徴用工訴訟・韓国大法院判決に、真摯な理解を
- 2018年 11月 2日
- 時代をみる
- 弁護士歴史認識澤藤統一郎韓国
一昨日(10月30日)、韓国大法院(最高裁に相当する)は、元徴用工が新日鉄住金を被告として起こした訴訟で被告に賠償を命じた原審判決を支持して確定させた。6年前の差戻し判決時から予想されていたとおりの内容の判決であって、いまさら大騒ぎすることではない。自国の判決であれ、他国の判決であれ、言論による判決批判は自由ではある。しかし、偏狭なナショナリズムから、大仰にその不当を騒いでみせるのははしたない。
歴史認識の如何によって、この判決に対する評価が分かれている。朝鮮(韓国)に対する旧天皇制政府の苛酷な植民地支配を否定的に捉える立場からは冷静にこの事態を受けとめ、歴史の反省を欠く勢力がことさらに憤懣を煽ってことを大きくしようとしている。
昨日(10月31日)の産経「主張」が、右派勢力の判決批判の典型だろう。「『徴用工』賠償命令 抗議だけでは済まされぬ」。抗議だけでなく、何をしろというのだろうか。これに対する批判を試みたい。
戦後築いてきた日韓関係を壊す不当な判決である。元徴用工が起こした訴訟で韓国最高裁が日本企業に賠償を命じたが、受け入れられない。
「戦後築いてきた日韓関係」とはいったい何だったのか。誰と誰が、どのような「日韓関係」を築いてきたというのだろうか。いま、あらためてその内実を問い直さねばなない。徴用工だけでなく、従軍「慰安婦」、在韓被爆者、3・1事件被害、関東大震災時の虐殺被害にも、そして、 現在なお続く在日差別やヘイトスピーチまで、真摯な謝罪や対応、被害補償の必要な問題は山積している。これを拒み続けた「戦後日韓関係」ではなかったか。清算できていない過去は、問われ続けざるを得ないのだ。
判決は、新日鉄住金に対するものである。同社は、この判決を受け容れざるを得ない。産経や右翼勢力が「受け入れられない」と言うのは、新日鉄住金に対して、「受け入れるな」という威嚇にほかならない。これは、明らかな越権行為である。
河野太郎外相は「友好関係の法的基盤を根本から覆す」とし、韓国の駐日大使を呼び抗議したがそれだけで足りるのか。政府は前面に立ち、いわれなき要求に拒否を貫く明確な行動を取るべきだ。
河野太郎の「友好関係の法的基盤を根本から覆す」はよく分からない言い回し。私の耳には、「お宅の国は、近代的な司法制度などは整備されていないお国ですよね。裁判の内容は、政府の意向によってどうにでもなるはずでしょう。あんな裁判を出させないようにすることが、お互いの国の権力者同士の友好関係の法的基盤なのですから、政府が手を回して判決を変えなさい。」との恫喝に聞こえる。
河野太郎は、砂川事件判決を思い浮かべていただろうか。1959年3月、東京地裁(裁判長・伊達秋雄)は、安保条約に基づく米軍の駐留を違憲とし、駐留軍のための刑事特別法の効力を否定した無罪判決を言い渡した。
この判決をアメリカは、「友好関係の法的基盤を根本から覆す」事態と受けとめ、駐日アメリカ大使を通じて田中耕太郎最高裁長官に働きかけた。この判決を覆す理論の提供までしたのだ。その結果、「友好関係の法的基盤を根本から覆す」事態は回避されて、最高裁はその年の内に全員一致の大法廷逆転判決を言い渡している。
これが河野太郎の言う、「友好関係の法的基盤」なのだ。しかし、21世紀の独立国韓国の司法は、「アメリカ植民地」下の20世紀日本の司法とは違うことを見誤っているのではないか。
韓国人4人が新日鉄住金(旧新日本製鉄)を相手取った訴訟の差し戻し上告審で、「植民地支配や侵略戦争遂行と直結した反人道的な不法行為」などと決めつけ、個人の請求権を認めた。
史実を歪(ゆが)め、国同士の約束を無視する判決こそ法に反し、韓国司法の信頼を著しく傷つける。
同判決は、徴用工個人の請求権一般を論じていない。「日本政府の韓半島に対する不法な植民地支配と侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とした強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権」だけを論じている。そして、限定されたこの「日本企業に対する慰謝料請求権」は、日韓請求権協定の対象に含まれていないと判断したのだ。史実を歪めてもいないし、国同士の約束を無視する判決でもない。「同判決が法に反し、韓国司法の信頼を著しく傷つける」という産経の主張は、判決に対する嫌悪感だけは分かるが、そもそも何を言っているのか理解できない。同判決が反しているという「法」とは何のことだ。韓国司法が誰に対する信頼を傷つけているというのか。筆の勢いによる書き過ぎ以外のなにものでもなかろう。
産経は、1910年の日韓併合から45年8月までの天皇制日本による朝鮮支配は違法でも反人道的でもないとい言いたいのだろう。実は、このことが法的解釈を離れた最大の問題点なのだ。「戦時徴用は当時の法令(国民徴用令)に基づき合法的に行われた勤労動員であり、韓国最高裁の判断は明らかに誤っている」と言ってのける産経主張は、意見の違いの拠って来たるところを明らかにしてくれている。
