「対米」で内部亀裂あらわに ――習近平の中国(3)
- 2019年 8月 13日
- 時代をみる
- アメリカ中国田畑光永
前回の最後に、過去2回の中国の危機(1960年代末~70年代初、1989年)に毛沢東、周恩来、鄧小平といった人たちがいかにして政権を守ったかに触れた。私はいずれの場合もメンツや行きがかりにとらわれずに、彼らは大胆に現実と妥協した、という見方をとる。
そこから私は、今回の対米摩擦でも習近平は同じように考えると見た。たんに米の対中貿易赤字が巨額だというにとどまらず、技術移転とか国と企業のあり方といった幅広い分野で米側が中国に不信、不満を募らせていることは、昨18年12月1日、ブエノスアイレスでの首脳会談のテーブルにこれらが乗せられた以上、習近平も否応なく事態が容易ならざるものであることを自覚させられたはずだ。
そこでの習近平の態度をうかがわせる報道があった。会談直後の3日、会談に加わったムニューシン米財務長官が米CNBCテレビのインタビューで「首脳会談で中国側から1兆2000億ドル(約136兆円)以上、輸入を増やすと申し出があった」と語ったのだ。(『朝日新聞』・18年12月5日)
会談でのどういうやりとりの中での発言かは不明だが、1兆2000億ドルという数字はそれこそ半端でない。米の対中赤字の3~4年分にあたる。それだけの輸入をどれほどの期間に何を買って実現するのかはっきりしないが、とにかく気前のいいところを見せて、米の攻勢の切っ先をかわそうという戦術が見て取れる。衝突は避けたいという意思表示だ。
結局、このブエノスアイレス会談では、米側が関税第三弾として9月から2000億ドル分の輸入品にかけていた10%の関税を「19年1月から25%へ引き上げる」としていたのを「3月1日からに90日間延期」し、その間、閣僚級交渉を進めることになった。
その後の経過を、今年6月2日に中国の国務院新聞弁公室が出した「中米経済貿易交渉における中国の立場」という白書から拾ってゆくと、まず90日の期限内に3回の交渉が行われ、その結果、2月25日に米側は2000億ドル分についての関税を25%へ引き上げるのを期限なしで延期することにした。
さらに3月末から4月末にかけても3回の交渉がおこなわれて、「実質的な進展があり、・・・・両国は大部分の問題について一致を見た」。しかし、問題はこれからである。
白書は言う。「米政府は『得寸進尺』(一つ得れば、さらに多くを要求する)、強圧的な態度で極限的な圧力を加え、不合理な要求を突きつけ、これまでの追加関税を取り消すことを拒否し、協定の中に中國の主権にかかわる事柄を書き込むことを強く要求した。その結果、残った対立点で一致することはできなかった」
この白書は交渉が5月10日にいったん物別れとなった後、6月末のG20大阪会議の後に行われた米中首脳会談までの間に出された。中国側には非のないことを主張するために書かれたものであることは言うまでもない。
その間、米側からは大統領のツイッターをはじめ出席者からも断片的に経過が明らかにされた。米側関係者が口をそろえて言うところの骨子は、協定は150頁の文書にまとまったが、最後に中国側がそのうちの45頁を削除するように求めてきたために、話は壊れた、ということである。
これと中国側の白書を比べて見ると、米側の交渉態度についての形容詞などを除けば、内容は基本的に矛盾しない。唯一違うのは、米側がいったんは150頁の文書にまとまったと言っているのに対して、白書は米側が「中国の主権にかかわる事柄を書き込むことを強く要求した」とのべて、そこで交渉が頓挫したと受け取れるように書いている点である。
当時の報道いを思いだしてみると、交渉はほとんどまとまり、3月末か4月には習近平訪米で決着か、といった観測さえ流れていた。ところがその後、米側から「中国が土壇場で後戻りした」という非難の声が上がったのであった。問題は文書がいったんまとまった後になって、中国側がそれの取り消しとか修正を求めたのか、そうではなくて文書にまとまる前に話は壊れたのか、である。前者であれば交渉団がまとめたものが、別の力で否定されたことになるわけで、私はそれが現実に起こったことだったと考える。
5月交渉に訪米した劉鶴から、前に触れたように主席特使の肩書が消えたり、劉鶴自身の発言も「主権にかかわることは譲れない」と言いつつ、「閣僚級の交渉での合意は難しい。両国の首脳同士で決着してほしい」と、すでに自分の手ではどうにもならない状況を訴えていた。どうみても劉鶴がまとめた協定が国内で否定されたとしか見えない。
