政府を信じるな
- 2019年 2月 1日
- 評論・紹介・意見
- 小原 紘韓国
韓国通信NO587
「サヨナラ原発」集会で買ったバッジ(写真)が気に入って襟に付けている。それを見たフランス人青年(彼は日本語教室の生徒)から「イイデスネ! 僕モ欲シイ」と言われた。フランスでは毎週のようにマクロン政権に対する抗議デモが続いている。世界中で政府に対する不信が渦巻いているさなか、カラフルで可愛らしいバッジを付けている日本人を見て彼は共感したようだ。手に入ったらプレゼントすると約束した。
<ボクの叔母さん>
1月20日、仙台で一人暮らしをしている叔母の家へ新年の挨拶に出かけた。
92才になる叔母は結婚をしなかったので子供はいない。地域の人たちに支えられて暮らしている。定年まで電信電話公社(現NTT)に勤めた。母親(私にとって祖母)の介護と看病、仕事を両立させ、自分の山ほどの病気とケガを乗り越え、現在、年金生活を続けている。戦時中の「徴用」と仙台空襲。1978年の宮城県沖大地震、2011年の東日本大地震を生きた。105歳まで生きた母親の娘である叔母は、読書好きで進化の途上にある。
叔母は年齢と体調を忘れる「夢多き人」。歩行補助器を使う不自由な体にもかかわらず、「そうだ沖縄に行こう」、「韓国に連れてって」などと口走る。最近では世界一周クルーズの誘いがあったばかりだ。
チャレンジ精神が豊富で、最近、携帯電話をスマホに切り替えた。多趣味で謡を学び、鼓も打つ。囲碁は私の父が舌を巻くほど強い。「五目並べ」しか出来ない私にボケ防止にと盛んに囲碁を勧める。昔の記憶は鮮明だが直近の出来事を忘れるのは、おおかたの年寄りと共通だが、社会に対する関心が強く、かつその鋭さにはいつも驚かされる。専門家や学者からすれば年寄りの「たわ言」かもしれないが、「安倍と昭和天皇はダメ」、「今の天皇は及第点」といった具合だ。その理由も理路整然として、話しだしたらとまらない。文在寅大統領の顔は優しそうで立派だと言う。彼は民主化運動を支え、人権派弁護士として獄中にも入ったことのある苦労人という私の説明に頷いていた。
隣県福島の人たちへの思いは強く、2011年以降、断固「原発反対」である。宮城県の女川原発再稼働の動きを心配して東北電力に抗議の電話をかけた。また頑固なほどの死刑廃止論者でもある。益子の朝露館の会員募集を見て会員になった。仙台から新幹線で宇都宮、さらに益子までどうやって連れて行ったらいいのか、朝露館の急階段を考えただけで案内する自信が持てないでいる。彼女の見学の希望は実現できていない。
人々を不幸にした戦争は二度とあってはいけない。そんな思いから、従兄が書き残した戦争体験記録を『孫たちに伝える私の軍隊生活』として自費出版して親戚や地域の知り合いに配った(2013)。普段、食事作りに苦労している叔母のために今回は食材の買い出しと食事作りに精をだした。彼女を見ていると、こちらも負けられない気持ちになる。「長生きしてね」が二人の別れの挨拶だった。
<二つの韓国ドラマ>
韓国の連続ドラマ『シグナル』と『洪(ホン)吉(ギル)童(ドン)』を見た人は多い。『シグナル』は20年をタイムスリップさせながら、過去と現在の刑事が「巨悪」を暴くというストーリー。最終回の「諦めなければ、希望はある」というテロップにすごい説得力を感じた。主役の女性刑事役の女優金憓秀(キム・ヘス)の演技力が光った。後者は朝鮮時代の小説『洪吉童』を原作とした時代劇ドラマだが、怪盗、義賊と受け止められてきた洪吉童がリメイクされ生き返った。身分制度、貧富の格差に抗して国王、両班階級と壮絶な闘いを繰り広げる。最終回では、「社会の不正が続く限り、『洪吉童』は不滅」と宣言して終わる。白土三平の『カムイ伝』を彷彿とさせる。二つのドラマ作品は韓国社会の腐敗に立ち向かう点で共通している。不正は絶対に許さないという強い意志。韓国の民衆蜂起「ローソクデモ」の熱気がドラマから伝わった。
私たちは今どのような時代に生きているのか。安易に信じないところから「希望」は生まれる。
<落胆から未来を語る人たち>
仙台で、私が住む我孫子市の市長選挙の結果を知った。
現職(自民、公明推薦)に挑んだ新人候補(立民、国民、共産、自由、社民、市民ネットワーク千葉県推薦)が敗北した。有権者数110,456人、投票率40・86%(前回32・52%)。 現市長の得票は26,082票。新人候補は18,663票だった。
「自然エネルギー推進」という脱原発を掲げた新人候補を応援したが残念な結果だった。
立憲民主党の枝野代表、共産党の小池書記局長、社民党の福島瑞穂氏らが応援にかけつけ、国政選挙並みの盛り上がり。当選を期待したが、現実は甘くはなかった。以下私の反省を含めた敗因分析だ。
