青山森人の東チモールだより…あまり品が良いとはいえない選挙戦
- 2018年 5月 1日
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青山森人の東チモールだより 第368号(2018年4月30日)─ あまり品が良いとはいえない選挙戦
幕が切って落とされた前倒し選挙戦
いわゆる“前倒し選挙”の選挙戦が4月10日から始まりました。選挙運動は5月9日まで続き、二日間の“冷却期間”を挟んで、5月12日が投票日という日程になっています。
5年に一度実施される議会総選挙は去年2017年7月22日におこなわれ、その結果発足した第7次立憲政府とは、23議席を獲ったフレテリン(東チモール独立革命戦線)と7議席を獲った民主党の連立による併せて30議席を有する少数政権となり、併せて35議席を有する野党連合を相手に国会運営をまともに行なえず、政局は袋小路に迷い込んでしまいました。ル=オロ大統領は今年1月26日、選挙によってこの政局を打開すると声明を出し、国会を解散したのでした。
以上のような道筋を振り返ればこの選挙を「やり直し選挙」または「再選挙」と呼ぶのが自然だとわたしは思いますが、東チモールでは「前倒し選挙」と呼んでいますので、ここでもそれに従うことにします。
去年の選挙結果をさらりとおさらいしておきましょう。21の政党または政治連合が臨んだ結果、議席を獲得できたのは次の5政党だけでした。
フレテリン—16万8480票 (29.7%) —23議席
CNRT———-16万7345票 (29.5%) —22議席
PLP————-6万0098票 (10.6%)——-8議席
民主党———-5万5608票 (9.8%) ——–7議席
KHUNTO—–3万6547票 (6.4%) ——–5議席
フレテリンと民主党の連立政権にたいし、CNRT(東チモール再建国民会議)とPLP(大衆解放党)そしてKHUNTO(チモール国民統一強化)の3政党は野党連合AMP(国会多数派連盟)を組み、数の力で政府による国会運営を阻み、フレテリン連立政権に何もやらせないで解散に追い込みました。
ル=オロ大統領による国会解散後、AMPはAMP(進歩のための改革連盟または前進への改革連盟、以下、進歩改革連盟とする)と頭文字を同じにしたまま、うまい具合に名前を変えて政権を狙います。その他の諸政党では、単独で選挙に挑む政党もあれば政治連合を組む勢力もあり、結局、選挙戦を闘うのは以下の8つの政党または政治勢力となりました(番号はくじ引きで決められた選挙番号)。
(チモール社会党とチモール人民主社会行動センターとキリスト教徒民主党による連合勢力)
これらの政党または政治勢力を選ぶ有権者数は78万4286人。実際の有権者登録をした者は78万7761人いたものの、この中で投票日5月12日に17歳に達しない者が三千名以上いたとSTAE(選挙管理技術事務局)が発表しています。
注目されるAMPへの評価
今回の前倒し選挙に臨む政党または政治勢力は8つあるものの、フレテリンとAMP、どちらが政権を握るのか、の勝負といってもよいでしょう。有権者の投票行動が前回2017年7月の選挙とさほど変わらないと単純に仮定すると、35議席を占めていたAMPが有利といえるでしょう。しかし、フレテリンと民主党の連立政権に何もさせずに数合わせの論理で権力を握ろうとするAMPの姿勢に有権者が否定的な判断をするならば、フレテリンがAMPへの批判票をもらうことも十分に考えられます。
AMPが批判をうけるとしたら次の点が考えられます。前回の選挙でPLPのタウル=マタン=ルアク党首がシャナナCNRT党首を猛批判することによって選挙初挑戦で8議席も獲得したのに(タウル党首は5議席がせいぜいだと考えていたが8議席も獲り非常に喜んでいたとタウル党首に近い人物がわたしに教えてくれた)、対フレテリン政権の樹立を目指すということからあっさりとシャナナ党首と組んでしまった政治姿勢です。タウル党首は、シャナナCNRT党首と組んだことについて政治的ご都合主義ではなく現実主義だとテレビのインタビュー番組で述べましたが、果たして有権者がどう判断するでしょうか。
