気がついたら情報の交差点に
- 2024年 11月 12日
- 評論・紹介・意見
- ビジネス傭兵藤澤豊
この愚稿を読む前に、できれば下記拙稿を御一読いただければと思います。
「英語でどうのの前に日本語の問題」
http://chikyuza.net/archives/138125
「また便利屋になってしまった」
http://chikyuza.net/archives/137769
「英語で……」は取扱説明書などの技術資料の翻訳で禄を食んでいたときの、「また便利屋に……」はアメリカの産業用制御機器メーカの日本支社での経験で、いずれも一個人として遭遇したことでしかない。そこから日本人エンジニア、さらには広く日本人の事実を事実として伝える能力をうんぬんするのはためらうが、その後の転職先でも同じような状況を目にしてきたことから、一般論としても差し支えないと考えている。
アメリカの会社の日本支社でまた便利屋になってしまった顛末と、そこからオレはいったいなんなんだと考え込んだことを整理しておくことにした。
技術書類の翻訳では日本語で書かれたクライアントの正式書類が英語に翻訳すべき情報だったが、日本支社で与えられたのはエンジニアや営業マンの口頭情報だった。その多くがエンジニアが自らの手で障害を追跡して得たものではなく、顧客からかかってきた電話で受けたものだった。アメリカ本社からの駐在員に障害を解決する方法を訊きたいが、英語がままならないから通訳してくれと頼まれた。なんでオレが通訳をと思いながらも、オレの仕事じゃないと知らん顔というわけにもいかない。まずは同僚の話をと聞いていって驚いた。障害の表面的な状況まででしか掴んでいなかった。障害の詳細も分からなければ、障害が発生した経緯もわからない。できるだけ詳細に聞いて整理したうえで駐在員に相談しなければ、返ってくる答えは「まずは障害を追跡して、障害の原因の可能性を一つ一つ潰せ」しかない。
駐在員に相談にいこうにも見える障害の原因となっている原因を想像するには情報が足りなすぎる。相談してきた同僚にいくら訊いても、返ってくるのは先に聞いた表面的な症状までだった。そんな状態で駐在員に相談にいけば、呆れ顔でいつもの答えが返ってくるだけなのが目にみえていた。同僚にあれこれ視点を変えて聞き返しているうちに、取り調べでもしているような雰囲気になってしまう。いくら同僚にせかされても詳細情報なしでは相談にいけない。しょうがないから、マニュアルやトラブルシューティング関係の資料を漁って、これこれこれを客に確認するよう連絡してくれるように頼んだ。顔をしかめて逃げようとする。トラブルを人に丸投げして、そりゃないだろう。業務規程からして窓口担当はお前じゃないかと言いたかった。営業を間にいれて時間を稼いでおいて、客から返って来る情報を想定して、次の確認項目と確認方法を準備した。
そんな作業をしていると、あからさまに手を抜くヤツが出てくる。いくらも経たないうちに、営業マンの誰も彼もがこっちに丸投げするようになった。確認項目や確認方法なんか客に説明しきれないから、客に直接連絡してくんないか?おいおい、担当営業はお前だろうが。サービスエンジニアの手配も含めて、客との窓口業務を放り出してはないだろうと言ってはみたが、涼しい顔をしている。クレーム処理なんかに手間暇かけてたら、営業活動ができないだろう。ノルマどころのはなしじゃなくなって、下手したら首になっちゃうじゃないかというのが言い分だった。それは営業マンだけでなく、どの部署のマネージャ連中にも言えることだった。面倒な実務は人に振って、振られて四苦八苦している人たちの成績をつけるのがキャリア組の仕事だというのが日本の文化にまでなっている。課長も部長も営業マンと同じで、実務の面倒な話を押しつけてきた。オレは便利屋じゃないと怒鳴りたかった。
サービスエンジニアの手配がつかずにマーケティングがマニュアル片手に客先に出向いて障害を追跡することもしばしばで、ときには原因が分からずに半月も人質として客先に残る羽目に陥ったこともある。マーケティングの責務として、営業マンが積極的に販売活動を展開できる体制をつくり上げなければならないが、その前に目の前にある障害を取り除かなければ、次の注文にむけた営業活動どころではなくなる。それは分かっているが、マーケティングは雑用係じゃない。スイスイとアイススケートでもするかのように客先に軽約束をしては後始末を放り投げてくる調子のいい営業マンを数字だけで評価するバカな管理職が多すぎる。