投票率は前回比8%上がった。現職の得票数は前回とほぼ同じというのが注目点。当選者の獲得投票数26,082票は有権者の23%に過ぎない。この得票で当選出来るなら、投票率が10%アップすれば逆転は十分可能だった。6割の有権者が棄権したために現職が当選するという結末だった。現職側は組織と人脈、市議会で多数派を占める与党議員の力で四選を果たした。
身近な今回の選挙から学んだこと。選挙に行かなければ何も変わらないのは当然だが、人脈、地縁、組織とはあまり関係のない新住民、若者・青年が棄権したため「守旧勢力」に塩を送る結果となった。市政であれ国政であれ、市民が不断に政治と真面目に向き合い、率直に話し合う必要を痛感した。「次回は絶対に当選よね」と明るく語りかけてきた女性がいた。「諦めなければ希望はある」。五輪担当大臣桜田義孝氏の支持母体は再選された市長の支持母体でもある。次回衆院選挙では「落選運動」にチャレンジするか。
<雪国の山形を旅して>
仙台からの帰り、気分転換に仙山線に乗った。作並温泉あたりから車窓は劇的に一面の雪景色になった。遠くの山々は白く霞み、森の木々が倒れんばかりの雪をのせているさまは幻想的な墨絵の世界だった。
駅で観光地図をもらってタクシーに乗りこんだ。広大な霞城(かじょう)公園(旧山形城祉)を見学した。公園は戦前、歩兵連隊の駐屯地だったが、戦後、野球場など運動施設として利用され、現在は城の復元工事中だ。11代城主最上義光は関ヶ原の戦いで東軍に加わり、外様としては異例の57万石、実質で仙台の伊達藩60万石を凌いだという。運転手のガイドは米沢藩の上杉鷹山の話、戊辰戦争時の奥州列藩同盟にまで及んだ。これまで山形を知らずにきた。山形と言えば―「そりゃあサクランボと蕎麦、歴史遺産でしょうね」と運転手。旧山形県庁舎の瀟洒な威容も彼の自慢のようだった。蕎麦のおいしい店を紹介してもらい短い市内観光を終えた。
山形県は東日本大震災後の一時期、1万3千人以上の避難者を受け入れた。隣接県だから当然としても都道府県のなかでも最大の受け入れ規模だ。山形県の輪郭が人間の顔に似ているので、人にやさしい「ヒューマンな県」と語ってくれた人がいる。今、被災者たちは住宅補助の打ち切りで、新たな生活の困難に直面している。山形新幹線は福島で東北新幹線に乗り入れる。戊辰戦争の後遺症が東北には今でも残っているように感じられた。東北にルーツを持つ私の僻みなのだろうか。
<作られた最悪の日韓関係>
再び、「政府を信じるな」の話に戻す。
従軍慰安婦問題、元徴用工に対する韓国最高裁判決、さらに新たに飛び出した韓国海軍照射事件によって、日韓関係は最悪になったと言われる。この背景には両国の歴史認識の違いから生まれた積年の不信感と、日本の政治の行き詰まりがあることを気づく人はあまりいない。多数の議席と40%の支持率で安倍政権はやりたい放題をしてきた。宿願の「憲法改正」に近づくためには外交の成果は欠かせない。「外交の安倍」とお太鼓持ちはもちあげる。本人もその気になってロシアには二島返還、韓国には強腰外交で国民にアピールを狙う。しかし偶然、日ロ交渉も日韓の摩擦も歴史認識問題で行き詰まっている。経済をチラつかせれば日本の思うようになるいう傲慢ぶり。安倍政権の体質なのか外務官僚の入れ知恵なのかはわからない。日韓問題でいうなら、「すべて解決ずみ」の日本と、何も「解決していない」とする韓国では議論すら成立しない。「照射事件」に至ってはまるで子供のケンカ、水掛け論の形相で、見ていて恥ずかしいくらいだ。
江戸時代の儒学者雨森芳洲の「互に欺かず争わず、真実を以て交わる」という言葉が思いだされる。政府発表に追随するばかりのマスコミの責任は大きいが、植民地支配で受けた屈辱についてこれまで日本人は被害者側の立場と心情を考えたことはなかった。金科玉条のようにわが国は「日韓条約」(1965)ですべて解決したと主張するが、当時の韓国政府は国民の反対を抑えるために軍事戒厳令を敷いてまで締結した。その理由は何だったのか。賠償金ではなく経済協力金となった理由は何か。経緯を知れば「すべて解決済み」では済まなくなる。
国益を前面に押し出して愛国心に訴える世界的な風潮。排外的一国主義の口火を切ったのはアメリカのトランプ政権だが、富の集中に対する貧困層の不満のはけ口を諸外国との対決に求めた。これは、国際社会が理念として掲げてきた協調による平和、貧困の撲滅、人権の向上を否定するものだ。世界に冠たる平和憲法を持つわが国までが平和主義をかなぐり捨て、戦争のできる「普通の国」になろうとしている。嘘で固めた政治、アメリカ追随「ファースト」の政府に、正義や道理を語る資格があるとは到底思えない。「他の内閣より良さそう」なんて、本当に笑わせる。
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