中国から見ても、日本は「忍び寄るファシズム」
- 2018年 9月 16日
- 時代をみる
- 731部隊ファシズム中国加藤哲郎
2018.9.15 2週間ほど、中国東北部、旧満州の各地を旅行してきました。覚悟はしていましたが、Google, Wikipedia, you tube, blog, twitter, amazonなどがノートパソコンで全く使えず、yahoo newsだけでした。テレビは、大都市5つ星ホテル以外は英語放送もなく、世界情勢からも日本の台風・地震・自民党総裁選からも切り離されました。わずかに中国語ニュースでも、台風による関西空港閉鎖と北海道大地震が報じられ、日本への観光旅行に警鐘が伝えられていました。最後の大連のホテルは日系資本だったため、CNN,BBCと共にNHKを見ることができましたが、中国新疆ウィグルの人権についての国際報道が始まった途端に、突如TV映像が切れました。相変わらずの中国共産党の言論統制を目の当たりにし、かつて2008年の紀行文「社会主義中国という隣人」で「ネチズンカレッジが検閲されて見られない」と書いて反響が大きかったことを、思い出しました。もっとも今回は、東北部でも格段に速くなったホテルの無料Wi-Fiで、本サイトは見ることができました。10年前とは違って、日本政府の言論・メディア統制と日本のマスコミ・ウェブ情報の内容劣化が著しく、せいぜい五十歩百歩ですから、独自のSNSが広がり、スマホ電子決済がはるかに進んだ中国を、嗤うことはできません。トランプ大統領のツイッターとフェイクニュースが飛び交う中でも、大手メディアが堂々と政権批判を続け、政府高官からの内部告発が報じられるアメリカが、うらやましく感じられるほどです。
旅の前半は、21世紀に関東軍731部隊と日中戦争遺跡の現地調査を続けているABC企画委員会 の第23回スタディツアー「要塞と国境の街・東寧・綏芬河と731部隊支部跡牡丹江・林口、哈爾浜の731部隊本部を訪ねる」 で、20人ほどの皆さんと一緒でした。中国旅行は10数回になりますが、大半が上海・広東・南京・北京・天津等大都市で、旧「満州国」は長春(旧新京)の吉林大学を訪れたことがあるだけでした。昨年春に731部隊員の戦後の軌跡を描いた『「飽食した悪魔」の戦後』(花伝社)を公刊したのですが、ハルビン郊外平房本部跡は訪れたことがなく、遅ればせながら、731部隊の細菌戦・人体実験の実像を詳しく知ろうと、ABC企画委員会の皆さんにお願いし、昨年10月の第22回「哈爾浜・背蔭河・鶏西・虎林・虎頭」訪問ツアーに入れてもらいました。これが大正解で、中国各地の研究者との交流、731細菌戦や人体実験被害者遺族の証言、平房の侵華日軍第731部隊罪証陳列館等記念館・博物館等での資料収集、それに、『「飽食した悪魔」の戦後』(花伝社)の主人公とした、戦後『政界ジープ』社長二木秀雄の結核・梅毒研究室跡が、1945年8月の平房本部爆破・破壊のさいにも破壊しきれずに残されていることなど、 現地調査でしか得られない貴重な見聞と資料情報収集ができました。今年は、平房本部以外は昨年とは異なる各地の731部隊支部跡を訪問するというので、旧満州生まれの友人も誘って申し込み、後半は、戸籍上では友人の生地で、満鉄勤務のご両親が戦後の引揚げまで住んでいたという大連郊外をも、ツアーと分かれて訪れる計画を立てました。私自身、両親は朝鮮半島からの引揚者でしたから、団塊の世代には、そうした旧満州・朝鮮半島関係者が多いのではないでしょうか。すでにご両親を亡くした友人の手がかりは、戸籍上の当時の住所番地とご両親の昔話、亡父の知人に聞いた満鉄社宅と付近の記憶だけでしたが、現地の中国人ガイドの協力と聞き込みで、建物は建て替えられていましたが、実際の生地を見つけることができました。
