2018.ドイツ逗留日記(14)
- 2018年 9月 4日
- カルチャー
- 合澤 清
このところ「お別れ会」(Abschied Party)が続いている。
われわれが今夏のドイツを去る時期が近付いたためだ。
この時期になると、ドイツは急速に寒くなる。もちろん地域によっても異なるし、日によって暑くなる時もあるが、概ね気温はグーンと下がるのが普通だ。気温からいえば、6月の末ごろと今頃(8月末から9月初めにかけて)が同じくらいかなと思う。
朝の散歩の時には下着を二枚重ねた上に、ブレザーを着こむ。それでも、ズボンはあいにく夏用しか持っていないので、下半身はかなり冷える。当然、寒いので急ぎ足になる。
今まで日陰が嬉しかったのが嘘のように、陽だまりが恋しくなる。少しの温度差が人体に及ぼす影響の大きさに改めて驚く。
友人からのメールで、「東京もこのところ涼しくなり、最低気温が22℃になった」と知らせてきた。
「東京に帰りたいか?」と連れ合いに聞いてみた。「最高気温じゃなくて最低気温なの?そんなとこ、帰りたくない」という。確かにあの多湿では、あまり帰りたいという気持ちも起きない。しかも、周囲の自然環境からいって、ここにいる方が安らぐ。
今まで、数カ月間の干ばつから一転して、このところ雨も多い。公園や、散歩道の丘の斜面に繁っている草や木が、急に生き生きしてきたようだ。
リンゴは全く買う必要がない。この家の庭にもリンゴの木があり、たわわになっているし、散歩道の両側には何本ものリンゴの木があり、どれもがもう赤くなった実をつけている。7月ごろ食べたまだ青いリンゴは、すごく酸っぱかったが、この頃もいで食べるものは甘くなっている。野菜サラダに入れて食べると美味しい。
Rさんの誕生祝い
Rさんは、ハノーファー大学の機械工学を卒業して運送会社に勤務している50代の紳士である。身長は二メートルを超える大男である。しかし大変優しく、物腰の柔らかな、物静かな人だ。
彼との出会いは、ゲッティンゲンの行きつけの居酒屋にわれわれが通い始めた年からだから、かれこれ10年以上になる。
当時この店は経営者が変わって、新しく始めたばかりで、客もほとんどいなかった。そのせいで彼と知り合えたともいえる。彼はいつもカウンターの椅子に座り、静かにパイプをくゆらせていた。大変な酒豪で、どんなに呑んでも酔っぱらった姿を見たことがない。
店の常連客とは親しげにおしゃべりしながら、しかも決して大声を出すこともなく泰然として座っている姿から、われわれは勝手に、彼はきっとゲッティンゲン大学の教授に違いないと想像していた。
先日、その話をしながら、あの頃はまだ痩せていたよね、というと、自分のお腹を触りながら「そうだね、今は太ってしまったがね」とにやりと笑っていた。
ドイツ人には実際に「太鼓腹」の人が多い。日本にも「中年太り」という言い方があるが、ドイツでは「ドイツ腹(Bauch)」といういい方があるらしい。
これは油を使った料理のせいか、肉や乳製品を多く食べる食生活のせいか、それとも「甘いもの」が大好きなせいか、議論の分かれるところだ。
Rさんがこの店(居酒屋)の共同経営者で、ほぼ毎日顔を出しているのは、客寄せ(広告塔の役割)のためだということは、知り合って間もなく判った。
彼のファンはかなり多い。50ウン回目の誕生日のこの日も、夕方6時頃に店に行ったのだが、もう多くの知り合い、友人たちに囲まれていた。いつの頃からか、ドイツでも店内禁煙が法律で決められたため、彼もやむなく外の席でパイプタバコを吸っている。
われわれが店内で(店内=drinnenを好むのは私の趣味だが)他のドイツ人の友人たちと会って、話をしている時には彼はほとんど来ない。われわれだけになった時には、ふいにやって来て、一緒にビールを飲むことがある。
この日は、店内の一番奥に初老の客6,7人がいた。おそらく地元の人たちであろう。その人たちが、彼を呼んで、乾杯をしながらみんなで一緒に「ハッピーバースデイ、ツーユー」を歌いだした。彼も皆と一緒に歌って、手を叩いていた。
そして、その後はわれわれが帰るまで(9時半に迎えの車が来ることになっていた)、われわれの席に座っていてくれた。
Cさん宅での寿司パーティ
Cさんには前から、一度寿司(五目寿司)を一緒に食べようと約束していた。
息子夫婦も呼んでもいいかとの問い合わせがあり、もちろんだと答えていた。この日、午後4時に彼女が車で迎えに来た。連れ合いが、その朝から五目寿司(500gの米)と、ポテトサラダ、キュウリの酢の物とを作っていてくれたので、それをもって出掛けた。
家で最初に出迎えてくれたのは、11歳になる男の子(嫁の連れ子で、義理の息子)だった。例の大きな犬の姿が見えないなと思っていたら、今、ママと一緒に外出しているとのことだった。
家の中があまり片付いていないということだったので、外でパーティをしようということになり、あれこれセットしていたのだが、やはり外は寒いのではないだろうかと言うと、すぐにガスストーブをもちだしてきた。しかしこれが全くの新品で、今から組み立てて使うしかないという代物だった。
そこで大活躍したのが、この11歳のP少年である。日本で11歳といえばまだ子供子供していて、とてもじゃないがプロパンガスのボンベを扱ったり、ストーブを組み立てたりなど任せられるものではない。