戦後賠償問題は、1965(昭和40)年の日韓国交正常化に伴う協定で、日本が無償供与3億ドル、有償2億ドルを約束し、「完全かつ最終的に解決された」と明記された。無償3億ドルに個人の補償問題の解決金も含まれる。
法的な問題はまさにここだ。「無償3億ドルに個人の補償問題の解決金も含まれるか」が、韓国の法廷で争われた。全員一致ではなかったが、大法院の多数意見が、「本件不法行為による慰謝料請求権は、日韓請求権協定における個人の補償問題の解決金に含まれない」と明確に判断した。6年前の大法院差戻し判決と同じ判断。旧日鐵は事実上この時に敗訴したのだ。
大法院広報官室は、判決言い渡し直後に報道資料として日本語による判決解説を発表している。A4・11頁の丁寧な内容。日本語としてはややこなれていない感もあるが、煩瑣を厭わず、できるだけ正確に要約しておきたい。
同判決の主要争点は4点に整理されている。
① 原告に対する日本の裁判所の判決の効力と既判力 (上告理由1点)
② 被告が旧日本製鉄の債務を承継して負担するのか否か (上告理由2点)
③ 日韓請求権協定で原告らの損害賠償請求権が消滅したと見ることができるか否か (上告理由3点)
④ 被告が消滅時効完成の抗弁をすることができるか (上告理由4点)
判決は、上記の「③ 日韓請求権協定で原告らの損害賠償請求権が消滅したと見ることができるか」を「核心的争点」とし、報道資料は丁寧な解説をしている。
上記③の争点については、下記のとおり大法官(最高裁裁判官)間で見解が分かれた。
● 請求権協定は、
前文において、「大韓民国と日本国は、両国及び両国国民の財産と両国及び両国国民間の請求権に関する問題を解決することを希望し…”と定めた。
第1条において、日本が大韓民国に3億ドルを無償で提供し、2億ドルの借款を行う事にすると定め、続いて
第2条 1項で“…両締約国及びその国民間の請求権に関する問題が… 完全かつ最終的に解決されたことになるということを確認する。”と定めた。
第2条3項では“…一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対する全ての請求権として同日以前に発生した事由に起因するものに関しては、如何なる主張もできないことにする。”と定めた。
● 請求権協定に対する合意議事録(Ⅰ)では、“…請求権に関する問題には韓日会談で韓国側から提出された対日請求要綱‘8項目’の範囲に属する全ての請求が含まれており、したがって同対日請求要綱に関しては如何なる主張もできなくなることを確認した。”とした。
● このような請求権協定などの解釈上、
1)原告らが主張する慰謝料請求権が請求権協定の適用対象に含まれたと見ることができるのか、
2)含まれるとしたら、それによる効力はどうなるのか、すなわち、権利自体が消滅するのか、外交的保護権だけが消滅するのか、そうでなければ実体法上消滅するのではないが、権利行使が制限されることになるのかなどが本件の争点である。
以上のように問題を整理して、判決の多数意見を次のように紹介している。
多数意見:原告らの慰謝料請求権は請求権協定の適用対象に含まれない
本件で問題になる原告らの損害賠償請求権は、日本政府の韓半島に対する不法的な植民支配及び侵略戦争の遂行と直結された日本企業の反人道的な不法行為を前提にする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権(以下「強制動員慰謝料請求権」)である(未払い賃金や補償金を求めるものではない)。これは下記のような差戻し後の第2審判決の事実認定に基づくものである
● 日本政府は日中戦争と太平洋戦争など、不法的な侵略戦争の遂行過程で、基幹軍需事業体である日本の製鉄所に必要な人力を確保するため、長期的な計画を立てて組織的に人力を動員し、核心的な基幹軍需事業体の地位にあった旧日本製鉄は、鉄鋼統制会に主導的に参加するなど、日本政府の上記のような人力動員政策に積極的に協力し人力を拡充した
● 原告らは当時韓半島と韓国民たちが日本の不法的で爆圧的な支配を受けていた状況で、将来日本で処することになる労働内容や環境についてよく分からないまま、日本政府と旧日本製鉄の上記のような組職的な欺罔によって動員された
● なおかつ原告らは成年に至っていない幼いときに家族と別れ、生命や身体に危害を被る可能性が非常に高い劣悪な環境で危険な労働に従事し、具体的な賃金額も分からないまま強制的に貯金をしなければならなかったし、日本政府の残酷な戦時総動員体制で外出が制限され、常時監視を受け脱出が不可能であったし、脱出を試みたのがばれた場合、残酷に殴打を受けたりもした
このような「強制動員慰謝料請求権」は、請求権協定の適用対象に含まれるとは言えない
● 請求権協定は日本の不法的植民支配に対する賠償を請求するための交渉ではなく、基本的にサンフランシスコ条約第4条に基づき韓日両国間の財政的・民事的債権・債務関係を政治的合意によって解決するものであった
サンフランシスコ条約によって開催された第1次韓日会談で、いわゆる‘8項目’が提示されたが、これは基本的に韓・日両国間の財政的・民事的債務関係に関することであった。上記8項目のうち、第5項に‘被徴用韓国人の未収金、補償金及びその他請求権の弁済請求’という文句があるが、これも日本植民支配の不法性を前提にするものではなかった。