以上のことはこう言い換えることができます。つまり、解放軍の総司令官(シャナナ)と参謀長(タウル)だった両雄がようやく仲良く国政に取り組むときがやってきた、これは本来ならばインドネシア軍が撤退した瞬間から実現されるべき姿であった、あぁ…わたしたち東チモール国民はこれを待っていたのだ、と有権者はAMPに投票するか、それとも、さんざん対立していた二人が反フレテリンという古めかしい対立構造を煽り、これまでの立場をいとも簡単に忘れて手を組むとはけしからん、そこまでして権力が欲しいのか、と有権者はあきれてAMPに投票しないか、どのような審判を受けるかということです。
過熱する非難合戦
前回の総選挙で展開されていた政治的組み合わせ・対立構造は、今回の前倒し選挙では随分と様変わりしています。まず何と言っても先述したとおり、シャナナCNRT党首とタウルPLP党首が手を組んだことが顕著な変化といえます。その他に例えば、前回タウルPLP党首を応援したアビリオ=アラウジョ氏(*)は今回フレテリン支持に回りました。またシャナナ連立政権で法務大臣を務め、汚職で有罪判決を受け、いままた別の汚職容疑で被告となっているルシア=ロバト元法務大臣は、日本風にいうとシャナナ“チルドレン”の一人だったのに、フレテリンを応援しています。
(*)アビリオ=アラウジョ氏:フレテリン海外代表部長だったが、1993年、インドネシア主導の「和解会談」の計画を進めたことから、フレテリンから解任された人物。当時、「武装闘争は破綻した」と発言するなど典型的な転向姿勢を示し、ビジネスマンとなった。
特筆すべき変化として、「ノーベル平和賞」受賞者のジョゼ=ラモス=オルタ元外務協力大臣・元首相・元大統領がフレテリン支持に回ったことを挙げねばなりますまい。短命に終わった第7次立憲政府で国政大臣兼国家治安顧問として入閣したとはいえ、誰とも・どの陣営とも角の立つ政治的立場を示すことのなかったジョゼ=ラモス=オルタ氏としては極めて珍しい鮮明な政治姿勢といえます。フレテリンの応援演説や新聞のインタビューのなかでラモス=オルタ氏は、これからの10年間は教育の平等を優先すべきだというように、いまはシャナナCNRT党首とくっついてしまったタウルPLP党首のかつての主張を引き継ぐかのように、過去10年間のシャナナ連立政権を批判しているのです。マリ=アルカテリ書記長も選挙運動のなかで、10年続いたシャナナ連立政権を酷評します。
これにたいしシャナナCNRT党首(選挙運動中はAMP代表というべきか)は、この二人にたいし「国民に嘘をつくのはやめろ」と言い返します。アビリオ=アラウジョ氏がシャナナはマルクス主義の政党をつくったと無茶苦茶なことをいえば、シャナナAMP代表は「アビリオ=アラウジョはビジネスマンなんかじゃない、ただ人を呼んで……」と賄賂のやり取りをするような仕草をしてやります。かくしてこの選挙戦、フレテリンとAMPの分極化のなかでまっとうな政治論争は展開されず、品が良いとはいえない個人攻撃の装いを帯びてきました。議席を獲れる見込みのない少数政党または少数政治勢力によるバラマキ政策を語る選挙演説が上品に思えるほどです。
東チモールの選挙管理委員会であるCNE(国家選挙委員会)は、フレテリンとAMPの政治指導者たちに相手を侮辱する辛辣な言葉の使用を控えるよう通告し、大統領・学生団体など各方面からは、抵抗運動の顔であり現在も国の顔である指導者たちは自己制御できていない、非難合戦をやめて指導者たちは国の将来について議論してほしいなどという懸念が表明される始末です。
たった千票ほどの差で第一党の地位をフレテリンに奪われたシャナナCNRT党首と、シャナナCNRT党首によって少数政権になってしまったフレテリン書記長・マリ=アルカテリ首相の、それぞれの立場を思えば遺恨試合の様相を漂わせているこの選挙戦で過熱気味になるのは無理もないとはいえ、相手を思いやるという東チモールの伝家の宝刀が蔑ろにされているのは嘆かわしいかぎりです。とくに、暴走気味のシャナナAMP代表にブレーキをかけるべき立場にあるタウルPLP党首(AMPのなかでは報道官という立場)までもがこの非難合戦の渦中にいるというのが残念な驚きです。
シャナナは、大丈夫か?