その大連には、731部隊の支部(大連衛生研究所・第319部隊) があり、また友人のご家族が1946年末に日本に引揚船に乗船した大連埠頭がありました。初めての大連訪問のため、旅行バックに入れておいた石堂清倫『大連の日本人引揚の記録』(青木書店、1997年)と松原一枝『幻の大連』(新潮新書、2008年)が、大変役に立ちました。どちらにも、満鉄衛生研究所の名で、731部隊とはありませんが、大連衛生研究所長・安東洪次のことが出てくるのです。731部隊大連支部長であった安東洪次は、石井四郎以下平房本部の 幹部たちが45年8月ソ連参戦直後にいち早く証拠隠滅して日本に帰国したのに、大連に留まっていました。ソ連軍が入って大連司令部が作られ、中国人の臨時市政府ができても、いわゆるシベリア抑留者にはならず、旧満鉄病院医師等と共に、 旧満鉄衛生研究所長の名で、残留日本人の医療・衛生管理にあたりました。私が個人的にもお世話になった石堂清倫さんは、著名な治安維持法犠牲者・旧満鉄調査部員で、大連残留日本人の労働組合・消費組合の組織者となり、1949年の日本人引揚完了まで、ソ連司令部や臨時市政府との交渉など、残留日本人社会・居留住民組織指導の中心にありました。戦後は著名なマルクス主義者・現代史家になるその石堂清倫さんさえ、満鉄衛生研究所が38年には関東軍防疫給水部=731部隊に組み込まれ、動物実験など秘かに細菌戦の研究を行っていたことに、気づかなかったようです。松原一枝『幻の大連』 にも衛生研究所員の猟奇殺人事件についての記述があり、安東洪次はその所員スキャンダルの隠蔽と助命嘆願の責任者として出てきますが、731部隊については触れていません。石堂さんは、日本人居留民の衛生管理の中心にあった衛生研究所長 安東洪次が、46年末に日本人引揚船が出ると決まった途端にソ連軍司令部に取り入り、多くの衛生管理者や技術者はソ連軍・中国臨時市政府の要請もあって20万人の引揚完了まで大連に残留したのに、「所員そっちのけに連日司令部に日参して哀訴嘆願して帰国した」と、1950年の帰国直後の手記に書き残していました。帰国後の 安東洪次は、東大伝染病研究所教授、武田薬品顧問で、日本実験動物学会創設者です。石堂清倫さんは、1997年に手記を『大連の日本人引揚の記録』という 書物にするにあたって、「後日判明したことだが、衛生研究所は、実は関東軍第731(後に319)部隊なのであり、安東所長は中将待遇だったそうである」と、この点についてのみ、補注を加えています。 敗戦後の731部隊には、いち早く帰国でき細菌戦データを提供して米軍から免罪された石井四郎以下平房本部の本隊の他に、多くが戦争捕虜としてシベリア抑留にまわされ、中にはハバロフスク裁判で有罪判決を受けた牡丹江・林口・孫呉・海拉爾支部の千人余の隊員がいました。しかし残存隊員の中には、徹底的に軍歴を隠して、捕虜にも戦犯にもならず居留民社会に潜り込み、中国からの民間引揚者として早期に帰国できた、大連支部長安東洪次他の医師・技術者・関係者がいたようです。この問題は、10月明治大学アカデミーの秋の連続市民講座「731部隊と現代科学の軍事化」 で、報告する予定です。10月3日から5回、毎週水曜日午後5時ー6時半で、ウェブ上で受付けています。 ご関心のある方は、ぜひどうぞ。
石堂清倫さんには、『わが異端の昭和史』(平凡社ライブラリー)、『続・わが異端の昭和史』(勁草書房)という、自伝風現代史があります。これまで東大新人会や満鉄調査部事件、ゾルゲ事件、戦後日本共産党史の関連で読んできましたが、どうやら中国から引揚・帰国した日本人の貴重な体験記として読み直す必要が出てきました。共通体験を持つ五味川純平『人間の条件』『戦争と人間』や羽田澄子の映画の下敷きであり、中野重治や澤地久枝に大きな影響を与えた記録ですから。そんなことで、まだ9月の新聞もビデオ予約で録画したTV番組も見ることができず、トランプのスキャンダルと中間選挙、自民党総裁選 、沖縄県知事選、プーチンの対日平和条約提案、日中関係、北海道の地震・ブラックアウト・節電問題等々は、次回更新にまわします。ただし、出発直前にアップした9月1日更新の「忍びよるファシズム化」の趨勢は、中国から眺めても変わりませんし、自民党総裁選の流れからしてむしろ強まっているようですから、以下に、前回分をそのまま残しておきます。
「忍び寄るファシズム」の足音に耳を澄まして!