1965.3.20.大韓民国政府が発刊した‘韓日会談白書’によれば、サンフランシスコ条約第4条が韓・日間請求権問題の基礎になったと明示しており、更には“上記第4条の対日請求権は勝戦国の賠償請求権と区別される。韓国はサンフランシスコ条約の調印当事国ではなく第14条規定による戦勝国が享受する‘損害及び苦痛’に対する賠償請求権を認められることができなかった。このような韓・日韓請求権問題には賠償請求を含ませることができない。”と説明している
請求権協定文やその付属書のどこにも日本の植民支配の不法性を言及する内容は全くない
● 請求権協定第1条によって日本政府が大韓民国政府に支給した経済協力資金(無償3億ドル、有償2億ドル)は、第2条による権利問題の解決と法的な対価関係があると見られるかも明らかではない
2005年民官共同委員会の発表などを通じて分かる大韓民国政府の立場も、政府が受領した無償資金のうち、相当金額を強制動員被害者の救済に使わなければならない責任が‘道義的責任’に過ぎないということである
● 請求権協定の交渉過程で日本政府は植民支配の不法性を認めないまま、強制動員被害の法的賠償を基本的に否認し、これによって韓日両国の政府は日帝の韓半島支配の性格に関して合意に至ることができなかったが、このような状況で強制動員慰謝料請求権が請求権協定の適用対象に含まれたとするのは難しい。
要するに、「幼いときに家族と別れ、生命や身体に危害を被る可能性が非常に高い劣悪な環境で危険な労働に従事し、具体的な賃金額も分からないまま強制的に貯金をしなければならなかったし、日本政府の残酷な戦時総動員体制で外出が制限され、常時監視を受け脱出が不可能であったし、脱出を試みたのがばれた場合、残酷に殴打を受けたりもした」という態様の「強制動員慰謝料請求権」は、請求権協定の適用対象に含まれるとは言えない。だから、この条約締結によって消滅していないのだという。
あとは、多くを語る必要はない。主権国家の司法部による国際条約の解釈に批判の意見はあり得ても、受容し尊重するしか途はない。むしろ、あらためて日本の植民地支配の実態を見つめ直し、その負の歴史を清算し得ていないことを再認識すべきなのだ。
その上でのことだが、日韓両国の真摯な再協議で、両国関係の再構築に知恵を絞るべきが至当と言うべきだろう。その場合に、まず考えられるのは、日韓請求権協定3条に基づく仲裁手続である。
念のため、抜粋しておこう。
第3条
1項 この協定の解釈及び実施に関する両締約国の紛争は、まず、外交上の経路を通じて解決するものとする。
2項 前項の規定により解決することができなかつた紛争は、いずれか一方の締約国の政府が他方の締約国の政府から紛争の仲裁を要請する公文を受領した日から30日の期間内に各締約国政府が任命する各一人の仲裁委員と、こうして選定された仲裁委員が当該期間の後の30日の期間内に合意する第三の仲裁委員との三人の仲裁委員からなる仲裁委員会に決定のため付託するものとする。ただし、第三の仲裁委員は、両締約国のうちいずれかの国民であつてはならない。
3項 いずれか一方の締約国の政府が当該期間内に仲裁委員を任命しなかつたとき、又は第三の仲裁委員若しくは第三国について当該期間内に合意されなかつたときは、仲裁委員会は、両締約国政府のそれぞれが30日の期間内に選定する国の政府が指名する各一人の仲裁委員とそれらの政府が協議により決定する第三国の政府が指名する第三の仲裁委員をもつて構成されるものとする。
4項 両締約国政府は、この条の規定に基づく仲裁委員会の決定に服するものとする。
かつて韓国の憲法裁判所は、慰安婦問題について、下記のような決定を出したことがある(2011年8月30日)。事案は、元従軍「慰安婦」とされた人々が請求人(原告)となって、外交通商部長官・現外交部(外務大臣に相当))を相手に、 日韓請求権協定3条に基づく仲裁手続をしないことの違憲確認を求めたもの。
その主文が、以下のとおりである。
請求人ら(原告・元「慰安婦」)が日本国に対して有する日本軍慰安婦としての賠償請求権が「日韓請求権協定」第2条第1項により消滅したか否かに関する日韓両国間の解釈上の紛争を上記協定第3条が定めた手続に従い解決していない被請求人(外交通商部長官・現外交部(外務大臣に相当))の不作為は,違憲であることを確認する。
これは、憲法裁判所ならではの主文であり、韓国国内での効力しか持たない。いま、両国関係の再構築のために、この仲裁手続の活用を真摯に模索すべきではないだろうか。
(2018年11月1日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2018.11.1より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=11369
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔eye4468:181102〕
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