「心理的免疫作戦」―放射能に対する免疫ではなく、無防備性を高める―
- 2011年 3月 28日
- 時代をみる
- 宇井 宙心理的免疫放射能
3.11の東北三陸沖地震で発生した津波による被災者の方々が味わっている苦しみは、被災者でない私には想像を絶しているが、今後長い年月をかけて被災地が復興したとしても、震災と津波で家族や家や友人を失った方々は、被災以前の生活に戻ることができないという意味で、3.11までと3.11以後という「二つの世界」を生きざるを得ないだろう。しかし、今後「二つの世界」を生きざるを得ないという運命は、全く違った意味と程度においてではあるが、福島原発人災により、関東地方と東北地方の人々、いや、ひょっとすると日本人全体の運命になったのではないだろうか。広瀬隆氏が3月26日の「たんぽぽ舎」講演会で述べたように、今後、日本人の多くは放射能で汚染された世界に生きざるを得ないのであり、元の生活に戻ることはできなくなった、ということだ。
京都大学原子炉実験所助教の今中哲二氏は、すでに22日の段階で「環境汚染の現状は『もう少しでチェルノブイリ』と推測される」と述べているが、フクシマがチェルノブイリを超えるのは時間の問題だろう。
http://chikyuza.net/archives/7891
経済産業省原子力安全・保安院は、今回の原発事故の深刻度を、国際原子力事故評価尺度(INES)で12日以来、レベル4(局所的な影響を伴う事故)と発表し、18日になってようやくレベル5(広範囲な影響を伴う事故)に引き上げたが、フランス原子力安全委員会(ASN)も米科学国際安全保障研究所(ISIS)も15日の時点でレベル6(大事故)と認定していた。24日付東京新聞によれば、オーストリア気象当局は23日、福島第1原発の事故後3~4日の間に放出された放射性物質セシウム137の量は、旧ソ連チェルノブイリの原発事故後10日間の放出量の20~50%に相当するとの試算を明らかにしたという。福島原発は事故発生からすでに17日が経過しているので、オーストリア気象当局の計算が仮に正しいとすれば、すでにフクシマから放出されたセシウム137の量は最小でもチェルノブイリと同レベル、最大ではチェルノブイリの3倍に達していることになる。セシウム137の半減期は30年と長いことから、今日本に生きている人は生涯セシウム137の被害を受け続けることになるだろう。25日付東京新聞によれば、チェルノブイリ事故の人や環境への影響を調べたロシアの科学者アレクセイ・ヤブロコフ博士も燃料がチェルノブイリより多いことや、毒性の強いプルトニウムを含んだMOX燃料を使った原子炉(3号機)があることなどから、「福島事故はチェルノブイリ以上に深刻な事故になる恐れがある」と指摘している。いずれにせよ、福島原発事故は今なお事態収拾の見通しが全く立たないばかりか、悪い情報が毎日次々出てきている以上、最終結果がどうなるにせよ、チェルノブイリの被害をはるかに上回ることは確実なのではないだろうか。
CNNは25日、フクシマ原発事故を「最悪の健康危機」として報じているが、その中で、小児科医で、核兵器と原子力の拡散・使用を防止する運動を続けている「社会的責任を考える医師Physicians for Social Responsibility」の会長などを務めたヘレン・カルディコット(Helen Caldicott)は、もしも原子炉がメルトダウンした場合、どのような影響が出るかについて次のように述べている。
「もしも原子炉でメルトダウンが起これば、この地域の非常に多くの人々が大量の放射線を浴びることになるでしょう。そのような大量の被曝をした男性は無精子症になり、女性は生理が止まり、自発的中絶が増えるでしょう。小頭症の赤ん坊が生まれるかもしれません。多くの人が肺への損傷から急性の息切れに悩まされるでしょう。5年後には、白血病が流行し、15年後には、肺や胸部、甲状腺や脳や骨など様々な臓器に固形癌が現れ始めるでしょう。たとえ(放射線物質の)放出量が大量でなくとも、住民の間での癌と白血病の発生率は増えるでしょう。子どもは大人に比べて、放射線による発がん効果を10倍ないし20倍受けやすく、胎児は大人の数千倍も発がん効果を受けやすいのです。嚢胞性線維症や糖尿病、小人症、代謝異常といった遺伝性疾患は将来の世代にまで引き継がれるでしょう。放射性物質をいったん吸入もしくは摂取して被曝した人から放射能を除去する方法はなく、それらは人体を拡散して様々な臓器に運ばれます。」
http://edition.cnn.com/2011/OPINION/03/25/caldicott.nuclear.health/index.html
ただし、こうした影響は何年も経ってはじめて統計的に明らかになるだけであり、ある人の癌の原因が今回の事故によるものだと「科学的に証明」するのは至難であるため、東電は責任逃れを図り続けるだろう。
今日の時事通信の報道によれば、東電は今日、1~3号機の圧力容器が破損している可能性に言及したという。情報の隠蔽と操作を図る東電は、どうしても隠蔽しきれない情報に関しては、毎日少しずつ小出しにすることによって、国民を異常な事態に慣れさせ、危機に対する免疫をつけさせようとしているのである。そういえば、2号機タービン建屋にたまった汚染水の放射能濃度を、当初の「1千万倍」から「10万倍」に“訂正”したのも、最初から「10万倍」と言うよりも、「1千万倍」から「10万倍」に“訂正”することで、国民に“良かった”と思わせようという心理作戦なのかもしれない。危機を危機とも思わなくなさせる心理的な「免毒性養成(Mithridatization)」なのだろう。実は、「免毒性養成(Mithridatization)」という言葉はアレグザンダー・コックバーンの下記の記事で初めて知ったのだが、毒殺者から身を守るために毎日毒を飲むことによって耐毒性を高めたと言われる小アジアPontusの王ミトリダテス(Mithridates)6世(132?-62B.C.)に由来する言葉だそうである。もちろん、東電と政府、マスコミが三位一体となった「免毒性養成」作戦によって高まるのは放射能に対する免疫ではなく、心理的安心感とそれに基づく無防備性だけである。
http://www.counterpunch.org/cockburn03252011.html
なお、コックバーンはこの記事の中で、「長期的な影響を及ぼすセシウム137やストロンチウム90、ヨウ素129、プルトニウム239といった長寿命の放射性核種は原子炉そのものよりも使用済み燃料プールの方がはるかに大量に存在していることを考えれば、日本の当局がこの問題についてほとんど何も述べていないのは驚くべきことである」という米エネルギー環境研究所(IEER)所長、Makhijani氏の言葉を紹介している。
一方、民主党の岡田克也幹事長は今日(28日)、農産物の出荷停止や摂取制限の目安となる放射性物質の暫定基準値について、「少し厳格さを求めすぎている」から見直しが必要との見解を示したという報道もあった。事故発生後の17日、水道水へ含まれる放射性ヨウ素の基準値を10ベクレル/Lから300ベクレル/Lへと30倍も緩い基準に突然変更したばかりの暫定(インチキ)基準値をさらに緩和するというのである。危険性が高まれば高まるほど、ますます安全基準は緩和され、政府・マスコミ・東電合作の情報操作に基づく擬似安心感養成作戦はこれからも延々と続いていくだろう。“赤信号”も「みんなで渡れば恐くない」という国民性である。もしかすると、フクシマ原発人災の恐ろしさを知らないのは、世界中で日本人だけ、という事態も生まれるかもしれない。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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