2018.9.1 政治支配の究極は、時間と空間の支配です。時間と言えば選挙やイベントの日程、首相の任期、祝祭日の制定、労働時間の上限等が浮かびますが、究極は暦日の支配です。太陰暦から太陽暦、自然の時間から時計の時間へ、教会の鐘から工場の機械時計へ、農業のリズムから工業のリズムへという近代化・西欧化の動きに合わせて、時間支配の様態も変わってきました。ITによるデジタル時間化は、グローバリズムの「24時間たたかえますか」、瞬間芸によるカジノ資本主義・金融マネー支配を創り出し、空間も、古典的なイエ・ムラ・ローカル社会から、近代的な国民国家と領土・国境、帝国と植民地、今日のグローバル市場と人種・民族を含む重層的国際関係の世界へと、広がってきました。そんな時代に、しかもファシスト安倍晋三が長く権力者となった時代に、西暦より天皇代替わりによる新元号、オリンピックのためのサマータイム設定といった、バックラッシュが出てきました。
そもそも象徴天皇制自体が、 第二次世界大戦の勝者である米国によるスムーズな占領支配のために、基本的人権・民主主義・平和主義の憲法とのバーターで認められた、世界システム上の時間的・空間的「仕切り」です。 それは日本国憲法がまがりなりにも機能していた20世紀後半には、昭和天皇の戦争責任や核兵器廃絶が国内外で自由に議論される限りで、68年明治100年、79年元号法制化後も公論の対象となってきました。昭和天皇の死とソ連崩壊、99年国旗国歌法あたりから、日本会議主導のファッショ的国民運動に乗って「仕切り」が高くなり、言論・メディア界を侵食し、新たな菊タブー、教科書・靖国・慰安婦問題などでの戦前回帰・近隣諸民族蔑視、ヘイトスピーチとフェイクニュースの温床となってきました。これに、日米安保を日米同盟に格上げした自衛隊海外派遣、新安保法制、特定秘密保護法、国家安全保障会議(日本版NSC)法、省庁再編・内閣府肥大化・官邸権力集中私物化がオーバーラップし、中国や北朝鮮を仮想敵とした「新たなる戦前」が 、体制的に確立しました。先日ETV特集で放映された「治安維持法ーー自由はこうして奪われた」の時代再来の足音が聞こえます。無論、安倍晋三内閣の出現がメルクマールで、米国トランプ政権のいうメキシコ国境にならった高い国境、ナショナリズムの「仕切り」壁を構築しつつあります。ただし選択的で、低賃金外国人労働者や訪日観光客は歓迎しますし、アメリカに対してだけは無条件従属ですから、20世紀日独伊枢軸型の戦前回帰ではありません。象徴天皇制と同調的世論に支えられた、「忍びよるファシズム」です。「アベノミクス」経済下の格差拡大・福祉縮減・地方疲弊・原発再稼働、地震・台風・豪雨対策の不作為も、まやかしの経済統計と若年労働市場就職率にごまかされて、米中関係基軸のグローバル市場再編の動きから隔離・隠蔽され、「アベ・ファースト」に呑み込まれています。
「ファシズムの初期兆候」は、いたるところに見られます。今や国際環境が変化した「北朝鮮の脅威」を口実に、当初1基800億円といわれた防衛省の陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・ アショア」2基が5000億円近くにふくれあがって、アメリカから購入されそうです。防衛費の概算要求は過去最大の5兆 2986億円。9月自民党総裁選の争点は、日本会議起源の安倍首相自衛隊明記早期改正案と石破茂の憲法9条2項改訂本格改正案に設定され、日本国憲法改正・国民投票実施の圧力が強まることは、まちがいありません。世界的なme too 運動から隔離された構造的女性差別も、財務官僚トップのセクハラや杉田水脈議員の「LGBTは生産性がない」発言と共に、うやむやにされそうです。