わたしはいま「暴走気味のシャナナ」と書いてしまいましたが、これは報道やニュース映像を見て受けた印象であり、前回2017年の選挙運動のころから抱いている印象でもあります。大丈夫か?と思ってしまうような言動がとても気になります。
前号の「東チモールだより」で、「疑問が残るシャナナの言動」について書きました。オーストラリアとの領海画定交渉の団長であるシャナナ=グズマン氏は3月11日に帰国して以来、政府首脳にも大統領にも会おうともせず報告もしようとしませんでした。その後、4月に入ると領海画定交渉の報告会を公開対話集会というかたちで大聖堂や国立大学で開きました。これはこれでたいへんけっこうです。やっぱりシャナナは偉い、と思いきや、依然として政府・大統領府を無視しつづけました。
大聖堂での集会の模様はインターネットで見ることができます。シャナナ交渉団長は交渉内容を一般市民に報告しているつもりなのかもしれませんが、報告というより、感情の起伏が激しいしゃべりによる扇動です。報告会とは程遠い性質の集会という印象を抱かせます。
ともかく報告会で一般大衆に示したシャナナ=グズマン氏の大なる存在感は、4月10日の選挙戦開始とともに選挙運動へと引き継がれたかたちとなりました。自陣に有利な日程の組み方はさすがシャナナ、巧妙だなということができます。しかし、解放闘争の最高指導者だった人物による冷静さの欠いた激情(劇場?)的なしゃべり方は、上記のように相手を侮辱する辛辣な言葉の応酬という見苦しい選挙戦の要因の一つとなってしまいました。
この冷静さを欠いたシャナナAMP代表による選挙演説は別の意味でまた危険です。AMP陣営の顔はなんといっても山で侵略軍と戦ってきた解放軍の総司令官と参謀長の二人です(KHUNTOのナイモリ党首には悪いが)。フレテリンの顔はマリ=アルカテリ書記長であり、その応援者はラモス=オルタ元大統領とアビリオ=アラウジョ氏…となると、フレテリン陣営には抵抗運動時代の海外活動組み([外交戦線]と東チモールでは呼ばれる)の顔が並びます。シャナナAMP代表は選挙演説のなかで、この三人の海外組みにたいして東チモール内の抵抗運動組織からこの三人に送られた書簡を抵抗博物館に贈呈せよといったのに何も反応はない、なぜか、そうすればその書簡の内容が一般公開されることを恐れるからだ、と挑発したのです。これは明らかに一線を越えたマズイ発言です。武装闘争を含んだ抵抗運動には微妙で複雑な秘密事項が多く含まれ、それを安易に口外すると思わぬ事件に発展する危険性があるからです。国防軍のレレ=アナン=チムール司令官は、抵抗運動時代に遡っての非難合戦は危険だと警告し、東チモールのカトリック教会の重鎮・バジリオ=ナシメント司教は、政策論争をしないで誰が独立に尽くしたかという言い方をする「政治指導者たちはわたしたちを悲しませている」と述べました。
東チモール民族解放運動の最高峰はシャナナ=グズマン氏であることは誰しもが認めるところです。そのシャナナ=グズマン氏が他の指導者たちによる抵抗運動への貢献度を蔑むような発言をするのは、身も蓋もないとはこのことで、遺憾の極みです。シャナナ=グズマン氏は、大丈夫でしょうか?
