《『ドイツ・イデオロギー』本文は廣松編もMEGA編も同一である》の確認-「現代史研究会(1月12日、明治大学)」の成果-
- 2019年 1月 15日
- スタディルーム
- 内田 弘
先日の「現代史研究会(2019年1月12日、明治大学)」のテーマ「草稿『ドイツ・イデオロギー』の成立条件」の研究会は、実りの多い研究会であった。
その研究会の事前に拙稿「『経済学・哲学草稿』と『ドイツ・イデオロギー』の『資本論』形成史における意義」をこの「ちきゅう座」に掲載していただいた者として、またその研究会への参加者の1人として、その研究会について報告する。
その積極的な成果はなんといっても、報告者の渡辺憲正氏が「『ドイツ・イデオロギー』フォエルバッハ編の本文は、廣松編(1974年)もMEGA編(2017年)も同じであることは、ある意味で、当然である」と発言したことである。その「ある意味で」についての説明はなかった。しかし、筆者(内田弘)は「ちきゅう座」論文で、《『ドイツ・イデオロギー』フォエルバッハ編の廣松編とMEGA編とは共に、マルクスによる草稿ページづけ([8]-[35],[40]-[73])をふまえていることが両編の本文テキストが基本的に同じであることの文献史上の主要根拠となっている》と指摘したことが、渡辺氏の「ある意味では」の内実であろう。
『ドイツ・イデオロギー』フォエルバッハ編のOnline版の編集者の1人である渡辺氏が、廣松編およびMEGA編のフォエルバッハ編の本文が同一であることを公式に認定した。このことは、注目すべき重要事である。この認定は、拙稿の主な検討対象文献『唯物史観と新MEGA版《ドイツ・イデオロギー》』では、まったく指摘されていない重要な認定である。その点で廣松編の先駆性を「ちきゅう座」論文で力説した筆者は、渡辺氏と共通認識に立つことができた。学問的に非常に喜ばしいことである。
「現代史研究会」の当日、本稿筆者は「ちきゅう座」論文の冒頭に掲載した「『ドイツ・イデオロギー』フォエルバッハ編の廣松編・MEGA編の比較対照表」のコピーを「現代史研究会」主催者である合澤清氏に、配布していただいた。
それとは別に当日用意してきた、つぎの3点の配付資料を、研究会参加者の皆さんに回覧し閲覧していただいた。
【1】「『ドイツ・イデオロギー』フォエルバッハ編が廣松編・MEGA編で共に、その本文草稿の各々の文末・文頭が同じ文章で連続し同一であることを示した本稿筆者メモ」、
【2】「フォエルバッハ編冒頭の「序文(Vorrede)」(ドイツ語原文)が廣松編・MEGA編で同一であることを示したコピー」、
【3-1】「廣松編・MEGA編の草稿{8}c=[18]頁の原文が同じであることを示したコピー」、
【3-2】「渋谷編が廣松編を踏襲して同一形式(見開きの左ページがエンゲルス筆跡文、右ページがマルクス筆跡文)であることを示すコピー」、
【3-3】MEGA編は「草稿通りに」1頁を左右に分割し左側にエンゲルス筆跡文、右側にマルクス筆跡文を掲示していることを示したコピー。
問題は【3-3】にある。なるほどMEGA編は「草稿通りをねらった編集=印刷」であるけれども、同一ページに掲示できる文字数が大きく制限されるため、続きの文はつぎのページ送りになり、特に右側のページの続きは「ページめくり」をしなければ見えないうえに、めくると前ページに何が書いてあったかを確認するため、いちいちめくり直しをしなければならないという不便性、「一覧性の欠如」をもち、読者=研究者にとって非常に読みづらい。
その点、廣松編は、エンゲルス筆跡文(見開き左ページに配置)およびマルクス筆跡文(見開き右ページに配置)の全部が「左右に一覧できる利便性」がある。この「一覧性」こそ、《見開き2頁を草稿の1頁の左右と見なして(仮定して)》、エンゲルス文もそれに対するマルクス文も左右両頁に一括掲示する印刷形式を廣松渉が熟慮して採用した根拠である。
MEGA編の「草稿どおりに」という原則は、草稿1頁に書かれた文が(頁めくりの不便さもふくめて)数頁につながるという結果になり、「草稿どおりに」という原則が守ることができなかったことに気づかなければならない。その点で、MEGA編刊行より43年前の廣松編の方が優位に立っているのである。廣松編もMEGA編も本の大きさは同じA4サイズであり、見開き2頁はA3のサイズである。MEGAの編集者が、廣松編と同じように、エンゲルス筆跡文を左頁、マルクス筆跡文を右頁に印刷すれば、読者にとって「一覧性」があり読みやすくなったのに、と非常に惜しまれる。
形式的な同一性はときとして実質的に異質なものに転化するというパラドクスがあるということに気づかなかったのであろうか。MEGA編集者は廣松編の「一覧性」をなぜ参考にしなかったのであろうか。
このように、廣松編(河出書房、1974年)は、[1]MEGA編(2017年)と同じ本文テキストを提示し、[2]「エンゲルス筆跡文およびマルクス筆跡文の一覧性」でMEGA編に対して明確に優れている。廣松編『ドイツ・イデオロギー』は、『ドイツ・イデオロギー』研究史上の世界的な記念碑であると判定できるのではなかろうか。MEGA編より43年も前の偉業である。歴史的理性の判定の峻厳さがここに貫徹している。筆者を含め研究者はその峻厳さを心に刻みたい。
なお、渡辺憲正氏たちが現在鋭意取り組んでいる『ドイツ・イデオロギー』フォエルバッハ編の(本文テキストにいたる改稿過程をしめす)Online版はまもなく、「無償で希望者に配布される」とのことである。渡辺氏たちの学問的寄与に大きな敬意を表し、多いに期待する。(以上)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔study1015:190115〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。