何よりも、7月までの政局・国会論議で大きな問題だったウソ・偽りの森友・加計学園疑惑が、「アベ・ファースト」の検察捜査と マスコミ操作によりスルーされ、自民党総裁選に「正直、公正」スローガンで出馬した極右核武装論者・石破茂に対して、自民党選管が「アベ・ファースト」でマスコミに圧力をかけ、 ネトウヨは「サヨク」と批判・攻撃する倒錯、文科省官僚の東京医科大「裏口入学」疑惑さえ、野党攻撃と反アベ勢力狩りに利用される不条理、そして、民間企業に法的規制・罰金さえ義務づけながら、官庁・自治体では水増し雇用が恒常化していた障害者雇用促進法執行の無法・無責任。この国では、初期兆候の「身びいきの横行と腐敗」が、文化・スポーツ界にまで広がっています。そして本土からの差別を一身に受けてきた南の沖縄では、「オール沖縄」を一身で体現してきた翁長雄志知事の急逝で、政府の辺野古新基地建設計画への反対派の「壁」が崩壊寸前、翁長知事の「遺言」により後継候補が決まりましたが、本土の野党第一党・立憲民主党の支持率も低迷ですから、「オール野党」が「オール沖縄」たりうるか、予断を許しません。北の北海道では、20世紀優生学・優生思想を体現してきた旧優生保護法の強制不妊手術が突出して全国一だった過去が明るみに出て、アイヌの人権差別や旧731部隊との関係まで問題にされたのに、政府の対応は「当時は適法だった」という逃げの対応。95歳の元ナチス看守を国外追放にしたアメリカと比べても異様な、歴史認識と人権思想の貧困、人間性と倫理の頽廃です。 そこに、新しい天皇即位・改元と首相が「天皇陛下万歳」を叫ぶ神道儀礼、翌年東京オリンピックに、サマータイムばかりでなくボランティアという名の学徒動員の悪夢。「仕切り」はいっそう高くなり、従わない者は「非国民」にされそうです。
「忍びよるファシズム」は、歴史を歪曲し、記録や証言を隠蔽・改竄します。 昭和天皇の戦争責任への執着を記録した小林忍の侍従日記は西暦で書かれていましたが、産経新聞は年号を元号に直して「原文のまま」と報じました。財務省のあからさまな公文書改竄を受けた、経産省の管理対策は、省内記録に「個別の発言まで記録する必要はない」「政治家の発言は記録に残すな」というものでした。古くは沖縄返還時「核密約」のように半世紀以上隠される事例がありましたが、防衛省の自衛隊「日誌」隠蔽も、首相官邸の訪問者名簿抹消も、同じ体質です。政府広報と公営放送で頻繁に報じられる安倍首相とトランプ大統領の首脳会談の内容も、北朝鮮問題でも経済摩擦でもいかに粉飾されごまかされてきたかは、「パールハーバーを忘れない」とさえ脅されたという最近の米国紙報道で、暴かれたばかりです。北朝鮮との接触も、外務省の関与しない水面下の諜報機関レベルで進められているとも、報じられました。日本のマスメディアの統制・退廃と、NSC・内調のインテリジェンス諜報が、「アベ・ファシズム」の基軸なようです。9月は、旧満州731部隊の足跡を追って、中国東北部の調査旅行です。『「飽食した悪魔」の戦後』『731部隊と戦後日本』(共に花伝社)の延長上で、旧満鉄関係の跡地もたどります。その一端は、10月明治大学アカデミーの秋の連続市民講座「731部隊と現代科学の軍事化」 で、報告する予定です。10月3日から5回、毎週水曜日午後5時ー6時半で、ウェブでの受付も始まっています。有料ですが、 ご関心のある方は、ぜひどうぞ。今夏私が協力した出版・新聞記事、エッセイ「バクーとゾルゲ」、「太田耐造関係文書」と毎日新聞「ゾルゲ事件の報道統制」、毎日新聞「大正生れの歌」、週刊金曜日「戦後保守政権の改憲動向」、新潟日報の旧海軍「特別年少兵」、それにアケルケ・スルタノヴァさん『核実験地に住む』読書人書評等を、アップしておきます。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4451:180916〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。