ラモス=オルタ氏、シャナナが負けることを望む
シャナナ=グズマン氏の言動を疑問視…というより心配しているのはラモス=オルタ元大統領です。『テンポセマナル』紙のインターネット版である『テンポチモール』に「オルタ、シャナナが負けを望む」というタイトルの付いたオキ記者(オキ記者については東チモールだより第352号参照)によるラモス=オルタ氏へのインタビュー記事が掲載されています(2018年4月18日)。これを読んでわたしは、シャナナ=グズマン氏の言動に感じることは特別なものではないと安心しました(もちろん悲しくもあるが)。
選挙運動についてラモス=オルタ氏は、「辛辣な演説がさらに沸きあがってくることが予想される。とくにシャナナ=グズマン氏だ。かれはもう70歳を越えている。かれを見たまえ。疲れているのだ。今回が最後の活動となろう。かれはいい男だ。国を心配し、国を最高の状態にもっていきたいと思っている。おそらく、すべての人が自分を支援してくれているとは感じておらず辛い思いをしているのだ」と抵抗運動の最高指導者を気遣います。大統領時代と連立政権時代をわせて15年間もの長期間にわたって国を指導していることに触れ、交代が望ましいことを示唆します。そしてこう述べます。「シャナナがいくらこの選挙に勝ちたいと思っても、政治的にいってシャナナは去ることになるだろう。わたしはほぼ確約できる、シャナナは首相にならない。2015年に首相の座を降りたことを有権者は見ているからだ。だからフレテリンに支持が集まっている。フレテリンと新しい党の時代がきたのだ」。
マリ=アルカテリ氏とシャナナ=グズマン氏の比較について、「基本的にマリ=アルカテリ氏は厳格な管理者である。かれが経済学者・管理者・行政官になるために勉強してきたことにわたしはとても感銘している。かれは非常に厳格なので、シャナナはかれのことを時々嫌がるのである。シャナナはあまりにも柔軟であり、自然発生的で、そして即席的で場当たり的だ。アルカテリ氏は法律と規則にのっとっていく、とても異なった指導者である」。ラモス=オルタ氏によるシャナナ=グズマン氏にたいするこの人物評は、かつてタウル=マタン=ルアク氏がしたシャナナ評と一致しています。
どのような政治的野心を抱いているのかときかれると、ラモス=オルタ氏はこういいます。「いやいや、わたしはいかなる政治的野心も抱いていない。フレテリンの候補者名簿にも載っていない。わたしはただアルカテリ氏を、フレテリンを応援したいだけなのだ。そして民主党も応援したい。なぜなら東チモールの政党を見渡すと、フレテリンと民主党だけが根をはっているからだ。(民主党の指導者)ラ=サマ氏が亡くなってからも民主党は強いし、もしアルカテリ氏が本日去ったとしてフレテリンには大勢の後継者がいる。このことがこの国の安全と民主主義を保障することになる。それにたいしCNRTだが、もし今日シャナナ氏が党を去りたいというと、CNRTは散り散りばらばらになってしまうだろう。PLPはもっと悪い。CNRTより教育的な経験を積んでいないからだ。だからわたしは民主党とフレテリンを支持するのだ」。
「この選挙はあなたにとって、また東チモールにとって、どのような意味がありますか」という質問にラモス=オルタ氏はこう応えます。「この国の指導者の一人として、もしこの選挙が平和裏に進むとしたら、それは東チモールの民主主義の成熟さを再び示したことにわたしはうれしく思う。もしシャナナ氏が勝利したら――そう思う人はほとんどいないし、観測者や外国の外交官たち、教会、皆わたしにCNRTが勝つことは難しくフレテリンが勝つだろうという――ともかく、もしシャナナ氏が勝てば、わたしは真っ先にかれを祝福し、かれの成功を願うだろう。かれはできる限りの支援を必要とするであろう。その一部にわたしはなれないが、一人の東チモール人としてかれが良い政治をおこなうことを祈るであろう」。
ラモス=オルタ氏がフレテリン支持に回ったのは、AMPが負けるであろうとおおよその見当をつけることができたからであることが、このインタビュー記事からうかがい知ることができます。ラモス=オルタ氏によるシャナナ=グズマン氏への気遣いはシャナナ氏に対する批判の裏返しですが、これがどこまで一般的なのか、選挙結果で判明することでしょう。
さて、国連は安全保障にかんする意見を求めたいとしてシャナナ=グズマン氏を招待しました。紛争が絶えない国際情勢にたいする国連改革に向けてのことだと報じられています。平和への実践者としてシャナナ=グズマン氏は国際社会から高い評価を受けていることをシャナナ氏自身が自覚し、選挙運動における情味のない発言をやめて欲しいものです。シャナナAMP代表は4月21日から27日までニュヨーク出張となりました。これが個人攻撃を繰り返す指導者たちの頭が冷やされるがきっかけになることを切に望みます。
~次号へ続く~
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion7600:180501〕
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