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どういう状況だったか、想像してみよう。春は中国の政治の季節である。国会にあたる全国人民代表大会、諮問機関の全国政治協商会議という、それぞれ千人単位の代表を集める大きな会議が北京で開かれる。
と言って、普通の国の議会のように激しい論戦が戦わされるわけではないが、各政府機関や地方代表の記者会見が開かれたりして、国の動きに関心が集まる時期である。したがって折からの対米交渉は注目の的であったはずであり、その中に「主権にかかわる事柄」があったとすれば、当然、立法措置とかあるいは中央と地方の政府の権限にかかわる部分もあったであろう。さまざまな事態が想像できるが、何らかの形で対米交渉の内容が明らかにされ、その結果、協定の中身が妥協的に過ぎる、主権が侵される、交渉団が弱腰すぎる、という批判が巻き起こったのではなかったか。
批判の対象は当然、習近平ということになるが、一強体制下では直接、習近平を批判することははばかられる。そこで「将を射んとすれば、まず馬を射よ」で、交渉団首席代表の劉鶴に批判が集中した。習もそれを無視するわけにはいかず、いったんまとまった協定案文の一部(米側の言う150頁のうちの45頁か)の削除、あるいは再交渉を命じ、劉鶴から国家主席特使の肩書を外した・・・
こう考える以外、3月から5月にかけて起こったことを合理的に説明できる筋道はなさそうに思える。そして、劉鶴が交渉を中断してワシントンから帰国した1か月後、このストーリーを裏付けるような出来事があった。
6月上旬から、中国の新聞各紙にいっせいに「対米投降派」を批判、攻撃する文章が載ったのである。発端は6月8日の国営新華社通信が「戦闘檄文」という論評を配信したことで、私は香港の『多維新聞』というサイトで2,3日後にそれを知り、当日の新華社を検索したが、確か This article has sensitive words とあるだけで、本文は消されていた。今度も念のため検索してみたが、今回は The request contains sensitive words と変わっただけで、檄文そのものにはお目にかかれなかった。
香港メディアによると、その檄文は米との貿易戦で中国内部に投降派がいることを指摘し、「それらの人間は軟骨病にかかり、民族の気概を失い、中国は妥協すべしと鼓吹している」として、投降派との戦闘を呼びかけているという。
その檄にこたえるように、6月11日の『人民日報』が「恐米崇米の心理を捨てよ」という論評を掲げたのを皮切りに、同19日「中国は“もしも”がもたらす苦い結果を飲み下せるか」(もしも米に逆らわなかったら、中国ははたして安泰だったか、という趣旨)、同25日「あえて戦うことで尊厳を勝ち取れる」と、対米軟弱派を攻撃する文章を掲載した。
『光明日報』『環球時報』なども同趣旨の文章を掲載したが、共通した特徴はいずれも対米軟弱派は「ごく少数である」と強調していることである。つまり一般的な社会の風潮を言っているのでなく、指導層の内部の具体的な人間、あるいは人間たちを念頭に置いて書かれ、読むほうもわかる人には誰のことだかわかるはずといった書きっぷりだ。
すくなくともこの時期、指導部内に対米軟弱外交を強く批判する人たち(勢力といえるか)がいて、新華社、『人民日報』という党の公式メディアを動かしたことは間違いない。この人たちは習近平が対米妥協で危機をしのごうという戦略にはっきりノーをつきつけ、それが党内の大勢を占めて、いったんはまとまった協定をホゴにさせたとしか私には考えられない。
しかし、交渉を暗礁に乗り上げさせたままにはできない。トランプ側は延期していた2000憶ドルの中国からの輸入品の一部の関税をさらに25%まで上げることを6月から実施した。
次の事態打開のチャンスとして、当然のことながら6月末に大阪で開かれるG20の首脳会議で再度トランプ・習近平会談かという観測が広まった。トランプ側がすぐにそれに応じる構えを見せたのに対して、習近平は煮え切らなかった。おそらくトランプの強引な攻め口にどう応じるか考えあぐねていたのであろう。
大阪での首脳会談が決まったのは6月18日、電話による2人の直接会話によってだった。会談のわずか11日前である。
さて、6月29日の大阪会談。これもいろいろと興味深い。
