「資本主義の次に来る世界」(ジェイソン・ヒッケル著:東洋経済新報社、2023年4月刊)要約 (四)
- 2023年 11月 16日
- 評論・紹介・意見
- ジェイソン・ヒッケル椎名鉄雄資本主義の次に来る世界
編集部:註
本稿は当初第1部の掲載予定だったが、第2部も掲載する。全体は下記の通りである。
はじめに 人新世と資本主義 (一)
第1部 多いほうが貧しい
第1章 資本主義――その血塗られた創造の物語 (一)
http://chikyuza.net/archives/131145
第2章 ジャガノート(圧倒的破壊力)の台頭 (二)
http://chikyuza.net/archives/131202
第3章 テクノロジーはわたしたちを救うか? (三)
http://chikyuza.net/archives/131230
第2部 少ないほうが豊か
第4章 良い人生に必要なものは何か (四 今回)
第5章 ポスト資本主義への道 (五)
第6章 すべてはつながっている (六)
第4章 良い人生に必要なものは何か
<成長は進歩をもたらすか>
1970年代の初め、イギリスの学者トマス・マッキューンは、1870年以降平均寿命が著しく伸びた原因は、平均所得の増加にある、と言う説を発表した。この説は成長主義の支えとなった。経済成長への道を開く為、環境保護をやめ、労働規制を緩和し、医療や教育への支出を減らし、富裕層への課税を減らすのだ、とIMFと世界銀行は主張した。しかし1500年から産業革命までの長期的データによると、成長は一般庶民の福利を向上させなかった。資本家はコモン(土地、森林、牧草地、その他人々が生きるために依存していた資源)を囲い込み、自給自足経済を破壊し人々を労働市場に追いやった。そして平均寿命は低下した。それから400年近く経ってから平均寿命は回復し始めた。それは、イギリスのチャーチスト運動(労働者階級による選挙権獲得運動)等により平民が選挙兼を獲得し、労働者が組合を組織して上流階級に対抗しうる状況が生まれたことによる。活動家たちは新たなビジョンを示し、公衆衛生システムだけではなく、公的医療制度、公教育、公営住宅を実現した。そうした公共財(ある意味では新種のコモンズ)へのアクセスは平均寿命の延びに拍車をかけた。2015年「国連開発計画」は、経済成長と保健・教育の変化の関係は弱いとする分析結果を発表した。
<GDPは人を幸福にできない>
実証的証拠は、GDPが高レベルでなくとも人間開発指標(平均寿命、教育,識字、所得の複合統計指標)を高レベルにできることを示している。平均寿命を例にとると、アメリカは、国民一人当たり国民所得が59500ドルであるが平均寿命は78・7歳、日本は所得がアメリカより35%低いが、平均寿命は84歳である。ポルトガルは所得がアメリカより65%低いが平均寿命は81・1歳、コスタリカは、アメリカより所得が80%低いが、平均寿命では勝っている。コスタリカは1980年代に平均寿命を目覚しく延ばした。その時期国民一人当たりGDPはアメリカの7分の1で全く成長はしなかった。こうした現象は何故起こるのか、その答えは簡単だ。質の高い公的医療制度と教育システムに投資したからだ。最も重要なのは、万人向けの公共財への投資である。
GDPと人間の福利の関係がある時点を越えると破綻するのは明らかだ。ある時点を越えると成長は不経済となる。ポルトガルがアメリカより低いGDPでアメリカより高いレベルの福利を実現しているのであれば、アメリカのハイレベルの所得は無駄だったことになる。アメリカの成長はある時点から人々の福利向上に寄与しなくなったとみなすことが出来る。2014年政治学者のアダム・オリックズ・コザリンは、「幸福度が最も高いのは堅牢な福祉制度を持つ国だ」と言う驚くべきことを発見した。即ち国民皆保険、失業保険、年金、手ごろな価格の住宅、託児所、最低賃金制度等が整っている国ほど幸福度が高い。ドイツ、オーストラリア、フインランド、カナダ、デンマークが含まれる。古典的な社会民主主義の国々だ。又、人生の有意義さ(内在的価値)はお金や自宅の大小と言った外的な指標とは無関係だ。人間は共有し、協力し、コミュニテイを築く為に進化してきた。人間は、コミュニテイの中で人とのつながりを表現できる状況では生き生きと活動する。
<成長のない繁栄>
