はじめて、ポーランド映画祭へ
- 2018年 11月 20日
- カルチャー
- 内野光子
旧友、映画評論家の菅沼正子さんから「ポーランド映画祭」の案内をいただいていた。昨年もいただきながら、行くことができなかった。彼女からは、これまでも、封切りの「カティンの森」「残像」「ユダヤ人を救った動物園」などを勧められては、見に出かけ、ポーランドへ二度ほど出かけるきっかけの一つにもなっていた。今年のポーランド映画祭(11月10日~23日、東京写真美術館ホール)にも見たい映画がたくさん並んでいる。
なにしろ2週間、1日4本のスケジュールで、短編も含め、24本の映画が上映されるというイベントである。2度上映される作品もある。夫の都合もあって、11月15日の「大理石の男」「灰とダイヤモンド」「リベリオン ワルシャワ大攻防戦」の三本を見るという欲張った計画で、家を早く出た。私は、「大理石の男」(1976年)はテレビで、「灰とダイヤモンド」(1958年)は、公開当時というよりは、あとになって、名画座のようなところで見た記憶がある。どれも、印象深い感動作であったが、記憶はすでに薄れているので、もう一度見てもいいな、のつもりだった。
はじめての東京都写真美術館でもあった。
映画祭プログラムから
「大理石の男」のあらすじとなると、なかなかまとめにくい。上記の過去記事も参照していただければと思う。1970年代、女子学生が映画の卒業制作として選んだのが、かつてレンガ工として労働者の英雄にまで仕立て上げられ、大理石像にまでなった青年、いまでは、美術館の地下倉庫に横倒しになっている、その大理石像の男の人生をたどることだった。スターリン体制下のポーランドで、レンガ工が、その熟練ぶりを各地の建設現場で披露し、高く評価されてゆくなかで、高熱のレンガを渡され、重傷を負った事件をきっかけに、組織や職場の仲間たち、家族からも疎まれ、失墜してゆくさまを、学生は、関係者を訪ね歩き、口の重い人々から聞き出し、テレビ局に残る過去のニュース映像などを交え、次第に真実が明らかにしてゆく。その過程で、党組織やメディアのなかで、優柔不断に、立ちまわる人物にも幾度か遭遇するし、あからさまな取材の妨害も受ける。
それにしても、2時間40分、取材を進める学生とその協力者たち、取材を受けるさまざまな人物の現在と過去、回想場面や実写映像による過去が複雑に入り組んでの展開に戸惑うことも多い。“巨匠”、アンジェイ・ワイダ監督に、あえて言うとすれば、あまり欲張らないで、サイドストーリーをもう少し整理して欲しかったな、と思ったものだ。伝えたいことがたくさんあるのはわかるのだけれど・・・。ワイダの、スターリン体制への鋭い批判の眼は揺るがず、制作から40年近くたっている現代にあっても、日本のみならず、世界各国にも共通する問題提起をしている作品の数々には脱帽する。
「大理石の男」については、当ブログの以下の記事参照
『カティンの森』『大理石の男』、ワイダの新旧二作品を見る(2009年12月26日 )
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2009/12/post-9c03.html
真実の解明に、果敢に挑むアグニェシュカ。
労働者の英雄に仕立て上げられる煉瓦工のマテウシュ・ビルクート。
私たちは、2010年と今年5月にポーランドに出かけている。「大理石の男」の映画で見る、1950年代のクラクフ郊外のノヴァフタの製鉄所建設や住宅建設の規模のすさまじさと労働環境の劣悪さ、1970年代のクラクフやワルシャワの復興状況からは、想像できないほど、どちらの都市も、緑豊かな落ち着いた街並みになっているとも思えたが、今年の旅行中には、反政府デモにも出会い、現在のポーランドが必ずしも安定した政治状況ではなかったのを知ることになったのだった。
二本目の「灰とダイヤモンド」は、アンジェイ・ワイダの初期の作品だ。ある町の中央から派遣されている県委員会の書記、いわば市長を狙うテロリストの青年が主人公である。待ち伏せを市長が乗る車を狙撃したところ、別人で、二人の犠牲者を出すところから映画は始まる。その日は、ドイツ軍が降伏した1945年5月8日、町は、花火を上げて祝い、人々は解放を喜び、市長が主催する盛大なパーティーも開かれようとしている。青年は、さらに市長を狙うべく、準備を整えるが、パーティー会場のホテルのバーで働く女性に恋し、語らうようにもなり、市長暗殺から手を引きたいとも考えるようになるがそれもかなわないまま、市長暗殺を最後に、女性との生活をも夢見るが、暗殺に失敗、翌朝には軍に射殺されるという、たった一日の出来事を描いた映画である。広大なごみ集積所のゴミにみまみれて息絶えるというラストシーンの壮絶さが、当時の体制側からは、政府への抵抗の無意味さを強調したとして評価され、検閲を逃れたという。
この映画でも、体制への屈折した心情や不満を持つ市長秘書や老新聞記者、反体制運動で捕まる市長の息子などが登場するのだが、やはり、私には煩雑に思えたのは、理解不足もあるのだろう。
つねにサングラスをかけ、冷徹なテロリストとナイーブな青年をも演じた俳優は、ジェームス・ディーンをも想起させるが、ポーランドでは人気のさなかの39歳の若さで、鉄道事故で亡くなるとい悲劇の主人公でもあったらしい。
有名なラストシーンだが、当時のポーランドの観客は、どう見ていたのか。
三本目のリベリオンは、比較的最近の作品であるし、三人の若者を通して描かれるワルシャワ蜂起、そして現代にその意味を問うという映画、見たかったのだが、どうも、私の体調も眼も限界だった。もともと、二本を見て、別の用事に向かうという夫と一緒に会場を出たのだった。
恵比寿ガーデンガーデンプレスの遊歩道を秋の日差しを浴びながら帰路につく。あらためて辺りを見まわせば、こんな恵比寿を見るのは初めてであった。振り返れば、ガーデンプレスのタワービルの横には、白い三日月が出ていた。地下鉄までの長い長い「動く歩道」に、疲れ切った身を任せて・・・。映画祭開催中に、もう一度出かけたいの思い頻りだった。
振り返ればタワービル、写真では三日月が消えてしまったのだが。
会場で配られたポーランド映画人協会出版のパンフレット。ここには、バルトシュ・ジュラヴィエツキーの執筆による、灰とダイヤモンド、約束の土地、夜と昼、大理石の男、戦場のピアニスト、リベリオン、ヴォウィンという7本の解説が収録されている。私はこのうち、「戦場のピアニスト」を含め、3本しか見ていないことになる。
初出:「内野光子のブログ」2018.11.19より許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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