会談は1時間余りの短いもので、中断している閣僚級交渉の再開を決めたほか、中国側新華社の報道では、儀礼的な部分を除くと、習近平は「交渉は平等で、相手を尊重するものでなければならない。主権と尊厳にかかわる問題では中国は自国の核心的利益を守る」と発言し、トランプは「これ以上新しい関税を中国製品にかけることはしないが、中国が米からの輸入を増やすことを希望する。双方が受け入れられる協定ができることを願っている」と発言した、とされている。つまり具体的な問題についての首脳間のやり取りはなかったことになっている。
一方のトランプは記者団相手に1時間半も長広舌を振るい(中国問題だけではないが)、その中で中国の通信機器大手「華為」へ米企業からの部品供給を禁止しているのを、安全保障上の問題のないものは認めることになったとか、中国が大量の米国産農産物を買い付けることになったとか、中国側は米国製品の輸入については現実の需要に即して行うといった、などと、「各論」を明らかにした。この食い違いが8月初めの、今のところの最後の「破局」のもとになったのでは、と考えられる。
大阪会談を受けて、双方の交渉当事者は7月末に上海で交渉を再開することになったが、その前にトランプは「中国は農産物の大量購入という約束を守っていない」としきりに中国を攻撃し始めた。それに対して中国側からは「すでに大量の農産物を輸入し始めているが、これは米への譲歩ではなくて、善意の表明だ」という新聞論調(新華社、『環球時報』7月28日)が返された。習近平は首脳会談で農産物の大量購入を約束させられたと受け取られないように、通常の貿易として農産物の輸入が行われるように装いたかったのだ。しかし、それでは「自分の功績の宣伝」と「即効」を求めてやまないトランプを満足させることはできなかった。
上海での交渉は7月31日に開かれ、次回は9月にワシントンで、と決めて、終わったが、翌8月1日、業を煮やしたトランプがついに切り札ともいうべき第4弾の関税攻撃、つまりそれまでの3次にわたる合計2500憶ドルの中国産品に対する25%の追加関税に加えて、あらたに3000憶ドル分の中国製品に10%の追加関税を9月1日からかけることを表明した。
これに対して中国側も、報復措置として米国産農産物の輸入を停止するように国有企業に指示、それに対して5日には米財務省が11年ぶりに中國を「為替操作国」に認定した。
「為替操作国」として、自国の有利なように為替を操作する国とのレッテルを張られると、関税のよる制裁を受けたり、為替の切り上げを求める国際的圧力をうけたりという不利益を被る可能性がある。こんな扱いを受ければ、中国としても世界第2の経済大国としてのプライドから黙ってはいないだろう。取っ組み合ったまま急坂を転げ落ちるような両大国の姿である。
世界はどうなるのか、各国それぞれの不安、懸念がここ数日間の各種市場の波乱に表れている。にもかかわらず、肝心の米中交渉は9月に再開とは決まっているが、妥結のめどはなにもない。このような事態はだれも予想していなかっただろう。
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どうしてこんなことになったのか。習近平は見てきたように毛沢東、周恩来、鄧小平の先達に倣って、米との妥協の道を選んだ。しかし、残念ながら、習には先達のような威信、統率力、人望がなかった。むしろ習があまりに一強体制の構築に力を入れたことが、逆に党内に反発を生んだとも考えられる。ということは、習近平・劉鶴の対米妥協路線に反対するよりも、習・劉のすることに反対するムードが「対米投降主義反対」の看板を生んだのかもしれない。いずれにしろ習近平の足元に伸びる党内の亀裂が習を今、進退両難の窮地に追い込んでいると思える。あるいはトランプが言うように、習は来年の米大統領選挙でトランプが負けることを心待ちにしているということも十分にありうる。
一方のトランプはといえば、まさしく多くの指摘通り選挙で再選されることを至上命題に、ひたすら自己の有能さと成果を宣伝すること以外には全く関心がないように見える。彼にとっては成果が上がらないなら、対中交渉などはもはやどうでもいいかもしれない。
トランプ、習近平―この2人が米中両大国のトップであることが世界の大きな災いのもととならないように祈るしかない。 (この項終わり)
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