半年ほどぼやけてしまっていたというのが実のところのような気がする。
2010年に中国のGDPが日本を抜いて、世界2位の地位に上り、その後も中国は下り坂とはいえ、他国に比べれば高い成長を続けて、今やGDP総額では米の3分の2に迫っている(米19兆ドル超、中国12兆ドル超、2017年)。そこで世界では、古代ギリシアのスパルタとアテネの戦いを連想して「ツキディディスの罠」を引き合いに出したり、あるいはぐっと現代に降って、米は他国のGDPが自国の3分の2に迫った時にはその国をつぶすと、ドイツ、日本、(旧)ソ連を例に引き、中国がその道を辿るだろうとの予言が市民権を得つつある。
それかあらぬか、昨年あたりから米が故意に中国を刺激しようしているかに見える行為に出てきたことが目を引く。それは軍事面、科学技術面、台湾の扱いの3つの分野で同時進行で行われている。
簡単に振り返ってみると、軍事面では中国が南シナ海の複数の無人島を埋め立てによって拡張、軍事施設を建設していることに対して、米軍は周知のように「航行の自由作戦」として、ミサイル駆逐艦を何度も中国が領海と主張する海域を航行させてきたが、最近ではB52大型爆撃機を南シナ海上空に飛ばすなど、活動をエスカレートさせている。
台湾については、トランプ大統領が当選直後の一昨年秋、台湾の蔡英文総統との電話で「総統」と呼びかけて物議をかもしたが、これはトランプ流の一過性のエピソードで終わった。ところがその後、米政府は今年3月に「台湾旅行法」を成立させて米、台湾双方の政府関係者が相手国を公式に訪問することを認めた。6月には台北に2億5000万ドルを投じた米国在台協会(AIT)の新庁舎が完成し、マリー・ロイス国務次官補が訪台して、蔡英文総統と並んで落成式に臨んだ。この庁舎には警備のために米海兵隊を常駐させるという話も取り沙汰されている。
さらに最近では、今月19日に蔡総統が中南米歴訪の旅の帰途、米テキサス州ヒューストンの航空宇宙局(NASA)ジョンソン宇宙センターを訪問し、その模様はメディアで米国内にも伝えられた。中国にすれば腹わたが煮えくり返る思いであったろう。
それに対して中国側の反応は意外なほどに抑制的である。台湾問題を「核心的利益」と位置づける中国政府だから、同じことを他国がすれば、かつての尖閣をめぐる反日騒ぎや、高高度ミサイル防衛システム(サード)をめぐる反韓国騒ぎどころではないはずなのに、米に対しては外交部スポークスマンが「抗議の申し入れをした」という程度にとどまっている。
軍事面では4月、台湾が進めている潜水艦の自主建造計画について米企業が協力することを米政府が認めた。中国はこのところ爆撃機に台湾を周回させたり、周辺での軍事演習を繰り返したり、さらには「台湾の武力解放は100時間で十分可能」といった論文を雑誌に発表させたりと台湾への圧力を強めているが、それに対抗するように米政府が米企業に台湾の軍備増強に協力させることはこれまでの限界を大きく踏み出したものである。
こうした軍事、政治面での米中対立とちがって、なかなか表面化しないのが科学技術面での対立であるが、その一端が先ごろ、「貿易」戦争のさなかに火を吹いた。4月、米商務省が深圳に本社を置く中国国営企業で通信機器大手の「中興通訊」(ZTE)という会社と米企業が取引するのを7年もの長きにわたって禁じる決定をしたのである。理由は過去にZTEがイランに向けて違法に通信設備を輸出し、それが摘発されて昨年3月に罰金の支払いで合意したが、その後も不正を続けたということで、厳しい制裁となったものである。
ZTEは米国内でスマホではかなりのシェアを持つが、基幹部品を米企業の製品に頼っているために、その供給が絶たれることになり、一時は倒産の危機に陥った。
中国はかねて商取引に際して、技術移転を要求したり、サイバー攻撃などさまざまな手段で技術を窃取したりするということで、米政官界には中国批判が積み重なっていたが、さる2015年に中国が「中国製造2025」という技術革新の目標を設定したことで、米国内の警戒心はより一層高まっていた。
そこへZTEの一件が持ち上がったのだが、じつはこの件は興味深い結末を迎えた。習近平主席から電話でZTEの生き残り策の陳情を受けたトランプ大統領が、いろいろ曲折はあったものの自ら主導して同社を生き残らせたのである。
5月末に明らかになった解決条件は、ZTEは13億ドルという巨額の罰金を支払うほか、役員の総入れ替え、さらに以後、違法行為を行わないように見張るための米国人の役員を受け入れるなど、きわめてきびしいものであった。
しかし、中国はその屈辱的な条件を受け入れた。メンツよりも技術が大切、技術が欲しいということであったろう。
一方、米国内ではこの取引に議会共和党を中心に反対の声が上がった。しかし、大統領の決断を妨げることはできなかった。つまり、「貿易」戦争のさなかに起こったZTE問題はトランプ大統領にとっては、戦いの本筋ではなかったということである。興味深いといったのはその点である。
あえて予測を交えた私見を言わせてもらえば、米中の国をあげての対立は逆らい難い力に引きずられて今後ますますのっぴきならないものとなりそうである。台湾を含む南シナ海の海上覇権の争い、そしてITの5G時代の技術覇権をめぐる争いが主戦場であろう。後者は国と国との対立と国を越えての企業どうしに離合集散(特に電気自動車、自動運転車など)が絡んで、将来の道筋はまったく見えない。
しかし、ZTEをめぐる動きで分かったことは少なくともトランプ大統領本人は、米国内の保守本流ともいうべき議会共和党の大局判断とは全く別に選挙対策としての「貿易」戦争を戦っているということである。
先のことは分からないが、米中対決というのっぴきならない場面が迫る中で、米にトランプという大勢の見えない近視眼の大統領がいることは、中国にとってむしろ救いというべきなのかもしれない。
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