駐在員との間に入るためにもマニュアルや資料、そして同業のマニュアルや資料に市販の技術資料を読み漁った。事務所で時間のあるときに目を通すもの、通勤電車のなかで読むもの、そして夕食後に読むもの……いくつもの資料を並行して読んでいった。情報が知識に昇華していくのはいいが、こんな便利屋のようなことをしていてマーケティングってのはなんなんだ。オレはいったい何をしているのか、何を目標としているのか、この先どうしたものかと考え出した。日立精機のときに便利屋とは大きく性格が違う。駐在員がアメリカの事業部との間に入ってはくれていたが、あるとき言われた。面倒だからお前が事業部の担当者と直接話せ。もう客先も営業マンもサービスエンジニアも通さずにお前のことろに直接話がきちゃってるだろう。もう事業部とのやり取りもオレを経由することもないだろう。オレが知ってる担当者もその上のマネージャにも言っておくから、お前がやり取りしろ。その方が間に入ったヤツのノイズが乗ることもないだろう。
そうして目の前のバタバタを一ヵ月、三ヶ月、半年先……緊急度と事前準備やなんやらの作業を楔のように並べて処理してゆく癖がついた。それは柔軟性の確保と確実性の妥協の産物だった。ただオレはなんなんだという疑問が大きくなっていくのを耐えるような生活になってしまった。そしてある日、ジョンソンに聞いた。
「オレは何なんだ?このままじゃ、ただのutility playerじゃないか」
「まあな、でもちょっと視点を変えて見ろ、そもそもお前、何になりたいってのか、何をできるようになりたいのか?ぼんやりしたものにしても、それがなけれりゃ、どうしても状況に流されちゃうことになっちゃうのを避けられないだろうが……」
ジョンソンと話していってわかった。状況に流されているということではジョンソンも同じだった。そこから三十過ぎた技術屋もどきの二人の自分はから始まって、日本とアメリカ社会の社会と文化、人びとの志向の違いの話へところがっていった。
「お前がいれば、オレはここにいなくても誰も困らない。事業部に帰ればいいだけだけど、お前はここになきゃならない、そう、何でも困ったらお前に相談すればなんとかなるって、みんなが思ってる」
「でだ、最初のそして、本質的なことになるけど、お前はどうしたいんだ」
「そうなんだよな。オレだけじゃないと思うだけど、日本人ってのは与えられた環境のなかでどう生きるってことしかかんがえられないんじゃないかと思ってるだけど、お前の目でみてどうなんだ」
「そこが不思議なところなんだ。オレももう日本にきて、五年以上になるし、知っての通り女房は日本人だ」
「どうにも説明がつかないんだけど、俺の目には、日本人には将来こうなりたい、こうしたいっていうのが見えないんだ。はっきりした目標をもたずになんで、そんなに真面目に仕事に人生を賭けられるのか?アメリカ人には理解できない。わかってんだろう。オレらは去年防衛産業に買収された。まあ、首にぶっといストローをさされて血を吸われつづけるってことだ。いままでのように創業家ののんびりした経営じゃなくなる。事業体の売り買いもあるだろうし、レイオフなんてのがいつ起きるかわからない。いくら頑張って業績を上げて、誰にも恥ずかしくない実績を上げても先は分からない。だから、アメリカ人の常識では家族が最優先で、その最優先を経済的に支えるために金が必要で、その金をえるための仕事は家族の下にしかおかない。でも日本人はストイックなまでに仕事を優先して、家族はその後だろう。でも仕事ってのも自分がこうありたいってところから始まってるわけじゃない。そもそも自分がどうありたいのか自分自身がわかっちゃいないっていうか、お前のように突き詰めて考えるヤツはめったにいない。お前は仕事だけじゃない、マークもいってるけど、内省的(Introspecutive)過ぎるんだよ。いくら考えたって、先は誰にも分からない。多分オレの神さまもお前の神様もな。ただ一つ言える確実なことがある。お前が今は走り回ってやっている事はお前の将来で間違いなく武器になるはずだ。専門性ってのか専門職ってのか、お前が気にしているのは?そんなものより、あっちでもこっちでも使える、武器にできる能力を培えれば、それをできる環境にいるんだから、そのまま走り続けろ。考えすぎるな。考えたって、とんでもなく違う、これといったカチカチにかたまったところに身を置いたら、それこそあるかもしれない将来を失うことになっちゃうからな」
2024/9/29 初稿
2024/11/11 改版
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion13955:241112〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。