これらのことは、高中所得国や高所得国は成長しなくても全国民に良い生活を提供し、人間の良い進歩を達成できることを示している。不平等を是正し、公共財に投資し、所得と機会をより公平に分配すればよいのだ。このアプローチのすばらしいところは、生態系にプラスの影響を及ぼせることだ。デンマークの例では、人々は余分なものは買わない。企業は過剰宣伝をしない。国民一人当たりのCO2の排出量は低い。世界人口の上位10%の富裕層は1990年以来、世界のCO2総排出量の半分以上を占めている。気候変動の大半は富裕層によって引き起こされているのだ。富裕層の消費するものが大量のエネルギーを消費するからだ。(豪邸、大型車、プライベートジェット、贅沢な輸入品など)
誰でも利用できる公共財の存在は、所得を増やさなければというプレッシャーから人々を解放する。もしアメリカが、公的医療・公教育制度に移行したら人々は、所得増加のプレッシャーから開放されるだろう。アメリカでは、医療や教育という基本的サービスを利用するコストが法外に高い。利益を中心としたシステムのせいだ。公共サービスやその他のコモン(公共財)へのアクセスを拡大すれば、人々の福利購買力を向上させられる。そうすれば更なる成長を遂げられなくても豊かな生活を実現できる。格差拡大をもたらす新自由主義を根柢から覆さなければならない。成長主義は少数に利益をもたらすイデオロギーだ。
<サウスのための公正さ>
私と同僚は150カ国以上のデータ分析の結果、グローバル・サウスの各国は、プラネタリー・バウンダリー(人類が生存できる安全な活動領域とその限界点を定義する概念)の範囲内で、主要な人間開発指標(平均寿命、幸福度、公衆衛生、教育等)を大幅に向上させることが出来るという結論を得た。そのためには開発についての考え方を根底から変える必要がある。経済は人間と生態系の要求を中心に組み立てるべきである。堅牢で普遍的な社会政策に投資し、医療、教育、水、住宅、社会保障制度を約束する。労働法の整備、累進課税によって所得を再分配する。関税と補助金を活用して国内産業を保護する。そのためには1980年代から始まったアメリカの構造調整計画(世界銀行とIMFが援助国政府の政策決定に介入することを条件に実施する融資)から開放されることが重要だ。
1980年以降の40年間グローバル・サウスの人達は、彼らの一日当たりの収入は平均で年3セントしか増えなかった。世界経済の成長がもたらした新たな収入の46%以上が最も豊かな5%に流れている。1%の最富裕層が所有する資産の価値は158兆ドルにものぼり世界総資産のほぼ半分に相当する。貧困国から富裕国へ資金が流出しているのだ。
<イデオロギーからの脱却>
GDP成長を人類の進歩の指標にすることは一種のイデオロギー(仮説:思想)ではないか。支配層が主張するこのイデオロギーは、資本蓄積のメカニズムを加速させたいからだ。このメカニズムの中で不平等・気候変動・生態系破壊は進んでいる。
<イノベーションは成長を必要とするか>
成長は技術的進歩のために欠かせない、との強力な主張があるが、成長がなくてもイノベーションは可能である。気候変動問題を解決するためには、より性能の良いソーラーパネル、風力タービン等が必要である。これらは既存の公的資金を動かすことで実現できる。既存のインフラ(下水道、道路、鉄道、電力、郵便等)計画の大半は公共投資によって賄われてきた。既存の公的資金を動かすことで新エネルギー移行(技術革新)も可能である。今までの技術革新に資金を提供したのは主に公的機関である。
<新しい進歩の指標が世界を正しい方向へと導く>
世界有数の経済学者の間でも成長主義は、イデオロギーとして力を失い始めている。ノベル賞受賞者、ジョセフ・ステイグリッツは「暮らしの質の測り間違い~GDPはなぜ無意味なのか~」と題した報告者を発表した。これを受けOECDは住宅、仕事、教育、健康、幸福などの福祉指標を組み入れた新しい指標(BLI)を発表した。ニュージーランド首相は、では2019年度、GDPの成長ではなく幸福度の向上を目指すことを約束した。中国の習近平は、長年の方針を覆しGDPを自国の進歩の主な指標としないことを発表した。成長主義のイデオロギーからの脱却がはじまった。しかしGDP の測定をやめれば資本は自動的に増収を追求しなくなり経済は持続可能なものになる、と考えるのは甘すぎる。 続く
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion13383:231116〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。