杉田水脈とはなんだったのか? 安倍晋三政権のプロパガンダ装置
- 2024年 2月 14日
- 評論・紹介・意見
- アベプロパガンダ小川 洋杉田水脈
行政と司法から人権侵犯を認定された国会議員
その差別的言動でよく知られている杉田水脈衆議院議員が最高裁まで争っていた訴訟の敗訴が確定した。安倍晋三元首相と親しかったジャーナリストから性被害を受けた伊藤詩織氏を中傷するX(旧・ツイッター)上の投稿に「いいね」を20数回押したことにより名誉感情を傷つけられたとして、杉田氏は伊藤氏から賠償を請求されていた。今回その違法性が認定され、杉田氏に賠償金の支払いが命じられたのである。
昨年には彼女が、民族衣装を着たアイヌや在日コリアンの人々をブログで、「同じ空気を吸っているだけでも気持ち悪くなる」などと投稿したことについて、大阪と札幌の各法務局から人権侵犯と認められて反省を促されている。しかしその後も、アイヌ団体が正規の手続きにより受けた補助金に対して「公金チューチュー」と投稿して団体を中傷している。ところが自民党の裏金問題が表面化すると、杉田氏自身も1560万円という大金を受け取っていたことが発覚し、ネット上では「杉田の裏金チューチュー」と揶揄されている。
杉田氏は司法と行政から人権侵害を認定されたことになるが、彼女は立法府に議席を持つ。安倍元首相が自民党総裁として、彼女を比例代表(中国)に選んだからである。彼女の名前を投票用紙に書いた有権者は一人もなく、彼女に議席を与えた全責任は故安倍晋三氏にある。議員としての品位を著しく損ねる杉田氏に対して国会も何らかのアクションをとるべきではないか。
杉田水脈氏の論法
筆者が彼女をじっくりと観察する機会があったのは、映画『主戦場』(2019年7月公開)のなかであった。映画は従軍慰安婦問題などをめぐる論争の当事者たちへのインタビューで構成したものである。彼女はその中で何回も登場してインタビューに応えている。
その印象を一言でいえば、「無邪気さ」である。映画の中での彼女は、ひたすら「慰安婦という人たちの証言が首尾一貫しないから、信用できない」と主張する。英語の字幕では「inconsistent」であった。映画のなかで繰り返し登場するのだが、その都度、子どもっぽささえ感じさせる表情で同じ主張を繰り返すのであった。
彼女の論法は、ナチスのホロコースト否定論者の手法と同工異曲である。
映画『否定と肯定』(原題:“Denial”、2017年12月公開)でも取り上げられた否定論者のイギリス歴史家デイヴィッド・アーヴィングの手法と似ている。アーヴィングは、アウシュビッツなどの生存者に対し、収容所施設の構造、例えばドアの位置などについて質問する。その記憶の間違いを取り上げ、証言者たちが収容所の生存者であることを全否定する。
映画では、収容所体験者の腕に残る刺青の収容者番号を示しながら、「あなたはこれで、どれほど稼いできた?」と、侮辱する場面もある。
アーヴィングは、アメリカのホロコースト研究者デボラ・E・リップシュタットに対し、自分の著作について名誉を棄損されたとして、イギリスの裁判所に訴えたが、敗訴して訴訟費用の負担から破産宣告を受けている。さらにホロコースト否定の言動に対して刑事罰を規定しているオーストリアに入国した際に逮捕され、有罪判決を受けて3年間服役している。
特定の人々への杉田氏の執拗な攻撃は、刑事事件として扱うべきレベルに達しているといわざるをえない。
政権浮揚・維持策としての出版利用か
ところで最近、自民党の裏金問題が表面化し、その使途として二階堂元幹事長らの「書籍代」の多さが注目を集めている。飲食代などの遊興費に充てていたことを隠すための説明とみる向きもあるようだが、出版関係に多額の費用を支出した証拠や証言も出始めており、以下のような仮説が現実味を帯びてきた。つまり、安倍政権では、表面化しない政治資金を使って政権を称賛する書籍を出版させ、政権浮揚の雰囲気を醸成していたのではないかというわけである。
今から考えれば、安倍政権時代には出版界に不思議な現象が見られた。ほとんど無名であったり、カルト的あるいは極右的とみられていた人物たちの書籍が多く出され、なぜかそれなりに売れたのである。例えば、ほとんど無名の作家であった小川榮太郎氏の『徹底検証「森友・加計事件」朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』(2017年、飛鳥新社)は、発売10日で5万部以上を売上げたそうである。発売直後に毎日5千部が全国の書店やネット販売サイトから売れた計算だ。資金力のある何者かによる操作なしにはあり得ない動きである。
安倍政権時代に出版された安倍礼賛本としては、百田尚樹著『日本よ、咲き誇れ』(2013年、WAC)がある。16.5万部も売れてたという。著者本人によれば、2019年には氏の書籍の総部数は2000万部を突破したとしている。現在の日本の世帯数は約5000万であるから、2.5世帯に一冊は彼の本があるということになる。
安倍政権による出版の利用は、ネット上に物証も挙げられている。安倍氏本人の選挙区である「自民党山口県第四選挙区支部」宛ての紀伊国屋書店の領収書である。小川榮太郎著『約束の日』(2013年、幻冬舎)という安倍氏礼賛本の領収書であり、2000部の売り上げ、300万円余りの領収となっている。日付は出版とほぼ同時の2013年1月14日。領収書は見る限りは本物のようであり、発行元の紀伊国屋書店には控えがあるはずだから、その真実性の確認は容易であろう。
一般的に書籍の出版には数百万円が必要となる。さらに出版された書籍を数万部単位で購入すれば、億に近い出費となる。同じような企画で10冊の書籍を出せば10億円近くの負担となるが、これまでに明らかになっている裏金の額からすれば、十分賄える支出である。
杉田氏の役割―プロパガンダ装置として
政権礼賛本を「売れている書籍」という権威付けによって政権浮揚の空気を作ることに味を占めた安倍政権は、慰安婦問題などで歴史修正主義的言辞を振りまいていた杉田水脈氏に「国会議員」という権威を与えた。彼女は2012年、日本維新の会から衆議院選に立候補し、比例復活で当選したものの、14年の選挙では候補者中最下位で落選、浪人中に慰安婦問題などを攻撃する政治活動を行っていた。安倍元総裁は、その彼女をプロパガンダ装置として陣営に組み込んだのである。
彼女は国会議員として、日本軍の侵略による朝鮮や中国の被害者らだけではなく、少数民族や性的マイノリティらへの攻撃を繰り返してきた。安倍氏の期待に応え続けた結果、杉田氏は司法と行政から、常習的人権侵害者として認定されたのである。
本論の表題を「だったのか」と過去形にしたのは、彼女がすでに半ば過去の人になりつつあるからだ。安倍元首相が死去し、杉田氏をはじめ小川榮太郎氏、百田尚樹氏も表舞台から去りつつあるが、今後の政治を展望するためにも安倍政権時代の虚飾を剥ぎ取る作業が必要である。
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