ところが、この少年は、それらをすべて一人でこなしてしまったのだ。工具をもって来て、器用にストーブを組み立て、ボンベをセットし、ちゃんと使えるようにしてしまった。
これには驚いた。農家の子供だからできるのか、それともドイツではこういう作業を日常的にさせる教育をしているのか、ともかく複雑な作業を「仕様書」を見ながら見事にこなしてしまった。
複数でやらなければうまくいかないボルト締めの手伝いや、大きなストーブを横にしたり縦にしたりする作業だけは、彼一人では無理なので、われわれも手伝ったが…。
その内、彼のママが男の赤ちゃん(まだ13か月しかたっていない、フィンランド系の名前を付けたとかで、多分Jちゃん)を連れて帰ってきた。帽子をかぶって、乳母車にちょこんと座ったおとなしい子供だった。抱っこしたら、案外に重くて、日本人の赤ちゃんよりかなり重い気がした(見かけは全く太っていないのだが)。
大型犬が、しきりに寄ってきては赤ちゃんのほっぺをなめたりするが平気なものだ。
膝に乗せて、少しゆすっていたら、はしゃぎはしなかったが嬉しそうな顔をしていた。
やがて、Cさんの息子のZさんもトラクターを運転しながら帰ってきた。野良仕事で真っ黒になった身体を洗いに行っている間、このJちゃんを地面に座らせ、こちらもパーティの準備にかかっていた。
連れ合いが、Jちゃんが口をもぐもぐさせているよという。何と、いつの間にかすぐ側に鉢植していたミニトマトをもいで口に入れていたらしい。
Zさんご夫妻も来て、みんなが揃って「寿司パーティ」が始まったが、その時になって初めて、Jちゃんのやんちゃぶりがいかんなく発揮されてきた。
別のお皿で用意されていた食べ物を食べ終わるや、今度は寿司を食べさせろと、顔を真っ赤にして駄々をこね始め、ママが膝に乗せるや、前の皿の寿司を手づかみでほおばり始めた。ヴァルトベーレやヒンベーレなどの酸っぱいイチゴ類が大好きだとは後で聞いた。
地面に降ろすや、庭中をすごい勢いではいずりまわり、石段を何度も登ったり降りたりして喜んでいた。幼児の頃から日本の子供とはスタミナに開きがあるように思った。
P君は、先ほどのほんのちょっとの手伝いが嬉しかったのか、私の隣に腰掛けてくれて、色々相手をしてくれた。実に感じのよい、しっかりした少年だ。
彼が組み立てたストーブはちゃんと役に立って、辺りが暗くなっても、このお陰であまり寒さを感じなかった。
昨夜から今朝にかけてHardegsen辺ではかなりの雨が降ったよと、Zさんに言ったら、びっくりしていた。この辺ではまるで雨が降らないままだという。農家は本当に大変なようだ。
話題は主に、東京の野菜の値段、寿司ネタ用の新鮮な魚の話(この辺では入手不可能)、10年前に亡くなった彼の父親の話、Xマスにもこの頃では雪がほとんど降らないという話、ドイツ人には寿司好きが多いが、大抵の寿司屋は中国系か韓国人がやっている店だ、などなど、だった。
どうも、6人プラス赤ちゃんでは、500g程度の寿司では足りなかったようだ。P君にまで遠慮させてしまった。それでも彼は、僕らがお暇するまでつきあってくれた。
農業問題の詳しいことはまるでわからないが、ドイツでもGemüse(野菜)は、かなりの部分輸入に頼っているそうだ。スペイン、イタリア、オランダ、アフリカなどがその主な相手国だという。農薬問題がここでも深刻な問題になっている。
ドイツ国内では、主に麦類(これすら安い中国産が輸入されているとか)、ジャガイモ、またトウモロコシなどの家畜用の飼料が多くなっているようだ。
トウモロコシは、家畜の餌と同時に発酵させてバイオエネルギーとしても使われている。
EU圏全体を見渡しながら、なおかつドイツ国内の農業政策をどうするか、これが当面の課題であることは、どこの国でも共通するような課題だろうと思うし、また単に農業問題だけではなく、民族問題においても、その他の問題においても似通った構造の問題が輩出して来ているように思う。
先頃の新聞のオンライン記事で注目したのは、日本の貿易黒字のほとんどが自動車関連だという。しかもその内の76%が対米黒字で占められている。これがTPPを積極的に推進したいという大きな要因になっているようだ。
また、トランプ関税問題が、もし本当なら、日本の貿易や経済にとっては、間違いなく大打撃になるだろう。
それを防ぎたいが故に、何の意味も持たない米国産の武器を買いあさろうというわけである。2019年には、武器調達ローンは5兆円以上になると予測されている。その上なお、ドル高、円安で高額になったステルスを買い、陸上へのイージス配備まで考えるという。
どこまでもアメリカと心中したいつもりらしい。
その一方で、2017年度の企業の内部留保金は、財務省の9月3日発表によれば、過去最高の446兆円以上にもなっている。これには金融・保険業は抜け落ちているのであるから、驚きではないか。
犠牲を強いられているのはわれわれ愚かで哀れな国民大衆(特に不必要となった老人世帯)というわけである。
私の「たわごと」めいた2018年ドイツ便りも、これが最後かもしれない。何か、トピックスがあればまた書かせてもらいます。
(2018.9.4記)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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