古今集仮名序と君死にたまふ事勿れに共通する女の心について
- 2019年 2月 1日
- 交流の広場
- 箒川兵庫助
久しぶりに古今集仮名序の書き出し「やまとうたは・・・猛き武士の心をも慰むるは歌なり。」を見つけて,加藤周一の『科学と文学』(NHK大学講座)を思い出した。澤藤統一弁護士(「いまこそことある時なるぞ。。。獸の道に死ねよかし」ちきゅう座 2019.1.30)に感謝申し上げたい。この書き出しを教わったのが『科学と文学』であった。それと前後して加藤の『日本文学史序説』(筑摩書房)を読んでいた時代を思い出す。
さて,澤藤弁護士の「(力を入れずして)猛き武士の心を慰むるは歌なり」と与謝野晶子の『君死にたまふこと勿れ』の組み合わせは秀逸である。小生は, 施政方針演説の冒頭文「敷島の 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける」に対して,上田秋成の「敷島の大和心のなんのかのうろんな事を又さくら花」を思い出した。周知のように,秋成の反歌は宣長の「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」」に対する反歌であった。大和心,大和心というがどこの国にもそういう臭気(ナショナリズム)はあるのだ,と秋成先生は言いたかったのであろうが,どうもこれが秋成先生の「誤解」だったという説がある:
・・・宣長は、賀茂真淵や平田篤胤とはまったく違う意味に「大和心」「大和魂」 という言葉を使っていた。 「大和心」「大和魂」がもともと源氏物語や赤染衛門の歌に出てくるように、 それはもとはといえば女言葉であり、 平安時代の日本の女性的な心をさすものであった。 特に「漢学」に対する言葉だった。 宣長はもちろんそういう意味で使っている。 漢心(からごころ)、漢才(からざえ)に対して大和心という言葉を使っている。 そのことを指摘したのは小林秀雄だったと思うが・・・‐亦不知其所終‐上田秋成の誤解-01.14.2014 田中久三aka田中紀峰のサイト。
とすれば,天皇睦仁が使った「大和心」は狂信主義者平田実篤らの意味であるが,「大和心」がそもそも女言葉であり,平安時代の日本の女性的な心を指しているとすると,「をゝしき大和心」が意味をなさなくなる。 いやいや男男,男女,女男,女女‐平等の世の中だから女性にも「をゝしき大和心」があっておかしくない,というお叱りを受けそうだが,戦争(防人)に行くのは古来から男であるから,これは男の話である。したがって「をゝしき大和心」はますます意味をなさなくなる。
さて故・加藤周一は秋成・宣長両先生を登場させて彼らの議論を楽しんでいた(『夕陽妄語』)が,加藤が注目したのは鎌倉幕府三代将軍源実朝の『金槐和歌集』の中の歌「大海の磯もとどりに寄する波われて砕けて裂けて散るかも」である。暗殺を予感する人間のどこが「をゝしい」のかという加藤による批判である。しかし軍部はこの歌をも利用して戦争を煽った。そうして戦争に負ける。日本帝国はポツダム宣言・カイロ宣言を受諾し,桑港条約を調印し,国連に加盟する。その結果,南クリル諸島(歯舞,色丹島など)は日本の主権の及ばない島となる。敗戦後,はじめから北方領土は存在しない。
2019年1月,ロシアのラブラフ外相はわが国の首相に「日本は敗戦の結果を受け入れよ」と迫り,国連憲章107条を盾に南クリル諸島返還の野望を砕く。問題はそこで施政演説の歌「敷島の 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける」を伝え聞くであろうプ-チン大統領は6月のG20にやってくるだろうかという難題が持ち上がった。しかしプ-チンは西欧の大人であり,柔道の精神を知る「をとな」である。をゝしき心をもった武士であり,柔道六段乃至八段は威風堂々と大阪に現れるであろう。多少遅れて。
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